六三話 禁じられたスコップ
僕は戸惑っている職員たちに声を届ける。
「僕は捕まっている人たちを救けに来ました。早急に終末炉を停止し、階下で眠っている彼らの解放をお願いします」
職員に思うところはあるが、まずは礼儀正しく終末炉の停止を依頼してみた。
もちろん本来なら『分かりました!』と二つ返事で対応してくれるような内容ではない。終末炉を停止させようものなら彼らが責任を問われる事は明白なのだ。
しかし終末炉の職員が愚かとは思えない。
これまでのやり取りで発電所に異常事態が起きている事は明らかであるし、僕たちが終末炉で犠牲になっている人間の関係者である事も察しているはずだ。
ここは賢明に状況を判断してもらって、無駄な抵抗をせず僕の要求に従ってほしいところだ。無理矢理に脅して従わせるようなやり方は好みではないのだ。
そして僕の言葉の直後、職員の中から傲然とした態度の男が進み出てきた。
「なんだ貴様らは? 神聖な場所に土足で踏み入ってタダで済むと思っているのか? どこから忍び込んだか知らんが、もう貴様らの命は終わりだ。すぐに部隊が駆けつけて来るぞ」
この男はまだ状況を理解していないようだ。
僕たちがこの場に居るという状況から『部隊が敗北している』という事実に思い至っても良さそうなものだが、こっそり忍び込んだものと思われているらしい。
部隊への絶対的な信頼がそう思わせているのかも知れないが、目の前の現実が見えていないのは哀れではある。
しかもこの男、襟に付いているバッジを見る限りでは職員の責任者である可能性が高い。責任者であれば、終末炉は部隊に気付かれずに侵入可能な場所ではない事を一番分かってそうなものなのだが。
空気の読めない傲慢な責任者。
そんな男の態度に、激昂していた少年が再度怒りの炎を燃え上がらせる。
「この野郎……」
地の底から響くような憎しみの声。少年の純度の高い殺気を受けて周囲の職員は後退りするが、責任者の男は感覚が鈍いのか平然としている。
この少年は姉が――肉親が、目の前で悲惨な扱いを受けているのだ。彼の怒りは正当なものだと言えるだろう。
僕たちの育った施設は、優秀な遺伝子を組み合わせて子供を誕生させている。
そしてその特性上、必然的に血の繋がった肉親が多くなる傾向がある。
おそらくこの少年以外にも、家族の姿を見つけて激怒している者も多いはずだ。
自制している様子だが、他の子供たちからも静かな殺気が漏れ出ているのだ。
現状の僕も相当に憤っているが……仮にリスティが目の前で捕まっていたとしたら、まともに会話が出来ないほど我を忘れて怒り狂っていたと思う。
……おっと、いけない。想像しただけで頭が真っ白になるところだった。
僕たちは正義を果たす為に来たのだ。
腹立たしい相手であったとしても、脅すのではなく理を説いて解決すべきだ。
部隊が壊滅した今、職員たちには素直に従う以外の選択肢はない。ただその事実を知らしめてやればいいだけの事だ。
僕は沸騰した頭を冷やす為、目を閉じてゆっくりと静かに深呼吸をする。
――ザクッ!
おや? なにやら聞こえてはいけない音が聞こえたような?
ゆっくり閉じていた目を開くと――責任者の頭にスコップが生えている……!
「ひゃぁぁっ!!」
「ち、血がぁ!!」
たちまち職員たちは恐慌状態に陥った。
責任者の突然のスコップだ。彼らが穴を掘る……いや、泡を食うのも当然だ。
さっきまで怒っていた少年でさえ、凄惨な光景に絶句して怒りを忘れている。
なにしろ我らが名スコッパーはワンスコップでは収まらないらしく、今も笑顔でザクザクとスコップ活動に夢中になっている。
シャイなブレイン君も当然のように『コンニチハ!』と顔見せしている始末だ。
しかし……なぜカーラはブレイン君を引っ張り出してしまうのか?
