五八話 因縁の再会
僕とガウスにカーラ、そして異性体の影が二体。
フェリはマフラー形態で巻き付き、シュカは主に付き従うように歩いている。
僕たち異色の組み合わせが足を進めていると、発電所側から先に動きがあった。
「――貴様ら、そこで止まれ!」
施設と比べて監視が厳重らしく、正面の鉄門まで数十メートルを残したところで制止の声が掛かった。声の発信源は、鉄門の上部にある監視台だ。
監視台からは砲身が覗いているが、流石に問答無用で砲撃するような無茶はしなかったようだ。部隊の軍服を着たカーラが同伴している事も影響しているのかも知れない。
「止まれと言っているだろう!」
制止の声を気にする事なく歩き続けていると、再び怒声が飛んできた。
声を無視するのは心苦しいが、こればかりは仕方がない。下手に止まって狙い撃ちを受けても面倒なので、耳が遠いおじいちゃんのような体で突き進むのみだ。
僕が危惧しているのは大砲の砲撃ではなく、部隊による攻撃だ。遠距離攻撃向けの影で集中砲火を受けるとなると、僕たちであっても対応は楽ではないのだ。
さりげなく早歩きで距離を埋めていくと、残り十メートルを切ったところで怒鳴り声の代わりに殺気が飛んできた。……この辺りが頃合いだろうか。
「よし、攻城兵器ガウス――発射!」
「誰が攻城兵器だ。……ったく、仕方ねぇな」
ガウスはぶつくさ言いながらも楽しそうな様子で、鉄門へと駆け出していく。
そしてそのまま速度を落とさず――ガウスキックで鉄門を蹴り飛ばした。
蹴り飛ばした、というのは実に正確な表現だ。
ガウスのひと蹴りで、文字通り鉄扉が吹き飛んでいったのである。
「なっっ!?」
あまりにも出鱈目な訪問者には、怒鳴り散らしていた監視台の男も衝撃を受けている。爆発物を用いたような豪快な開け方なのだから当然だ。
しかし、これは注意しなくてはならない。
「ちょっとガウス、終末炉を傷付けたらまずいかも知れないんだから加減してよ」
「ああ、悪ぃな。思ったより軽かったんだよ」
ガウスもやり過ぎたという自覚があるのか、珍しくもバツが悪そうな顔だ。
ひしゃげた鉄扉を見るとそれなりの分厚さはあるのだが、神国の重要施設という事でガウスは高く見積もっていたのかも知れない。
「まぁでも、ガウスキックで『あれ? ビクともしないぞ』ってなると恥ずかしいからしょうがないかな」
「敵の前で手間取るのを避けただけだ。そんな下らねぇ理由のワケがねぇだろ」
気の利いたフォローにも関わらず、ガウスは見栄を張って言い返してきた。
しかし殊勝な態度はガウスらしくないので、これはこれで構わないだろう。
それに所内の敷地は思っていた以上に広大だ。
鉄門を抜けた先は、大きな広場のような空間。
広場の先に複数の建物が存在している形であり、最寄りの建物でさえ数十メートルは先にある。ガウスキックで蹴り飛ばした鉄扉が影響を及ぼす心配はない。
――ブィィィ……!
開かれた扉から発電所への侵入を果たした途端、警報音が所内に鳴り響いた。
監視台の人間の誰かが鳴らしたのかも知れないが、ガウスキックの轟音の方が大きかったので今更な感は否めない。
それに大音量の警報が鳴るのは好都合だ。
元々邪魔者を片付けてから所内を捜索するつもりだったので、これで部隊を誘き寄せる手間が省けたというものだ。
発電所への接近過程で集中砲火を受けることは避けたかったが、こうして所内に入ってしまえば部隊とて派手な真似はできないだろう。
そして、その時は来た。
「――もう来たか」
ガウスの短い呟きの通り、監視台の軍人たちですらまだ下りてきていないのに、早くも部隊たちが駆けつけてきた。
こちらの攻撃を警戒しているのか、一定の距離を保ちながらの早い歩みだ。
実際、その判断は正しい。
こちらにはシュカの風刃がある。ひと塊で行動していては揃って八つ裂きだ。
僕は説得から入るつもりなので無用な心配ではあるが、得体の知れない敵と相対する心構えとしては妥当なところだろう。
こちらに駆け寄る部隊員は、総勢で九名。
急に襲撃を受けて戦力を出し惜しみするとは思えないので、これが終末発電所に常駐する全ての部隊員であるはずだ。
部隊の本拠地にしては人数が少なく感じるが、部隊の全体数がそれほど多くない事を考えればこんなものなのだろう。
部隊員を増員しようと思えばもっと増やせるはずだが、部隊による反乱を恐れているのか部隊員は常時三十人に満たない集団となっているのだ。
「……久し振りだね、ベレス」
「アロ、か……」
部隊の総長、ベレス。
僕の記憶のベレスは常に厳しい顔を崩さない男だったが、十年振りに再会する僕の姿に驚いたらしく、僅かに目を見開いた。ベレスは呆れるほど真面目で冷静沈着な男だったので、この男がこんな顔を見せるのは極めて珍しい。
「まず最初に、これだけは言っておくよ」
部隊員たちが臨戦態勢に入り、施設中の軍人たちがこの場に集まってきたが、僕は彼らに構うことなく話を続ける。幸いにも彼らはベレスの命令を待っているのか、こちらに手を出そうとはしない。
「ベレス……僕は、君の事を恨んではいない」
「…………」
これから行う交渉が決裂するにせよ、これだけは伝えておきたかった。
事情を知らない周囲の人間は訝しげな様子だが、これは僕とベレスの事だ。
知っている者もいるだろうが、わざわざ無関係な人間に教える必要はない。
これはコヅチさんにすら話していない事だ。
コヅチさんは事情を知っているものと思っていたが、意外にも何も知らないようだったので、僕はあえてそのまま説明はしなかった。
ベレスがサクさんの反乱計画を密告した、という事実を知らせなかった。
その日、訓練場での稽古中に全てが瓦解した。
サクさんは子供に稽古をつけるという名目で反乱の賛同者を集めていたが、そこに部隊の一団が踏み込んできたのだ。
その瞬間の僕は、まだ諦めていなかった。
影持ちの部隊員たちを敵に回すことにはなるが、味方側には僕とリスティもいる上に、部隊の手練であるサクさんも一緒だった。
限りなく劣勢ではあっても、勝負を投げるほど絶望的な状況ではないと考えていた――サクさんの胸から刃が生えるまでは。
無表情のままナイフを突き刺すベレスを見て、ようやく僕は悟った。
反乱計画を密告したのはベレスだ、と。
僕は即座に交戦の意思を捨てた。
サクさんを失った上にベレスまで敵に回ったとなれば、勝算はゼロに等しい。
僕は場が動揺した隙を突き、リスティの手を引いて部隊の囲みを突破したのだ。
結果から考えれば……僕はベレスに手酷い裏切りを受けたと言えるはずなのだが、それでも僕はベレスを憎めずにいる。
命を落としたサクさんに申し訳ないし、僕が見捨てた友人たちを更に裏切っているとも言えるが……それでも、僕はベレスの事が嫌いになれない。
コヅチさんにベレスの裏切りの事を伝えなかったのも、ベレスが悪く思われるのが嫌だったからだ。どのみち対峙する事になるのだから伏せていても同じという理由もある。
それに今でもベレスを悪とは思っていない。
ベレスは良くも悪くも真面目で一途な性質を持っていた。だからこそ、神王を神と崇める洗脳教育の影響が大きく、神王への反乱が認められなかったのだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、五九話〔切られた火蓋〕




