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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第三部 神都炎上

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六四話 最後の仕事

 ブゥン――という低い唸り音と共に、終末炉は沈黙した。

 同胞たちの命を吸い続けた忌まわしき機関。

 失われた命はもう戻らないが……この終末炉が動くことは、もう二度とない。


 終末炉の停止により内都では広域停電が発生しているはずだが、この発電所内は別の自家発電に切り替えているので影響は出ていない。

 囚われの仲間たちの生命維持には電力が必要らしいので、無計画に終末炉を止めなかった事は正解だったと言えるだろう。


 そして、一人ずつ同胞たちの解放が始まった。

 職員の手によって、接続されている機器から切り離していくという形だ。

 棺の中の液体が排出されると、血の気のない顔色をした人間が目覚めていく。


「姉ちゃん、姉ちゃん……!」

「……え、あ、あれ?」


 目覚めた者たちは、誰もが混乱していた。

 年単位で仮死状態となっていたのだから、状況が飲み込めないのも当然だ。


 それでも眠っていた同胞たちに大きな異常は見られない。身体は衰弱している様子だが、何年も眠っていたとは思えないほど会話の受け答えはしっかりしている。

 彼らは戸惑いながらも、家族や友人たちとの再会を喜び合っている様子だ。


 そして――彼も目を覚ました。


「アロ、か……?」

「……はい。ご無沙汰しています」


 僕のかつての友人。

 反乱計画に賛同した人間であり……僕が見捨てた友人たちの内の一人だ。


 棺で眠っている顔を見ただけですぐに分かった。なにしろ彼らの外見は最後に見た時から全く変わっていない。


 ここで眠っていた者の大半は十四歳での影召喚後に終末炉へ送られており、仮死状態になっていた影響なのか、彼らの外見は十四歳で止まっている。

 しかし、僕の友人たちは違う。


「……あれから何年経ったんだ?」

「十年、です。……遅くなって、すみません」


 僕に問い掛ける彼は、子供の外見をしていた。

 当時の彼は三歳年上のお兄さんだったが、彼は子供の姿で成長を止めていた。


 終末炉で眠る同胞たちに含まれている何人かの子供。その子供は全て、反乱計画に賛同していた僕の友人たちだ。

 おそらく僕の友人たちは、あの一件の直後に終末炉へ送られていたのだろう。


「……本当におっせーよ、バカ」


 彼は年齢に見合わない子供っぽい言葉を出した。

 実年齢では十八歳となっているはずだが、彼の時間は八歳で止まっている。彼に外見通りの子供らしさがあるのは当然の事だろう。


 そしてその責任は僕にある。

 本来なら合わせる顔もないが……彼らから逃げる事は、僕には許されない。


「デカい図体して泣くな」


 彼は乱暴にガシガシと僕の頭を撫でた。その手は小さくて痩せ細ったものだったが、心を包み込む大きな手のようにも感じられた。


 僕は感情を抑え切れずに泣いていた。

 友人の生存を喜んでいるものなのか、罪悪感によるものなのかは自分でもよく分からない。傍目には子供に慰められているように見えるはずだが、それでも恥ずかしいとは思わなかった。


