六六話 さりげない神都入り
遠方からでもその威容は一目瞭然だった。
神都を訪れるのは初めてだが、遠目に見えるそれが神都である事は明白だ。
事前に知識として知っていなくとも、一目見れば神都だと察したはずだろう。
「また壁じゃねぇか……。しかもなんだあれ」
恒例のようにクレームを入れるガウス。
しかし今回ばかりは、ガウスでなくとも神都の外観には突っ込まざるを得ない。
「神都の壁は話には聞いてたけど……なんかもう、色々と凄いね」
神都の壁は眩しかった。
もちろん、神都が恐れ多くて眩しく感じるという殊勝な意味ではない。
神都の壁は――物理的に眩しい。
日の光を反射してピカピカと輝く壁の色は、まさかの金色。
そう、あろうことか神都の壁は金ピカである。
流石に純金ではないはずだが、金メッキであっても発案者の正気を疑う代物だ。
「権威を示したいのか趣味なのかは知らねぇが、他に金を使うところはありそうなもんだがな。無駄に光ってるから手入れもしてるみてぇだしよ」
神都は神国の中心。
外敵が神都に到達する為には、国境の壁を超えて内都の壁を超える必要がある。
ここまで侵入してくるような敵が相手なら、そもそも防壁の必要性自体が低い。
「まぁ壁はともかく、特に警戒はされてないみたいだから難なく入れそうだね」
事前の予想では厳戒態勢が敷かれているものと考えていたが、神都を遠目に見る限りでは平穏そのものだ。出入り口の大扉に警備の人間は存在しているが、商隊や旅人はノーチェックで素通りしている。
終末炉を停止した影響も特に見られない。
内都全体では電力不足となっているはずだが、神王が居住している神都は停電時のバックアップ体制がしっかりしているらしい。
「この神都の平和ぶりからすると、まだ施設や終末炉の件は伝わってないみたいだね。てっきり発電所の兵士あたりから一報が飛んでると思ってたんだけど」
「そうだな。一人くらいは神都に連絡してそうなもんだったが」
施設にせよ発電所にせよ、通信系や移動系の影持ちが一人くらいは居たと思うが、この様子では神都に報告を上げていない可能性が高い。
神王に人望が無いのか僕たちに反抗する意思が湧かなかったのかは不明だが、いずれにせよ好都合だと言えるだろう。
発電所には同胞を残してきているので襲撃の兆しがないのは安心出来る。
もっとも……神国の軍や部隊の残党が終末発電所に襲来したとしても、発電所の守りを崩すのはほぼ不可能だろう。
なんと言っても、終末炉で目覚めた同胞たちは全員が強力な影持ちだ。
施設出身者が数十人も存在しているとなると、主力を失った部隊や一般軍人たちでどうにかなるものではない。
唯一の懸念は『終末の槍』を発電所に投下される事くらいだが、同胞たちには空域の警戒を促してある。発電所の守りに隙は無いはずだ。
「ともかく、警戒されてないならそれに越した事はないね。このまま旅人に紛れて神都に入ろう。――分かってるかいガウス? 今の僕たちは内都を旅する神国民だ。くれぐれもボロを出さないようにしなくちゃ駄目だよ」
「ボロを出すとしたらアロンだろ」
減らず口のガウスが毎度の如く言い返す。
しかし実のところ、今回は粗忽者のガウスであっても心配はしていない。
大扉を通過する旅人たちは門番に呼び止められることなく素通りしている。
僕たちもこの流れに乗るだけの話だ。
牛車に乗る仲間たちも比較的落ち着いているので、特に目立つ心配もない。
筆頭問題児であるカーラは、お姉さんとのあや取りに夢中になっている。部隊の軍服は白衣で隠れているし、この二人が門番に目を付けられる要素はないはずだ。
牛使いのお兄さんは性質的に荒っぽいところがあるが、これで彼は無闇に揉め事を起こすような無法者ではない。
ここまでの道程では牛車の御者として頼りっきりだったが、愚痴の一つも漏らすことなく涼しい顔をしているという心の広さだ。
心は狭くとも空気が読める相棒は、既にマフラー形態に変化してくれている。
ベレスとの戦闘中にはなぜか発熱していたりもしたが、今は熱くもなければ冷たくもない。……発熱状態は体温を感じているようで悪くなかったので少し残念だ。
ガウスの相棒、シュカに関しては普段から目立つ事はしないので問題無い。
僕が触ろうとした時だけ攻撃的になるという困った性質はあるが、召喚主に似てツンデレなところがあるので致し方ないところだろう。
――――。
「そこのお前たち、ちょっと止まれや」
しかし思い通りにはいかなかった。
牛車で大扉を抜けようとすると、なぜか門番に呼び止められてしまったのだ。
どこにでも居る平凡な旅人を装っていたはずなのだが、門番に狙い澄まされたように僕たちだけが止められた形だ。
「いやぁ、神都は初めてだから楽しみですよ」
とりあえず何も気付かないフリをしてお兄さんと世間話を続ける。
呼び止められたのは勘違いではないか? という淡い期待もあるのだ。
「おいッ、待てって言ってんだろ! なんだその牛は!」
やはり勘違いではなかったようだ。
そして何が門番の気を引いたのかと思えば、門番に問題視されているのはお兄さんの召喚した黒牛だった。
「おう、こいつか? こいつはモウ次郎ってんだ。可愛いやつだろ?」
「名前なんか聞いちゃいねぇんだよ!」
お兄さんが空気を読まずに飄々と答えると、門番は怒りの声を上げた。
どう考えても牛の名前を聞かれている流れではなかったはずだが……お兄さんは少しコミュ障な面があるのかも知れない。
しかしこの門番、よく見ると胸に見覚えのあるバッジを付けている。
神殿が描かれた精巧なバッジ――どうやらこの門番は『部隊衆』らしい。
発電所などでは一人も見掛けなかったが、神都で門番をしているとは予想外だ。
そう言えば……部隊衆のバッジに描かれている神殿は、神王の住居だと聞いた。
もしかすると部隊衆は神王との関係性が深い集団なのかも知れない。
あまり身近に置いておきたくない類の連中だと思うのだが、神王は金ピカの壁といい悪趣味な傾向があるのだろう。
しかしそれにしても、なぜモウ次郎は部隊衆に目を付けられたのだろうか?
「この妙な牛、影じゃねぇのか? こんなデカブツの噂は聞いた事がねぇが……お前、許可証は持ってんだろうな?」
なるほど、そういう事か。
周囲に規格外の存在が多過ぎて麻痺していたが、生物型の大型種ともなれば早々存在するものではない。そんな影なら市井の噂になっていてもおかしくないので、門番から不審に思われてしまったのだろう。
そして『許可証』という単語。
察するに、生物型の影の利用は許可制になっているような雰囲気だ。
考えてみれば強力な兵器とも言えるのだから分からなくもない話ではある。
しかし僕たちが許可証を持っているはずもない。
こうなれば強引に大扉を突っ切って侵入するべきだろうか……いや、そう判断するにはまだ早い。それは最終手段にすべきだ。
街中で戦闘になるような事態になれば、神都に住む人々に迷惑を掛けてしまう。
目的地の神殿に着くまでは騒ぎを起こさないように行動すべきだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、六七話〔生まれてしまう地獄〕




