六十話 映らない怒り
僕は竹馬男を撃った銃を地に捨てた。
施設の部隊員から手に入れた銃だったが、至近距離でしか効かない相手では一回きりの手札にしかならないのだ。
これで手の内を一つ明かした事になるが、一人仕留めたのなら上出来だ。
焦ることはない、ここはリスクを負わずに揺さぶりを掛けてみるとしよう。
「僕たちはここを解放した暁には、神都へ神王の首を取りに行くつもりなんだよ。もうすぐ死ぬような人間に忠義を尽くす必要は無いんじゃないかな?」
「――貴様ぁっ! 神王様への侮辱、万死に値するぞっっ!!」
投降を促しつつ神王殺害を宣言すると、冷静に長剣を構えていた男が激昂した。
神王を現人神のように崇めている部隊には効果的な揺さぶりだと予想していたが、想定以上の反応だ。自分でもどうかと思うほどの露骨なものだったのだが。
長剣の男は視野狭窄になっているのか、後先を考えずに猛然と僕に斬り掛かる。
僕はヒラリと身を躱し、長剣の男を無視して――乱れた陣形に飛び込んだ。
部隊の陣形は一糸乱れぬものだったが、男が不用意に突き出た事により乱れが生じていた。周囲を部隊員で固めていたベレスへの道が、今は開いている。
――――ここでベレスを仕留める。
不確定要素は極力早めに排除すべきだ。
この絶好の機会を見逃す訳にはいかない。
僕は瞬時にベレスを倒す道筋を脳裏に描いたが、しかしそれは叶わなかった。
「――っぐ!?」
焼けるような喉の痛み。
ベレスが棒の先端をこちらに向けた、と思った瞬間に僕は吹き飛ばされていた。
混乱しながらも体勢を立て直して受け身を取るが、よほど勢いが付いていたのかゴロゴロと無様に転がってしまう。
「お兄ちゃんっ!?」
「っごほっ……だ、大丈夫だよ」
観戦していたカーラを心配させてしまった。
カーラがびっくりしているのは、珍しく僕が攻撃をまともに受けたからだろう。
僕は身体能力が低下していても『読み』には自信があるので、現状でも攻撃の直撃を受けるような事は滅多に無いのだ。
……やはり初見の影は恐ろしい。
充分警戒していたのに、何がなんだか分からない内に攻撃をもらってしまった。
ベレスが棒の先端を向けた直後、僕の喉に激痛が走って吹き飛ばされた。
前後の状況や僕の感覚から判断すると、考えられる可能性は一つだ。
棒が伸びた――そう、棒の伸縮が固有能力だ。
ベレスらしい地味な能力だが、その能力の恐ろしさは身を持って味わった。
速い。棒の伸縮速度が異常に速い。
棒の伸縮が認識できないほどの速さだ。
僕は動体視力には自信があるので銃弾も目で捉えることが可能だが、ベレスの棒が伸びる過程が全く見えなかった。
棒の先端がこちらに向いた、と思った瞬間には攻撃を受けていた。
しかも伸縮速度が速いだけあって、必然的にその威力も相応に高い。
本来であれば喉を潰されていてもおかしくないような一撃だったのだ。
僕が無事に済んだのは、単なる偶然の産物だ。
「ごめんフェリ、大丈夫だった?」
「…………」
そう、マフラー形態のフェリだ。
結果的にフェリが盾になったので、僕は怪我らしい怪我も負わずに済んだのだ。
フェリが物質化している時は物理攻撃を受けてしまうという欠点があるのだが、皮肉にもそのおかげで僕の身が守られた形だ。
これが乱戦の最中の攻撃であれば頭部や胴体が狙われていたかも知れないが、ベレスへの道が綺麗に開いていたので脆い急所である喉が狙われたのだろう。……思わぬ形での揺さぶりの効果だ。
フェリは膨大な魔力で構成されているので少々のダメージで消滅する事はないはずだが……僕の失態で相棒を傷付けてしまった事は本当に申し訳ない。
「…………」
フェリの様子が妙だ。
大事には至らなかったはずだが、マフラーが熱を持っているように熱い。
これはダメージを受けた弊害なのだろうか?
