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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第一部 消失する日常
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五話 聞こえてしまう心

 モブ君を落ち着かせる方法を考えていると、不意に僕は気付く。

 そういえば、大事な事を忘れていた。


「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕の名はアロン。メガネ君の友達であり、今日からはモブ君の友達でもある男さ」


 僕としたことが、初対面のモブ君に対して自己紹介を怠っていたのだ。


 おそらく彼は、メガネ君と同じ外部の出身。つまり僕の悪評を知らない生徒だ。

 僕の悪い噂が耳に入る前に、先んじて友達になってしまおうという訳である。


「ア、アロンだと…………狂人、アロン=エルブロードか!」


 くっっ、()まわしきアダ名が知られているではないか……!


 外部の出身なら知らないだろうと思っていたが、彼はメガネ君より社交性が高そうなので噂に耳聡いのかも知れない。

 狂人という単語が出てきてしまうと『うん、僕がそのアロンだよ』と認め辛いものがあるが、しかし悪い評判だけは否定しておくべきだろう。


「アロン=エルブロードという名前に間違いはないけど、『狂人』というのは……」

「――おい、テメェ! 狂人とか呼ばれて調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

 

 んん?

 モブ君は何を言っているんだろう……?


 狂人のアダ名を否定しようとしたら予想外の反応だ。どこの世界に狂人と呼ばれて『わいは狂人やー! ウェーイ!』などと調子に乗る人間がいるというのか。


 困惑している僕に頓着(とんちゃく)することなく、モブ君は勢いよく先を続ける。


「狂人はオレだ! 『クレイジーモブ』とはオレの事だッ!」


 ば、ばかな……狂人を自称している!?

 信じられない、こんな人間がこの世に存在しているなんて……。

 これは確かにクレイジーな逸材だ……!


 ……いや、待てよ。

 これは千載一遇の好機ではないか?


「うん、分かったよ。今日からは君が狂人だ――そう、今日から君は『狂人クレイジーモブ』!」


 この機会に、忌まわしきアダ名を譲り渡してしまおうという訳である。


 僕は狂人呼びから縁を切れて嬉しい。モブ君は狂人と呼ばれて嬉しい。

 うむ、ウインウインの関係である。

 狂人とクレイジーで意味が被っているという問題など些細な事だろう。


 我ながら素晴らしい名案だと思ったのだが、しかしモブ君の反応は悪かった。


「フザケんじゃねぇ! クソッ、オレを舐めやがってッ!」


 なぜかモブ君は怒っていた。

 双方にとって利がある提案にも関わらず、まるで馬鹿にされたかのように顔を真っ赤にして怒り狂っているのだ。


 そこでメガネ君が仲裁に入る。


「や、やめた方がいいよモブ君……。アロン君、モブ君を許してあげてくれないかな?」


 お、おかしいな……?

 僕は責められているメガネ君を庇ったつもりだったのに、なぜメガネ君はモブ君を庇っているのだろうか? 


 暴力的なモブ君より僕の方が危険視されているという不可解現象。

 何が起きているのか全く理解できない――僕の立ち位置はどうなっているんだ!


 メガネ君とは信頼関係で結ばれた友人のはずなのに、彼が僕を見る目は導火線に火が点いている爆弾を見る目だ。これでは完全に危険人物扱いではないか……。


 ――いや、待てよ。


 そうか、そういう事か。

 僕はメガネ君の思惑を明確に悟った。

 間違いない。これは僕たち三人の友情を深めようという計略だ。


 メガネ君の心の声が聞こえてくる――『これぞ友情三分(さんぶん)の計なり!』


 三分の計。つまりは三(すく)みの構図だ。

 僕がメガネ君を庇い、メガネ君がモブ君を庇う。そして最後にモブ君が僕を庇えば――そう、ジャンケントリオの完成だ!


 互いが互いを補うという構図を作り上げることがメガネ君の目的だったのだ。

 メガネ君の粋な計らいにより、初対面の僕とモブ君がスムーズに仲良くなってしまうという訳である。


 ふふ……さすがはメガネ君。

 伊達にメガネを掛けてない。シレっとした顔をしてとんだ策士である。


 後はモブ君が『それはアロンに失礼だぜメガネ』と僕を庇ってくれれば〔友情のトライアングル〕の完成だ。


「――あぁん? ()めてんのかメガネぇ!?」


 なっっ!?

