五四話 現れてしまう特別
僕はカーラをがっしりと抑えたまま、さりげなくガウスへ目配せを送る。
この合図の意図するところは――僕がカーラの気を引いている間に、代わりにガウスが話を纏めてほしいというメッセージだ。
ガウスの言葉には自然と人を惹きつけるものがあり、僕も認めざるを得ないほどの説得巧者なのである。ガウスなら僕の期待に応えてくれる事だろう。
もちろん聡いガウスが僕の意図を察せないはずがない。ガウスは「なんで俺がやるんだよ……」と小さく愚痴を漏らしつつ、子供たちへ力強い言葉を投げつける。
「これから俺たちは終末炉に向かうつもりだ。アロンの言葉を信じようが信じまいが構わねぇ。俺たちに同行して自分の目で見ろ」
僕は友人たちを解放してから神王を倒しに行く予定だが、友人の解放は施設に限ったものではない。終末炉は、高魔力保有者の魔力を生きたまま搾り取る仕組みだと聞いている――そう、終末炉にも囚われの友人が存在している。
子供たちを説得した上で自主的に付いてきてもらうのが理想的だったが、ガウスは判断を保留とした状態で連れ出す方が手っ取り早いと判断したのだろう。
「誰だよお前、何様のつもりだ!」
もちろん施設の子供は一筋縄ではいかない。
実際、『なぜ部外者のガウスが説得しているのか?』という疑問は、僕たちサイドでも共通の疑問ではある。ガウス本人ですら疑問を感じているくらいだ。
声を荒げてガウスに反発している少年。彼は扇動少年の友人だ。
僕やカーラとは頑なに目を合わせなかった年長組の一人だが、部外者のガウスに大口を叩かれるのは流石に我慢ならなかったようだ。
なにしろ施設の子供は『自分は選ばれた存在』だと自負している者が多い。
実際に選別されて生まれてきている子供たちなので間違ってはいないが、外部の人間を無意識に見下す傾向があるのはいただけない。
彼らの自負心を育てている要因はそれだけではない。子供たちが自信家に育っている最大の要因は、『神王』という存在だ。
神国民にとって神王は絶対的な存在。
その神王直属の部下である部隊は、全てが施設出身者で構成されているのだ。施設で生まれ育っていれば自意識が肥大化するのも分からなくはない。
血気盛んな少年は席を立ち、無謀にもガウスの胸ぐらを荒々しく掴んだ。
「オレたちはなぁ、スペシャルなんだよ!」
「ぶっ……」
ス、スペシャル……!
す、すごいな……自分で自分をスペシャルなどと言える人間は中々いないぞ。
僕も認めよう。彼は間違いなく特別な存在――そう、スペシャル少年だ!
ガウスは失礼にも吹き出しているが、少年は真面目に言っているのだから笑うのは失礼というものだ。そもそも笑うような要素がどこにあると言うのか。
「お前、なに笑ってんだよ!」
ガウスがスペシャル発言を笑った事で、スペシャル少年を激怒させていた。
これは僕も親友を擁護できない。
いきなり胸ぐらを掴むような非礼を働いたスペシャル少年も問題だが、スペシャル少年のスペシャリティを損なうようなアンチスペシャルは問題だ。
しかしガウスは全く動じていない。
ガウスは胸ぐらを掴まれて苦笑しつつ、少年の顎にさりげなく手を近付ける。
そしてそのままデコピンの要領で――ピン、と軽く少年の顎先を弾いた。
「あ、あれ……」
ガウスの巧みな手管によって、スペシャル少年は脳を揺さぶられて膝を曲げた。
そして少年が倒れ込む直前――ガウスは腕をサッと少年の首に回し、そのまま人好きのする笑みを浮かべて少年に語り掛ける。
「不満はあるだろうが悪いようにはしねぇよ」
ガウスは少年を腕で固定したまま席へと運び、足腰の立たない少年を自然な流れで座らせた。一連の動作は極めて自然なものだ。
年少の子供たちはガウスの巧みな技に気付いていないほどなので、少年の顔を潰さない見事な配慮だったと言えるだろう。
「――彼、相当なものだな。アロと一緒に行動しているだけの事はある」
もちろんコヅチさんは気付いていた。
気付いているのはコヅチさんだけでない。当のスペシャル少年や扇動少年などの年長組は一様に顔色を変えている。
彼らとて施設で生き残っている相応の実力者だ。
これだけの事でも、ガウスの実力の一端を感じ取るには充分という事だろう。
ガウスは何事も無かったかのように話を続ける。
「終末炉まで行って納得できないようなら戻れ。今は黙って俺たちに付いてこい」
今度はガウスの言葉に反発する者はいない。
施設は実力主義という事もあって、力量を見せつけたガウスの発言力は飛躍的に増している。年長組が素直な姿勢を見せているので年少組もすっかり大人しい。
しかし……結果的には無関係なはずのガウスに説得を任せっきりで、僕はカーラをホールドしていただけで終わってしまったが、果たしてこれで良かったのか?
