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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第一部 消失する日常
6/73

六話 自慢の親友

 学園の昼休み。

 出席率の高い影召喚の日にも関わらず、一つだけポツンと空いていた空席。

 空席の主は、遅まきながらも現れた。


「おーっす」


 その男――ガウスが教室に顔を見せた途端、クラス中でわっと歓声が上がった。

 まるで暴虐に苦しむ支配地に救世主が現れたかのような反応だ。


 ガウス=アーメット。

 

 救いの光を連想させるような短い金髪。この国では珍しいその髪は、理不尽な世界に反発するかのように今日も逆立っている。


 ガウスは学園をサボりがちなので髪を染めた不良学生と誤解されがちだが、これは染めているわけではなく地毛だ。

 不良にも見えるガウスがクラスメイトに大人気なのは、眉目秀麗な容姿で〔イケメン無罪〕を勝ち取っているからではない。


 学園の授業をほとんど受けていないのに成績では学年上位、スポーツをやらせれば大会記録を片っ端から塗り替えるほどの運動神経。


 長所を列挙すると近寄りがたい存在に感じられるところだが、しかしガウスは超人とも言える資質を持ちながら、誰に対しても気さくに接する人間でもあるのだ。


 それは周囲から疎まれている僕も例外ではない。

 そう――ガウスは僕の自慢の親友だ。


「ど、どうしたんだお前ら?」


 そしてガウスは戸惑っている様子だ。

 授業を休みがちな男だが、最低限の単位を得る為に定期的に登園はしている。


 数年間引きこもっていた学生がやって来たという状況ならともかく、教室に入るなり熱狂的な歓迎をされたら動揺するのも当然だろう。


 引きこもりの学生に過剰な反応をするのは逆効果だという問題は置いておいて、このクラスメイトの反応は僕からしても意外だ。……なぜ彼らから安堵したような空気が感じられるのだろうか?


 ガウスはハッと察した様子で口を開く。


「――ッ。まさか、またアロンの奴が何かやったのか?」


 おやおや、これは随分とご挨拶ではないか。

〔級友の様子がおかしい=僕が何かをやった〕などと決めつけるとは酷い話だ。


 これは一言言ってやらなくてはならない。


「やぁやぁガウス、しばらくだね。しかしやって来るなり失礼じゃないか。証拠も無いのに思い込みだけで僕を犯人扱いかい?」


 礼儀として挨拶を告げた直後、僕は非礼な友人の糾弾に入った。

 親友だからこそ、無礼な振る舞いには注意をしてあげなくてはならないのだ。


 僕が声を上げた途端、クラスメイトたちは急に黙り込んでガウスから離れた。

 これは僕が避けられているからではなく、親友水入らずの場を作ってあげようという温かい心遣いによるものだろう。きっとそうだ。


「おぅアロン。っーか、失礼もなにも変な事が起きてたら大抵アロンが原因だろうが。今回は違うってのかよ?」


 むむっ、本当に失礼な男だ。

 親友でありながら、僕をトラブルの常習犯のように決めつけている。


 そもそも今回に至っては、何の嫌疑を掛けられているのかも分からないほどだ。


 堂々とした態度で潔白を訴える僕を、怪しむような目で見るガウス。

 そしてガウスは教室内の違和感を探すように周囲を見渡し、それを見つけた。


「っおわっ!?」


 ガウスの視線の先にいるのは――モブ君だ。


 うむ、なるほど。

 モブ君とは初対面のはずなので見知らぬ級友の姿に驚いているようだ。


 ちなみにまだモブ君は夢の世界にいる。


 授業の合間に起こそうかと思ったのだが、気持ち良さそうに寝ているモブ君を起こせるはずもなかった。僕は不眠症を抱えているので睡眠の重要性はよく分かっているのだ。


 自然覚醒を待っている内に昼休みになってしまった訳だが、もちろんロングスリーパーな彼への配慮は怠っていない。白眼を剥いたままでは眼球が乾いてしまうので、気を利かせて目元にはタオルを巻いてある。


 この処置によりモブ君が寝ていることを誤魔化すのが難しくなってしまったが、友人をドライアイにする訳にはいかないのでやむを得ない。


 そして授業中はペンを手に固定していたが、今は皆が食事をしている昼休みだ。


 そんな時に一人だけペンを持っていたら『こいつは食事もしないで勉強してやがる。とんだガリ勉野郎だぜ!』と、陰口を叩かれてしまうかも知れない。

 モブ君の名誉を守るのは友人である僕の義務という事で、ペンの代わりに〔箸〕を持たせているというファインプレーだ。


 痒いところに手が届くサポート体制――そう、僕が顧客満足度ナンバーワンだ!


