五二話 煌めいてしまう才能
しかし冷静に現状分析をしている場合ではない。
泣きそうな子供がいるなら慰めてあげるべきだ。
それが年長者としての責務というものだ。
「こ、殺さないで……」
僕が近付くだけでか細い声を漏らす幼子。
ごく自然に僕の心を傷付けるような懇願をしているが、これは部隊殺害という実績が悪い影響を及ぼしているだけだろう。
しかしあれは価値観の相違によるやむを得ない対立であって、僕とて『殺すのだーいすき!』と喜んで殺害した訳ではないのだ。
サイコキラーのように思われるのは不本意なので是正しなくてはならない。
僕は笑顔で幼子の肩に手を置いて、一語ずつゆっくりと語り掛ける。
「大丈夫だよ。君のことは殺さない……絶対に、殺さないよ」
「あわわわ……」
ますます怯えられている気がする……!
もしかして『楽には殺さないよ?』という意味だと誤解されたのだろうか?
ここは『楽に殺してあげるよ』と言い直すべきか……いや、それは事態の悪化を招くような気がしないでもない。
混迷を極める部屋。
僕は子供たちを安心させる為に笑顔を維持しているが、特に効果は見られない。
悪い先入観を持っていると悪く見えるので、もしかしたら『ハハハ、怯えておるわい!』と怯える子供に満足しているように思われているのかも知れない。
解決策を見出させずに心中で困窮していると、救いを与えるように扉が開いた。
「お兄ちゃん、おそ〜いっ!」
辛抱できない女の子、カーラだ。
どうやら気の短いカーラの待機限界を迎えてしまったようだ。
数分も経っていないのに数時間も待たされたかのようにプンプンしている。
しかしこれはもっけの幸い。
このままでは埒が明かないと考えていた。
怯えている子供たちも、顔見知りであるカーラを見れば安心するはずだろう。
「げぇっ!? カ、カーラさんだぁぁぁっ!」
もちろんそんな事は無かった。
声を上げたのは生粋の扇動者たる少年。
今回も子供たちの不安を全力で煽っている始末である。……扇動の天才かな?
天性の扇動家である彼は止まらない。
「厄災のアロに血塗れのカーラ! オレたちはもうお終いだぁぁぁっ……!」
煽る、煽る――――煽る!
その煽りはもはや芸術。むしろ僕はこの少年が恐ろしかった。
……それにしても、カーラは施設でどんな立ち位置に居たのだろうか?
抜き身の刃物を持った不審者が現れたような反応だが、何をやらかせばこんなリアクションを貰えるようになるのか。
なにやら『血塗れのカーラ』という不吉なアダ名が聞こえてしまったが……その名の由来はとても聞きたくないものである。
カーラに続くようにコヅチさんたちが入ってきても、部屋の混乱が静まる気配はなかった。どさくさ紛れに入室しているガウスの『それ見たことか』という視線が実に腹立たしい。
こうなれば扇動者の少年を失神させるしかない、と僕が密かに決意を固めていると――コヅチさんが先に動く。
「私の影を出す」
コヅチさんはそう宣言した。
子供たちの多くは恐慌状態にあって聞こえていないようだが、おそらくこれは僕とガウスに向けて言ったものなのだろう。
コヅチさんの言葉の意味を把握しているのか、カーラには戸惑いが感じられないのだ。……カーラの場合は何が起きても平然としてそうだが。
一方、僕には戸惑いと興味があった。
この局面で出そうとしている影なのだから、興味が湧くのも当然だろう。
コヅチさんに限って『うるさい子供は皆殺し!』なんて事はないだろうが、影の種別が想像しにくいものはある。
部隊に選ばれなかったとはいえ、コヅチさんも施設育ちの高魔力保有者だ。
影の種別はともかく、常人を凌駕する力を持っている事だけは間違いない。
そしてコヅチさんは、部屋の広いスペースへ手を向け――影を現出させた。
――場違いな存在。
コヅチさんの影は、本来なら部屋の中にあるはずのないモノだった。
僕の影であるフェリもそういった意味では該当するが、コヅチさんのそれは『存在する場所が違う』という意味だ。
これは植物――そう、カシの木だ。
低木と呼ぶには大きく高木と呼ぶには物足りないが、高い部屋の天井に届きそうなほどの大きな木。影としては大きな部類に入ることは間違いない。
「植物型の影か……こんなにデケェのは初めて見たな」
ガウスが感心した声を漏らすのも当然だ。
植物型の影は珍しいものではないが、小さな花程度のものが一般的なところだ。
これほど自己主張が激しい植物型の影となると、武国では類を見ない。
流石は高魔力保有者の影と言ったところだが……問題は、この木の能力だ。
植物型の影と言えば、ある方面に特化した能力を持っている事で有名なのだ。
僕が僅かな懸念を抱いた瞬間――その心配はまたたく間に解消された。
「温泉に入ったかのような安らぎ感……心が落ち着きますねぇ」
植物型の影は、人間の精神に作用する能力を持っている事で知られている。
しかしその効果は極めて弱い。
人を洗脳して操るような強烈な効果ではなく、花の匂いを嗅ぐことで『今日は良いことが有りそうな気がするなぁ』と思わせるくらいのものだ。
その辺りに自生している花とほとんど変わらない効果という事もあって、一般的には植物型の影は『外れ』の種別だと言われているほどだ。
だが、それは一般人の場合であって、高魔力保有者の影なら危険性が増すのでは? と考えたが……コヅチさんに物騒な影が召喚されるはずもなかった。
「精神を安定させる効果しかないが、こんな時には役に立つんだよ」
コヅチさんは自分の影を誇るでもなく、どこか自嘲しているような雰囲気だ。
どうやらこの影に有用性を見出していない様子だが、その理由は予想がつく。
おそらくは、神国のお国柄によるものだ。
施設出身者の目標である部隊では、基本的に戦闘向けの影が重宝されるのだ。
中にはカーラのような例もあるが……怪我の治療ならともかく、リラックス効果では部隊での活躍は難しいと言わざるを得ない。
これが他の国であれば需要は高いはずだろう。
なにしろ暴徒の鎮圧などでも平和的に場を収めることが可能となる。……しかし、神国で暴徒が発生しようものなら問答無用で皆殺しだ。
折角優れた影でも、殺伐とした神国では癒やし効果の需要が少ないのだ。
「いや、こいつは大した影だぜ。武国なら引っ張りだこだろうよ」
僕の意見にガウスも同調する。
自分にも他人にも厳しいガウスだが、コヅチさんの影には太鼓判だ。
実際、てんやわんやだった室内はすっかり落ち着きを取り戻している。
コヅチさんは武力を用いることなく子供たちの心を落ち着かせてしまった訳だ。
僕は扇動者の少年を気絶させようとしていたのに……僕は自分が恥ずかしい!
「武国? 君は一体……?」
コヅチさんは『武国』という単語が引っ掛かったようだ。
まだ僕たちが武国から来訪した事を告げていないので当然だろう。
「場も落ち着いたことですから、その辺りも纏めて説明させてもらいますよ」
僕はこの為に来た。
伏せられている施設出身者の末路。
これらを白日の下に晒し、彼らをここから連れ出す為に来たのだ。
彼らからすれば知りたくもないような話かも知れないが……施設の子供たちには知る権利があるし、全てを知るべきだと思っている。
明日も夜に投稿予定。
次回、五三話〔引きこもるべき存在〕