ブレイン君はカーラの恨みを買うような事をしたのだろうか――『ノウ!』
おっと、ブレイン君から否定が入ってしまった。否定しつつも自己主張するとは大したものである。……いや、いかんいかん。現実逃避をしている場合ではない。
こんな時には頼りになるはずのガウスやコヅチさんですら引いているのだ。
ここは兄貴分の僕が止めるしかない。
「ノウ! 殺したら駄目じゃないか。カーラはもうスコップ禁止!」
「え〜〜っ」
制止の声にブレイン君の影響を受けつつ、僕はカーラから凶器を奪い取った。
カーラはオモチャを取られた子供のようにブゥブゥ言っているが、もちろん今回ばかりは甘やかすことなく取り合わない。
まったく……とんでもないスコップガールだ。
こんな事になるなら、もっと早くスコップを取り上げておくべきだった。
スコップ責任者が誕生してしまったという悲劇には慚愧の念に堪えない。
カーラの凶行に目を光らせるはずの僕が目を瞑っていたのも失敗だった。
そう、同じ部屋にカーラが居るのに目を閉じるとは信じられない愚行だ……!
しかしこれからどうしたものか。
職員たちは流血を見慣れていないのか、人間噴水と化した責任者の影響でパニックに陥っている。まだ彼らには『仮死状態の人たちを解放する』という仕事が残っているので、こんな状態では不安が残ると言わざるを得ない。
「……アロ、私に任せておけ」
僕が頭を悩ませていると、コヅチさんが僕の肩に手を置いた。
どうやらスコップ活動が止まった事で冷静さを取り戻してくれたらしい。
コヅチさんは死体に視線を向けないようにしているので、彼のトラウマとして残りそうな気配はあるが、頼りになるお兄さんが復活してくれた事は心強い。
「そうでしたね。コヅチさんの影のことを失念してましたよ」
コヅチさんの影はこんな状況に最適だ。
職員どころか子供たちにも動揺が広がっているので纏めて落ち着かせてほしい。
そしてコヅチさんのカシの木が現出した途端――部屋の中は静まり返った。
室内に木が現れたという状況にも関わらず、職員たちに動揺は見られない。
職員の魔力抵抗が低いことも影響しているのか、帰るべき場所に帰った人間のように落ち着いた雰囲気になっている。
とりあえず、これで一段落か。
カーラのせいで酷い事になってしまったが、ようやくスタートラインに立った。
その名スコッパーはと言えば、僕ばかりかガウスにも怒られている。
「お前な、殺すのは聞くこと聞いてからにしろよ」
「ガウスちゃんひど〜いっ!」
ひどいのはカーラ、きみだ……!
と思ったが、余計な口を挟むのは拗れるだけな気がしたので何も言わない。
確かにガウスも中々酷い事を言っているが、終末炉の光景を見れば死人に同情する気が起きないのも事実なのだ。
そして――コヅチさんの木は消え去り、部屋の中には静寂だけが残った。
職員は心の安定を取り戻した様子だが……しかし、彼らに失敗は許されない。
ここは軽いジョークを飛ばして、更に職員をリラックスさせるべきだろう。
「おやおや……皆さん落ち着かれたかと思いきや、こちらの方だけは落ち着きなく血を噴き出してますねぇ。しかしこの頭から血が噴出している姿、なにやら『閃いたッ!』って感じがしませんか? 発想が泉の如く溢れてくる、とはよく言ったものですね。はははっ……」
スコップされた責任者の力を借りての軽快なジョークだ。
初対面の職員の笑いのツボは読めないところだが、僕の会話技術に隙はない。
こんな時には万人に共通する安定の話題――そう、身内ネタである……!
しかも安易な身内ネタに頼るだけではない。
彼らには研究者のような雰囲気があったので『発明家の閃き』というエッセンスまで加えるという神プレーである。
しかし……職員たちの顔色は優れなかった。
リラックスして仕事に取り掛かってもらうはずだったのに、むしろ顔を強張らせて緊張している様子だ。子供たちが引いているのは職員の身内ネタだから仕方ない面はあるが、肝心の職員たちに受けていないのはどうした事か。
この部屋の人間で笑っているのはカーラだけなので、尚更に不安を感じる。
まさか僕の感性はカーラに――スコップガールに、近いものなのだろうか?
いや……まさか、まさかね。
僕は誤魔化すように職員へ指示を出す。
「それでは皆さん、作業に入ってください。くれぐれも下の人たちに健康上の影響が出ないようにしてくださいね」
結果的に大停電が発生して各所に迷惑を掛けることになるだろうが、しかし僕の優先順位は決まりきっている。ここまで来て躊躇などしない。
僕の指示には、職員たちも「は、はい」と反発することなく従順な態度だ。
うむうむ……心を込めて説得すれば想いは伝わるという事なのだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、六四話〔最後の仕事〕