 箸を持っているので弁当箱を机に広げておけば更に完璧だったのだが、勝手に友人の弁当箱を開けるような非常識な真似はできないので自制した。

 現状でも、目隠しをして箸を持っている姿が〔二人羽織り〕の練習をしているようにも見えるので問題は無いだろう。


 しかしガウスはよからぬ勘違いしたのか、モブ君の元へと慌てて駆け寄る。


「おい、生きてるかお前!」

「…………ん、んんーっ!」


 どうやら教室で殺人事件が発生したのではないかと心配したようだ。

 死んでいるように安らかに眠っていたので、誤解してしまうのも頷ける。


 ガウスの呼び掛けで、モブ君は覚醒した。

 もう少し寝かせてあげたいところだったが、午後の影召喚の前に食事を取ることを考えれば頃合いかも知れない。


 ガウスはモブ君の口からタオルを取り除き、事情を聴取すべく問い掛ける。


「生きてたか……。やっぱりアロンにやられたのか?」

「うっ、あ、俺は……」


 モブ君は困惑している。


 目が覚めれば眼前に金髪イケメンボーイだ。

 彼が混乱するのも無理はないだろう。


 それにしても……ガウスは完全に僕が関与していると決めつけている。

 モブ君への行き届いた配慮を見て察したのだろうが、なにやら親友に信頼されているようで嬉しい気持ちである。


 ガウスに事情を聞かれたモブ君は、次第に落ち着きを取り戻していく。

 そして現状を把握するように視線を泳がせ、僕の存在に気が付いた。


「うっ……こ、これは自分で、やったんだ」

「いや、んなワケねーだろ……。自分で自分を拘束するとかどんなドMだよ」


 なぜかモブ君は僕の関与を隠そうとしている。


 これはどうした事か……?

 知らない人間に個人情報を渡すわけにはいかないという配慮だろうか?


 昨今では従業員が顧客の情報を安易に流してしまうことが問題視されているが、これは素晴らしいコンプライアンス精神だと言える。


 しかし、モブ君の『アロンの個人情報は、オレが守る!』という気持ちは立派であり嬉しい事であるが、ガウスは親友なので情報秘匿の必要性は無い。

 ここは僕が間に入るとしよう。


「大丈夫だよモブ君、この男――ガウス=アーメットは僕の親友なんだ」


 共通の友人である僕が、お互いを紹介するというわけである。


 僕には友達が少ない。

 その僕に、友人同士の橋渡しをするという奇跡的なシチュエーションが生まれている。……僕はあまりの感動に震えていた。


 おっと、この感激を絵日記に書くのは後だ。

 これだけは最初に注意しておかなければ。


「ガウスは金髪だけど『髪を染めてる俺、カッコイイ!』ってわけじゃなくて地毛だからね。馬鹿にしたりしたら駄目だよ?」

「俺をバカにしてんのはお前だろうが!!」


 誤解されがちな親友の為に前もって注意をすると、なぜかガウスに怒られた。

 初対面の人間から不良だと思われがちなので気を遣ったのだが、ガウスは僕の思いやりに照れているのかも知れない。


「それから、こちらが今日友達になったモブ君。――そう、彼こそは人呼んで『狂人クレイジーモブ』!」

「なんだその意味分かんねぇアダ名は……。なんでアロンは嬉しそうなんだよ」


 ここぞとばかりにモブ君のアダ名を知らしめてみたものの、ガウスの反応は今ひとつだ。なにやらアダ名に文句をつけているが、本人が自称していたのだから僕に言われても困るというものだ。


 さて、それはともかくとしてだ。


「それはそうと、モブ君。そろそろ食事をしないと食べる時間が無くなるよ?」


 友人同士の親交を深めるのは素晴らしい事だが、今は食事を優先すべきだ。


 なにしろ午後からは、一生を左右しかねないイベントが控えているのだ。

 影召喚が体調に作用されるものなのかは分からないが、万全を期しておくに越したことはないだろう。


「おっと、折れた手首については心配ご無用。生活に支障がないように、しっかり添え木で固定してあるからね」


 モブ君が当惑していたのでサポートの充実ぶりをアピールしておく。

 手には箸まで固定してあるという隙のない体制だ。それでも食べにくいようであれば『あーん』と食べさせてあげても構わない。


 ガウスは「アロンは他のところに気を遣えよ」と僕に対する厳しい姿勢を崩さないが、これは友人により高みを目指してほしいという気持ちがそうさせているのだろう。

 まったく、僕は友人に恵まれているなぁ……。


明日も夜に投稿予定。

次回、七話〔影召喚〕

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