 僕を庇うべき局面なのに、メガネ君の胸倉を掴んで恫喝しているではないか。


 なんてことだ……。

 これは一言物申してあげなくては。


「ちょっとモブ君、ちゃんと空気を読んでくれなきゃ駄目じゃないか。ここは僕を庇うところだろ?」


 せっかくメガネ君がお膳立てを整えてくれたのにひっくり返そうとしているのだ。これはさすがに寛大な僕でも苦言を呈さずにはいられない。


「何をワケの分かんねぇこと言ってやがるッ! オレを舐めてんのか!」


 しかしモブ君には伝わらなかったようだ。

 ワケの分からないことを言っているのはモブ君の方だと思うが、興奮状態にある彼には道理が通じそうもない。


 そしてモブ君は驚くべき行動に出る。


「オレを舐めんじゃねぇぞ!」


 教室中に(とどろ)かせるような威勢の良い声で――懐からナイフを取り出した!


 これは大変にまずい事態だ。

 さっきから『舐めるな』としか言っていないモブ君の語彙の少なさも問題だが、それ以上に教室で刃物を取り出すという危険行為が問題だ。


 何かの間違いで級友を傷付けてしまったら、被害者ばかりかモブ君も後悔する事になる。これは示威行為にしても行き過ぎている蛮行だ。

 友達になる流れだったはずなのに、なぜこんな事に……?


 ――――そうか!


 僕は唐突に悟ってしまった。

 本来なら友達として握手をするはずの手に握られているのは、ナイフ。

 この不自然な展開には確かに意味があった。


 メガネ君は友人として仲を取り持とうと策を打ってくれたが、モブ君はその策略では物足りなかったのだ。


 粗暴なタイプの人間は衝突することで相手を知ろうとする傾向がある。つまり彼が求めているのは、友達になる事を前提とした〔決闘〕だ。

 ひとしきり争った後――


『フッ、中々やるじゃねぇか』

『君も大したもんだよ』


 というシチュエーションを経て友情を構築しようというわけだ……!


 ふふ……これは良いな。

 拳を交わしあった者には友情が芽生えるという、物語でよくある憧れの展開だ。


「なるほどね。君は(いき)なところがあるじゃないか」


 僕が感嘆の声を出すと、モブ君は「冗談じゃねぇぞ、この野郎!」と吠える。


 もちろん僕は誤解などしない。

 本気で友達になりたいというその気持ち――しかと伝わった!


 しかしそれでも、刃物は良くない。

 万が一の事を考えて、彼のナイフだけは取り上げておくべきだろう。


 ……いや、それだけでは不十分か。

 ナイフが一本だけとは限らない。

 一流の暗器使いなら身体検査を潜り抜けても凶器を隠し通すことが可能だ。


 ならば、僕のするべき事は一つ。

 決闘前の下準備を整えるのみだ。


 僕は笑みを浮かべて友好をアピールしつつ、モブ君の手首に手刀を打ち込む。


「っぎゃぁぁっ!?」


 ()()()()()()モブ君は、僕の目論見通りにナイフを取り落とした。

 モブ君の絶叫には胸が痛むが、これは安全確保の為の必要な犠牲なのだ。


 しかし廊下にも響き渡るほどの声量はまずい。


 これは友人関係に至る為の通過儀礼。

 モブ君の大声を聞きつけて教師がやって来てしまったら、僕たちの神聖な儀式を邪魔されるかも知れないのだ。


「モブ君、ちょっと借りるね」


 だが僕は慌てない。モブ君のバッグから飛び出ているタオルを拝借して――そのまま持ち主の口に詰め込む!


「んーっ! んんーっ!!」


 よし、これで完璧だ。

 この決闘を邪魔されたくないのはモブ君も同じ。


 思わず絶叫が出てしまったようだが、彼とて声を上げたくて上げていた訳ではないはずだ。モブ君が何を言っているのかは分からないが、きっと僕の気の利いたフォローに『へへっ、すまねぇな』と感謝の声を上げている可能性は高い。


 そして決闘の準備はまだ終わっていない。

 僕は流れるようにもう一方の無事な手を掴み、同じくボキッと折っておく。


「んーっ!?」


 両手を無力化しておかねば、ナイフによる犠牲者が出ないとも限らない。

 そう、文字通りの片手落ちになるかも知れないのだ。クラスメイトの安全の為には妥協は許されないのである。


 とりあえず、これで最低限の準備は整った。


 結果的にモブ君の両手首は骨折してしまったが、しかし心配ご無用。

 僕はフェアプレーを重んじる人間なので、こちらも手は使わず足技だけでモブ君の相手をするつもりでいる。


 条件は五分と五分――いざ、決戦の時!


「ヘイ! どこからでも掛かってくるんだ!」


 憧れの状況にテンションが上っている僕。

 本好きの僕にとっては物語の一場面のような状況だ。心が躍るのも当然だろう。


 しかし、モブ君の反応は無かった。


 というより、二本目の手首を折ってから座り込んだままなのだ。

 妙だな? と、俯いた顔を覗き込んでみると……白眼を剥いて失神している!?