 目覚めたのは彼だけではない。古い友人たちは次々に幼い姿で目覚めていく。

 そして彼らは誰一人として僕を責めようとはしなかった。僕の事ばかりか、反乱計画を密告したベレスの事すらも恨んでいない様子だ。


 僕が彼らに出来る償いは少ない。

 せいぜいが今後の生活を保証する事くらいのものだが、それすらもレイリアさんの力を借りる形になる。……まったくもって面目ない限りだ。


 それからも同胞たちの蘇生は順調に進められていったが――しかし、残り二人を残したところで職員の動きが止まった。


「――手遅れ、とはどういう事ですか?」


 僕は職員を問い(ただ)した。

 自然に厳しい声音となっていたが、それも仕方がないだろう。

 職員は『彼らは手遅れです』と、臆面もなく全蘇生作業の終了を告げたのだ。


「ほとんど死んでいるような状態ですから、もはや蘇生は難しいですね」


 壊れた機械は直らない、という調子で告げる男。

 自分たちでそんな状態にしておきながら、信じられないほどに他人事だ。

 当然、僕の周囲の人間は黙っていない。


「……ふざけているのか?」

「ひっっ……」


 棺で眠っていた一人が凄みのある声を出すと、職員は失言を悟ったようだ。

 おそらくこの職員はこちらを挑発する気はなく、ただ思ったままの事を言っただけなのだろう。……それほどに僕たちと職員の感覚は乖離しているという事だ。


 しかしこれは困った。

 蘇生の残りはあと二人だけだが、終末炉に組み込まれていた期間が長すぎたのか、彼らは痛々しいほどにやつれている。


 機器による生命維持から切り離されると、彼らの生命が危ない状態らしい。

 そんな重苦しい空気の中で提言を上げたのは、頼りになる僕の親友だ。


「他に手が無いなら、カーラの治癒魔術でも試してみるか?」


 ガウスのその言葉は僕の盲点を突いた。

 僕だけではなく、コヅチさんや子供たちも「あっ」という驚いた顔をしている。

 そう、僕たちにはカーラが癒やしの使い手という認識が無くなっていた……!


 場の視線がカーラに集中する。

 奇しくも現在のカーラは、軍服の上に白衣を羽織っている状態だ。見ようによっては医者のように見えなくもない。


 もっとも……この子が職員から白衣を奪って着ている理由は『返り血に染まった軍服を隠す為』という血生臭い理由だ。

 同胞たちに部隊の軍服を見せると警戒されるので一石二鳥の措置でもある。


「どうしたの~っ?」


 カーラは話を聞いていなかったのか、皆の視線を浴びて不思議そうにしている。

 サイズの合わない大きめの白衣が気に入っているのか、無邪気にお医者さんごっこで遊んでいたような様相だ。


 僕が病気になってもドクターカーラの診察を受ける事は絶対に無いだろうが、しかしここはその力を借り受けたい。


「この眠っている人たちに治癒魔術を使ってほしいんだけど……ええっと、カーラは治癒魔術を使った事があるのかな?」


 カーラに治療を依頼している最中に、根本的な事が気になってしまった。

 これまで僕は、カーラが治癒魔術を行使しているところを見た事がない。


 むしろ〔治癒石=凶器〕という図式が頭にあるので、治癒石を見るだけで無意識に警戒態勢を取ってしまうのが現状だ。


「も〜っ、あるに決まってるよ〜!」


 流石に失礼な質問だったのか、カーラは頬を膨らませて怒っている。

 しかし僕に反省の気持ちは湧いてこない。


 カーラは僕に治癒石を見せつけるように召喚したが――両手で掴んでブンブンと素振りをしているのだ……!

 明らかに使い方を間違えているではないか!


 このドクターに『痛みを消してください』と治療依頼をしたら安楽死させられるのは間違いない。まったく仕方ない……何かがおかしい気もするが、僕がカーラに治癒石の使い方をレクチャーするしかないだろう。


 ――――。


 治癒石の光と共に、骨と皮だけになっていた身体がふっくらとしていく。

 治療対象の真っ白だった肌には血液が通っていき、まるで人形に生命が吹き込まれたかのような錯覚を受けた。


「すごい、すごいよカーラ! カーラはやれば出来る子だったんだね!」

「えへへ〜〜」


 僕は手放しでカーラを褒め称えていた。

 若干失礼なニュアンスが含まれてしまった感はあるが、カーラは細かい事を気にせず溶けそうな笑顔をしている。


 カーラは嬉しそうだが、僕も負けないくらい喜びに満ちていた。特技は『殺人』だと思っていた妹分に思わぬ才能があったのだから喜ぶのは当然だ。


 一般的に壊すより作る方が難しいと言われているが、これほどの奇跡的な治療が出来る者は世界でも数少ないはずだろう。

 治癒石では怪我は治せても病気は治せないと聞いていたが、カーラの治癒魔術は病気の治療どころか身体の再生に近いほどのものだ。


「ささっ、カーラ先生。もう一人の治療もお願いします」


 (おだ)てつつ治療の続きを促すと、カーラはご満悦な様子で最後の一人も治してしまった。奇跡的な所業を鼻歌交じりにやってしまうあたり、見事な大物ぶりだ。


 治癒石を見た直後には顔を引き攣らせていた子供たちも、今は素直に感心の声を漏らしている。この調子で『治癒石は素晴らしい物』だという意識改革をしていきたいものである。


 最後の二人の治療を終えて、これで全ての同胞たちの解放は完了した。


 もうこの終末発電所でやるべき事はない。

 あとは元凶である神王を倒す為に、神都へ向かうのみだ。

 難しい事を考える必要も無い。友人たちの解放に比べれば遥かに楽な作業だ。


 そう、たとえ――神王が()()()()()()()()だとしても、だ。


明日も夜に投稿予定。

次回、六五話〔新たな同行者〕

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