……いや、違う。
漠然と僕の心に伝わってくる。
フェリは、怒っている。
物質化している状態で触れられたのが気に触ったのか、少なからずダメージを与えられた事が許せないのか……なんとなく、僕が殺されそうになった事を怒ってくれているような気もする。
「……それがアロの影か」
ベレスは奇妙なほどに落ち着いていた。
必殺の一撃を凌がれているのに、焦りを見せることなく平静な抑揚のない声だ。
ここで話を振ってきたのは、おそらく棒を伸縮させる為に時間を置く必要があるからだろう。魔術石などの例外は別として、影は固有能力を再使用するまでクールタイムを必要とするものが多いのだ。
しかし、ベレスが時間稼ぎをするつもりなら乗っても構わない。
こちらにも相応のメリットはある。
「そうだよベレス。僕の自慢の影、フェリだ」
僕は視野を広げて戦況を確認しつつ、ベレスの問い掛けに言葉を返す。
挑発に乗って斬り掛かってきた男は、既にガウスがあっさり片付けている。
僕に斬撃を躱されて隙だらけになっていたので当然の結果だと言える。
残りはベレスを含めて四人。
懸念材料だったベレスの能力も判明しているので、もはや勝敗は決したと言っても過言ではないが、それでも僕は手を抜いたりはしない。
「ギリギリまで棒を伸ばさなかった事からすると、その棒の射程距離はそんなに長くないのかな? 四メートル……いや、三メートルくらいか」
僕は影の能力について探りを入れる。
命懸けの勝負をしているのだから、勝算を上げるべく努力をするのは当然だ。
しかし、ベレスは僕の言葉に眉一つ動かすことなく、静かに口を開く。
「それほどの力を持ちながら……なぜ、神王様の為に使おうとしない?」
これは紛れもなくベレスの本心なのだろう。
おそらくベレスであれば、自分が終末炉に送られる事になっても文句も言わずに受け入れるはずだ。この不器用な男は、神王の為に死ぬのは当たり前だと本気で思っている節がある。
だからこそ、仲間が終末炉で消費されているという事実を認めているのだ。
「……僕はね、ベレス。神王なんかよりも、一緒に育った仲間の方が大切なんだ。僕には仲間を犠牲にするようなモノは認められない。それを邪魔するなら、神王だろうと誰だろうと容赦はしない」
たとえ邪魔をするのが仲間だったベレスであっても、僕は容赦などしない。
終末炉の燃料にされている人間の中には、ベレスと同じ考えを持った人間がいる可能性もあるだろう。施設出身者には狂信的な思想を持った者は珍しくないのだ。
それでも僕は止めない。
救けるはずの人間に拒絶されたとしても、強引にでも救けるつもりでいる。
僕は全てを覚悟した上で神国まで来ている。
これは僕の独善だ。
僕が救けたいから救ける。
誰であろうと、僕の邪魔はさせない。
僕の言葉を聞いて部隊員たちは殺気立ったが、しかしベレスに感情の昂りは感じられなかった。棒の一撃を放った直後から、どこか達観したような雰囲気がある。
「アロ……私は、昔からお前が嫌いだった」
「……ひどいなぁ。僕はベレスが好きなのに。もちろん昔も……今もね」
僕の言葉にベレスは、意外な言葉を聞いたように目をしばたたかせる。
そして一瞬だけ寂しげな笑みを浮かべ、すぐに毅然とした表情に戻った。
ベレスらしからぬ表情は僕の錯覚だったのか、堅苦しく作られた表情には先の痕跡はなかった。ベレスはそれ以上何も言わず、ただ無言で棒を構えた。
明日も夜に投稿予定。
次回、六一話〔因縁の決着〕




