七十話 突入する神殿
小隊長の無惨な姿は見るに忍びない。
僕は慈悲の心で小隊長に止めを刺す――返す剣で三人目の部隊員を斬り捨てる。
三人目の男は小隊長の小隊長を目撃した事で隙だらけになっていたのだ。
後に残るのは凄惨な死体。
消化器官が『オレに消化は任せときな!』とばかりに顔を出しているが、神殿の消火活動に参加している人々は顔を青くして視線を逸らしている。
なんだろう……場の空気的には僕が残虐な殺し方をしたかのようである。
「アハハハッ……!」
「わぁぁぁっ……!」
凄惨な死体が転がっていてもこの二人は全く気に留めていない。
お姉さんはカーラを慰める時だけ正気を取り戻していたが、鎮火の兆しが見えない神殿にハイテンションを取り戻している。
無邪気なカーラの方は、素直に僕の勝利を喜んでくれている様子だ。
甘やかしお姉さんに許された事で殺人未遂の一件を忘れているようだが、既に反省の言葉はもらっているので僕としては責めるつもりはない。
僕は苦笑しつつカーラに近付く。
するとカーラは労をねぎらうように――「危なかったねお兄ちゃん!」と聞き捨てならない事を抜け抜けと言い放った!
「危なかったのはカーラのせいじゃないか! 他人事のように言いよってからに……こいつめこいつめ」
「おえんああ〜〜いっ」
カーラを許したつもりだったが、こんな態度を取られてしまっては話は別だ。
しかし、ぷにぷにの頬をむにーっと引っ張っても、カーラは謝罪を口にしながらも嬉しそうにしている。禁じ手の体罰をもってしてもこの余裕。こやつ無敵か。
「おい、遊んでる場合かよ。早く行かねぇと神殿が全焼しちまうぞ」
心を鬼にしてカーラにお仕置きしていると、ガウスに急かされてしまった。
早く行かないと全焼するという急かし文句はどうかと思うが、実際に神殿の炎は火勢を増しつつある。神殿は木造建築なので放火お姉さんとの相性は最悪なのだ。
「僕は遊んでないけど……そうだね、先を急ごうか」
無邪気な少女に再発防止を徹底させたかったが、今は神王打倒を優先すべきだ。
不幸中の幸いと言っていいのか、神殿で働く人々は消火活動に尽力しているので僕たちの侵入を止める気配はない。
おそらく消火活動を大義名分にして僕たちとの争いを避けるつもりなのだろうが、こちらにとっては好都合な展開だ。僕に無駄な殺人を犯す趣味はないので、遠慮なく神殿に入らせてもらうとしよう。
――――。
僕たちは神殿内部に突入した。
神殿の中は想像以上に広く、建物内にはそこかしこに人の気配がある。
目標である神王の居場所が分からないので行き先に迷うところだったが、とりあえず神殿の奥へ突き進むこととした。
この手の建物で権力者の居場所となると――上に伸びている建物なら上層階、奥行きのある建物なら最奥部、と相場が決まっているのだ。
神殿入り口付近の人々は火災に大騒ぎしていたが、神殿の奥に行けば行くほど慌ただしい気配が無くなっていった。
この様子からすると……神殿の奥に居る人間は、神殿の火災どころか神都が襲撃を受けている事すら把握してないような雰囲気だ。
神国民はトラブルを内々で処理しようとする傾向が強いが、神都で発生した問題すらも神王の耳に入る前に片付けようという訳なのかも知れない。神殿がリアルタイムで炎上している事実を考えると、逆に感心してしまうほどの隠蔽体質だ。
僕たちにとっては願ってもない展開だが、しかしここで油断は禁物だ。
「お姉さん、もうこれ以上は神殿に火を点けてはいけませんよ?」
危険な放火お姉さんにしっかり念を押しておかないと、僕たちの身が危うくなるほどに炎上させる可能性がある。
ライフワークの放火活動は節度を持って実行してもらわなくてはならないのだ。
「ふふ、ごめんなさい……さっきは懐かしい顔を見ちゃったから、ついね」
お姉さんは照れているような笑みを浮かべているが、その弁明内容は実に恐ろしい。このお姉さんが同窓会に出席したら大惨事になるのは間違いないだろう。
「う~ん、心配ですねぇ……。お兄さん、神王と闘う時はお姉さんを見ててくださいね? ガウスはカーラをしっかり見張っててね」
神王戦を間近に控え、戦闘時の注意事項を仲間たちに伝達しておく。
仲間で仲間の動きを抑えるというワケの分からない事態である。
「へへっ、おめぇさんは本当に心配症だな」
お兄さんは軽やかに笑っているが、情緒不安定な放火お姉さんを心配しないのは豪胆すぎるというものだろう。今は落ち着いているとしても、どんな切っ掛けでスイッチが入るのか分からないのだ。
「なんだアロン、一人で神王と闘る気かよ」
ガウスは神王と闘ってみたいのか、カーラのお守りに不満そうな様子だ。
神王の影は有名なものなので戦闘狂のガウスとしては興味があるのだろう。
しかしガウスには悪いが、ここは神王と因縁のある僕に譲ってもらいたい。
僕は反発めいた言葉を聞き流し、首に巻き付いている相棒にも声を掛ける。
「フェリさんフェリさん。今回は例のアレ、固有能力をお願いするかも知れないんだけど……フェリ的には大丈夫かな?」
神王は神国最強の存在。
どれほどの相手なのかは実際に闘ってみなければ分からないが、もしもの時は奥の手を出す必要がある。フェリは固有能力を避けている節があるので、こうして事前に確認しておかなければならないのだ。
「…………」
果たしてフェリは、同意を示すように僕の首をキュッと締め付けた。
断固拒否される事も覚悟していたが、今回は固有能力の許可を貰えたようだ。
もっとも、フェリの固有能力は僕の身体にも弊害が出るものだ。
フェリが常に協力的であったとしても、おいそれと多用出来るようなものではない。……というより、フェリが固有能力に消極的なのは僕の身体を気遣ってくれているからなのだと思っている。
ここぞという時にしか固有能力の力を借りるつもりはなかったが、敵が神王ならば相手にとって不足はないはずだろう。
あと三話で第三部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、七一話〔神国最強の影〕