「えへへ……」
蛮行を反省するどころか嬉しそうな声を出しているカーラ。
説得の役に立たなかった事は仕方ないが、場に無用な混乱を招いたのは見過ごせない。ここはビシッと言ってやるべきだろう。
「カーラ、皆を驚かせたら駄目じゃないか」
驚かせるどころか殺害しようとしていた気配だったが、僕はあえてそこには触れない。せっかく場が落ち着きつつあるのだから、子供たちを不安にさせるような発言は慎むべきなのだ。
「驚かせてないも〜ん」
こやつめ、いけしゃあしゃあとよく言ったものだ……。
正座を強要して説教してやりたいところだが、昨今では些細な体罰でも問題視されるので断念せざるを得ない。
この厳しい世の中には口頭注意だけで解決しない問題は山ほどあるが、万人に切実な事情を理解されるとは限らないのである。
そう――体罰問題で有識者に吊し上げを食らう訳にはいかないのだ……!
「お前ら、いつまでも遊んでんじゃねぇよ」
おっと、ガウスに叱責を受けてしまった。
全く遊んでいた覚えはないが、カーラと話している内に話が纏まっているので反論が難しい。結果を残していないのだから批判は甘んじて受けるべきだろう。
僕はカーラの拘束を解きつつ、ガウスに心からのお礼を告げる。
「いやぁ、助かったよガウス。子供を騙す誘拐犯のような手際の良さだったよ」
「人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ」
ガウスは謙遜しているが、傍から見ていて感心するほど鮮やかな手口だった。
きっとガウスなら『君のお母さんが大変なんだ。一緒に病院へ行こう!』などと幼い子供を攫うことも朝飯前だろう。
いやはや……僕の親友は罪な男である。
「最悪の場合は足にロープを繋いで引き摺っていくつもりだったからね。重くて大変そうだと心配してたんだよ」
「狩りの獲物じゃねぇんだぞ……」
もちろんそれは冗談だが、説得が失敗したら強引に連れて行くつもりだったのは本当だ。このまま子供たちを施設に残していくと、『僕という外的要因と接触した』という事実だけで子供が処分されるかも知れないからだ。
偏執狂じみている神国であれば『反乱の思想を植え付けられたかも知れない』という理由だけで子供を害する可能性は否定できない。時を置くことなく神王を打倒する予定ではあるが、やはり子供を施設に残したままでは心配が残る。
それでも力ずくで子供を連行するような真似は避けたかったので、こうして話し合いで解決した事には安堵する思いである。
「大丈夫っ! カーラがロープを引っ張ってあげるよ!」
おっと、常識に欠けているカーラが冗談を真に受けているではないか。
カーラの力なら三十人くらいは引き摺れそうだが、本当にそんな事をしたら身体が摩り下ろされてしまうというものだろう。
誰がどう聞いても軽いジョークにしか聞こえないというのに、相変わらず道徳心ゼロな子だなぁ……。しかし、これでカーラは善意で言ってくれているのだから、優しくたしなめてあげるべきだろう。
「ふふ、それじゃあ拷問みたいになっちゃうだろ? 摩り下ろすのは大根とリンゴくらいにしなくちゃ駄目だよ」
「……そうか、アロも成長したんだな」
コヅチさんが横から不可解な感想を漏らした。
僕の成長を喜んでくれているのは嬉しいが、昔の僕なら平然とやっていたような口ぶりだ。おかげでガウスから疑心の目で見られてしまっている。
これはきっとアレだろう……周囲の人間が『アロは酷い奴だったなぁ』などと刷り込むように口にしていたせいで、記憶が改竄されてしまったのだろう。
僕を知らないはずの幼い子供にまで『厄災のアロ』の名が響いていたようなので、悪い噂がひとり歩きしていたという可能性は濃厚なのだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、五五話〔古い因縁〕




