五五話 古い因縁
ぞろぞろと続く一団。
年若い子供で構成されているにも関わらず、集団が歩む速度は驚くほどに速い。
もちろんムチを打って走らせているような真似をしている訳ではない。子供たちには歩きながらお喋りをする余裕すらある。
施設の子供たち――彼らは、例外なく高い魔力を保有しているので、その身体能力も常人とは比較にならないものなのだ。
僕たちは施設を発っていた。
まだ僕の話に懐疑的な子供もいるようだが……コヅチさんがこちら側に付いている事や、カーラの暴威に怯えている事もあって、表立って文句を言う者はいない。
施設を発つにあたって『施設職員の処遇をどうするか?』という問題もあったが、特に恨みがある訳でもなかったので手出しをせず放置している。
彼らが神国に施設襲撃を知らせる可能性はあるだろうが、国の対応より僕たちの動きの方が早い気がするので問題には感じていない。
基本的に僕たちは施設内で暴れるような事はしなかったが、それでも生産所だけは破壊した。僕は施設の廃止を予定しているので、人為的に子供を作り続ければ行き場の無い子供が量産される事になるからだ。
ちなみに、僕とリスティの血縁者も誕生しているのでは? と思って調べてみたが、幸か不幸か子供たちの中に僕の血縁者は存在しなかった。
残念なようなホッとしたような複雑な気持ちだが……これで良いのだろう。
「施設はおかしい奴しかいないと思ってたが、意外と会話が成立する奴が多いな」
「アロとカーラを基準に考えないでくれよ……」
会話に目を向けると、ガウスとコヅチさんが親しげに話しながら歩いている。
お互いに通ずるものがあるのか、昔からの知り合いのような近しい雰囲気だ。
話している内容には少し引っ掛かりを覚えるものはあるが、古い友人と新しい友人の仲が良好であるのは素直に嬉しい。
僕も同じように施設の子供と雑談でもして旧交を温めたいのだが、僕とカーラの周りだけぽっかりと人がいなくなっているので難しいと言わざるを得ない。
これはカーラの存在の影響なのか……フェリがモヤモヤしているからなのか。
一応はフェリの事も子供たちに紹介しているのだが、過去に類を見ない存在という事で非常に警戒されているのだ。
フェリは見ようによっては毒ガスのようにも見えるので、誤って吸引しないように距離を取っているという可能性もあるだろう。
しかし考えてみれば……過去に僕はフェリを吸っているような気もする。
僕の健康被害については心配していないが、フェリ的に大丈夫なのだろうか?
モヤモヤの総量が減ることでフェリに支障が出なければいいのだが……放屁で体外に排出されたりするのだろうか?
……いや、いかんいかん。
僕とした事が、一心同体のパートナーをオナラ扱いしてしまうとは。
こんな失礼な考えを知られたらギタギタのボロボロにされても文句は言えない。
背後で揺らめくフェリに悟られないように、僕はひっそりと心を切り替える。
「そういえばコヅチさん。部隊の総長が変わったと聞いたのですが、今の総長は誰なのか知ってますか?」
総長は死の間際に『今の私は総長ではない』と言っていた。
あの人は嘘を吐くような人ではないし、総長という立場に誇りを持っていたような人でもある。わざわざ無意味な嘘を吐く理由もないので、総長が代替わりしたという話は事実なのだろう。
「それはもちろん知っているが……カーラから聞いてないのか?」
コヅチさんは不思議そうな顔だ。
そして実にもっともな疑問である。
現在も部隊の軍服を着ている元部隊のカーラ。この子にとっては所属していた組織の長なのだから、本来なら知っていて当然だと言えるだろう。
「知らないよ〜」
僕たちの視線を受けて、カーラは悪びれる事なくニコニコした顔で返した。
カーラの答えには、コヅチさんばかりでなく子供たちからも「えっ」という声が上がった。この愕然とした様子からすると、彼らも普通に知っている事のようだ。
おそらくカーラは総長を知らないのではなく、単に忘れてしまっているだけなのだろう。カーラは些事を記憶に留めない豪快な子なのである。
「そ、そうか。相変わらずカーラは大物だな……」
「えへへ……」
コヅチさんが皮肉めいた感想を漏らすと、カーラは可愛い顔で照れている。
……きっとこの子には悩みとか無いんだろうなぁ、羨ましい性格だなぁ。
コヅチさんはカーラの矯正を諦めているのか、それ以上はカーラについて言及しない。僕としては『諦めないで!』と心中で励ましを送るばかりである。
「アロ、今の総長は『ベレス』だ。アロとは仲が良かったから覚えてるだろ?」
コヅチさんの口から出た名前に、僕は形容できないような複雑な感情を覚えた。
正直に言えば、総長の代替わりと聞いた時点で真っ先に浮かんだ名前ではある。
当時の施設では、年長組を含めても僕とリスティの存在は抜きん出ていた。
そしてベレスという男は、僕たち兄妹の次に位置する実力者だったのだ。
僕とリスティほどではないが、十年に一人の逸材だと言われていたのである。
それでも総長を務めているとは思えなかったのは、単純に彼がまだ若いからだ。
「……よく、覚えていますよ。僕と同じ十五歳で総長とは、大したものですね」
部隊は実力主義だが、総長ともなると戦闘能力が高いだけでは選ばれない。
先代総長のように、自分の死をも厭わないほどの神王への忠誠心が求められる。
考えてみれば……ベレスは、神王への忠誠をこれ以上ないほどに示していた。
影にさえ恵まれたなら、部隊の総長となっていてもおかしくはないだろう。
僕の声音に何かを察したのか、コヅチさんは声のトーンを落とす。
「ベレスとの争いは避けられないのか? アロから話せばもしかしたら……」
「いいえ、それは不可能でしょう。……もう、ベレスは選んでいますから」
かつての僕は施設で孤立していた存在だった。
道理も知らぬ幼子が桁外れな力を持っていたので当然の事ではあるのだが、当時の僕にはそれが分からなかった。ただ、寂しさを感じていた。
そんな僕にも遠慮なく接してくれたのが、ベレスという男だ。
ベレスは良い意味でも悪い意味でも融通が効かない面があったおかげか、僕に対しても他の人間に接するように接してくれたのである。
冗談も通じない真面目な男だったが、何かと周囲から逸脱しがちな僕を本気で叱ってくれたし、弱い者苛めを決して見過ごさないような正義感を持っていた。
……真面目過ぎたからこそ、施設の洗脳教育が深く浸透してしまったのだろう。
後になってリスティやカーラが加わって僕の周囲は賑やかになっていったが、僕の生まれて初めての友達は、間違いなくベレスだ。
個人的な心情としてはベレスと争いたくはない……だが、ベレスは引かないだろうし、僕にも引くという選択肢は存在しない。
「ベレスが総長となると、もしかしたら終末炉を守っているかも知れませんね。――ガウス。その時は僕が相手をするから邪魔しちゃ駄目だよ」
ベレスに説得は通じない。
そしてこの場でベレスに対抗出来そうな人間は僕とガウスだけである以上、彼に引導を渡すのは僕であるべきだろう。
ガウスは空気の読める男なので僕とベレスの因縁を察したのか、「仕方ねぇな」と恩着せがましい事を言いながらも納得してくれた。
戦闘脳な親友なので部隊の総長と一戦交えたかったかのも知れないが、こればかりは譲るわけにもいかない。譲りたくとも、譲るわけにはいかない。
明日も夜に投稿予定。
次回、五六話〔埋められてしまった過去〕