 おかしい、おかしいぞ。気絶するような事は何も無かったはずなのに……。


 混乱しながら思考の迷宮を彷徨(さまよ)っていると、意識を引き戻す音が響き渡る。



 ――カーン、カーン。


 これはいかん。予鈴の鐘が鳴ってしまった。

 友達作りに夢中になるあまり、授業開始の時間を忘れてしまうとは失態だ。


 しかしこれはどうしたものか。


 もうすぐ先生がやって来るというのに、決闘の続きをやるどころかモブ君は失神しているのだ。本来なら救護室に連れていくべきなのかも知れないが、初めての登園日に授業をサボらせるのは可哀想だ。


 うむ、ここは新しい友人として僕が一計を講じるしかないだろう。


 ――――。


 

「あぁ、今日はさすがに人数が揃っとるようだな……っうぇっ!?」


 出席確認に訪れた先生は、急に奇声を上げた。

 その視線の先に居るのは――モブ君だ。


 彼はこれまで一度も学園に来たことがなかったので、先生が戸惑う気持ちも分からなくはないが、椅子に座っているモブ君を見ただけで叫び声を上げるのは如何なものか。


 ちなみに椅子に座ってはいても、モブ君はまだ目を覚ましていない。

 これは僕による気の利いたフォローの賜物(たまもの)だ。


 失神しているモブ君を出席扱いにする為にはどうすればいいのか? 

 その答えは簡単だ。要するに、椅子に座っていればいいのである。

 授業に参加していても、机に突っ伏して寝ているという生徒は珍しくない。


 しかし、モブ君を失神したまま椅子に座らせるような真似は論外だ。

 登園初日から机で寝ていると、教師に悪い印象を与えてしまう恐れがあるのだ。

 

 ここで重要なのは、椅子に座っている姿勢。

 たとえ意識がなくとも、背筋さえ伸びていれば起きているように見えるのだ。


 失神した状態では体勢を維持できないという問題はあったが、そこは僕が友人としてモブ君をフォローしている。


 体勢の固定は難しくない――そう、モブ君を椅子に縛り付ければ万事解決だ!


 もちろんそれだけではない。

 折れた手首では文字を書くのも大変だろうという事で、モブ君の手にはペンを固定してあるという行き届いた配慮だ。


 うむ、たまたま通学用のバッグに(ひも)が入っていたのは実に幸運だった。


 椅子に縛り付けられてペンが強制装備されているという姿は、まるでスパルタ教育を受けているかのようではあるが、教育者的視点で見れば『素晴らしい熱意だ!』とも見えるはずだ。


 懸念があるとすれば……モブ君は白眼を剥いている状態であるばかりか、口にはタオルを押し込んだままの状態であるという点だ。

 授業中に覚醒して大声を上げたら迷惑になるので仕方がない措置なのだが、見ようによっては拷問を受けているようにも見えるような……いや、気のせいだ!


 それに、この少し不自然な状況を誤魔化す為の有利な条件もある。


 モブ君は外部進学組。

 しかも今日が初登園の身だ。

 必然的に、彼の事を知る人間がほとんど存在しないという事になる。


 そう、白眼を剥いて口にタオルを入れている姿がデフォルトだと思わせる事が出来るのだ――『いつも白眼だけど気にすんなよ。好物はタオルだぜ!』


 先生は奇声を上げてから固まっている。

 その様は必死に何かを思考しているかのようだ。

 おそらく、生徒の自主性を尊重すべきか注意すべきかを迷っているのだ。


 そしてなぜか、先生は僕の方に視線を向けた。


 ……うむ、さすがは先生だ。

 モブ君をひと目見ただけで僕の友達だと見抜くとは、大した慧眼である。


 先生の視線が『君の友人は大丈夫かな?』と問い掛けてきていたので、僕は意思を込めてニコっと微笑みを送る。

 僕の温かい笑顔に、先生は何かを察したように静かに目を瞑った。


「……そ、それでは出席を取るぞ」


 そして普段通りに出席を取り始めた。


 もちろんこれは見て見ぬフリを決め込んでいるわけではなく、僕の笑顔に込められたメッセージが伝わったからだ。


 モブ君の手にはペンを固定してあるとはいえ、今も彼は失神継続中だ。

 そこで僕は『失神している友人の代わりに僕がノートを取ってあげますよ』と、先生に笑顔で伝えたのである。


 それにしてもこのクラスの結束力は素晴らしい。


 先生が挙動不審な様子を見せていても、級友たちは声一つ上げていないのだ。

 先生の言葉を一言一句聞き漏らさないかのように集中しており、本来なら視線を集めてもおかしくないはずのモブ君を見ようともしない。


 まったく、僕はクラスメイトに恵まれているなぁ……。


本日分終了です。

明日からは毎日21:30頃の投稿になるかと思います。

次回、六話〔自慢の親友〕

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