四五話 発動する盾
僕とガウスが短い打ち合わせを終えた直後、明るい応援の声が飛んできた。
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
バッグからお菓子まで取り出しつつ、完全に観戦態勢に入っているカーラ。
そのお気楽な姿には思うところはあるが……しかし、変にやる気を出すよりは観戦に徹してしてくれた方が好都合ではある。
――そう、僕はカーラを部隊員と闘わせるつもりはない。
この子は高魔力保有者ではあっても戦闘技術に際立ったものはなく、戦闘系の影持ちが多い部隊が相手では不安が残るのだ。
カーラは部隊基準でも魔力量が多い方なので身体能力だけで善戦しそうな気もするが、わざわざ妹分を危険な目に遭わせる必要性も無い。
僕とガウスだけで事足りる話だ。
「神王様に楯突く不埒者共が……。自惚れの代償は死をもって償え」
過剰なまでにリラックスしている僕の仲間たちに苛立ったのか、部隊の一人が血走った目で睨みつけている。しかしその気持ちは分からなくもない。
彼らは武力に絶対の自信を持っている集団であり、実際にその自信に見合っただけの力を持っている者たちだ。
施設の人間ではないガウスや、戦闘向きの影を持っていないカーラ。
そんな僕の仲間たちが平然とした態度をしているので気に食わないのだろう。
それでもガウスは平気な顔で大言を放つ。
「お前ら、死にたくねぇなら今すぐ逃げろ」
ガウスの言葉をただの挑発と受け止めたのか、血の気の多い部隊員が「戯れ言を抜かすな小僧!」と吠えて、自らの影を現出させた。
だがガウスの言葉は紛れもない真実であり、最後の慈悲でもあった。
部隊員たちに引く気がない事を確認したガウスは――「シュカ」と、相棒の名を口にした。そしてシュカは即座に動く。
「ニャッ!!」
ガウスが襲われて昂ぶっていたシュカ。
黒猫の険しい鳴き声と共に生み出されたのは、風の刃だ。
かつて武国の軍事教官の影すらも両断した力。
その圧倒的な風刃は、部隊員たちへと横一文字に襲い掛かった。
――ヒュンッ。
目に映らない死の刃。精強な部隊員であっても初見での対応は難しい。
視えない風の刃が放たれた直後――二人の部隊員の胴をあっさり切断した。
高い魔力抵抗を持つ部隊員を一撃。
これほどの攻撃は、高魔力保有者の風魔術でも困難なはずだろう。
しかしこれで勝負が決した訳ではない。
近くに居た二人は仕留めたが、他の部隊員たちは仲間の死を無駄にしなかった。
流石は百戦錬磨の部隊員と言うべきだろう、仲間の胴体が断たれた直後には既に回避行動を取っていたのだ。
風の刃の速度からすれば刹那の判断を要求されたはずだが、彼らは事前に練習していたような素早さで地に伏せている。
だが、部隊員たちは驚愕していた。
「これほどの力……まさか、異性体か!?」
彼らは即座にシュカの正体を見抜いた。
戦闘慣れしている部隊員であれば、先の事象は風を利用した攻撃である事はすぐに予測がつく。だが、この場には風魔術を使う為の魔術石は存在せず、通常の生物型らしき影も存在しない。
しかし作り物のような生物型の影は存在しないが、その代わりに〔本物の猫〕にしか見えない生物が存在している。
そしてなによりも――規格外な攻撃力。
これらの状況を鑑みれば、シュカが異性体だと気付くのも当然と言えるだろう。
「おのれ、厄災め……」
なぜか総長は、ガウスではなく僕に対して怨嗟の声を漏らしている。
ガウスは僕が連れて来た友人とはいえ、中々に理不尽な話ではある。
……そして僕の呼び名を『厄災』に固定するのは止めてほしい。
総長は部下が殺害された事よりも、異性体が現れた事に歯噛みしている様子だが、この理由についてはよく分かる。
それは神国に異性体持ちが存在しないからだ。
神国は人為的に高魔力保有者の量産をしているが、なぜかその中には異性体持ちが現れていない。逆に武国では高魔力保有者は多くないが、異性体持ちの数は僕やガウスを抜いても五人以上存在している。
つまるところ神国は――平均値が高い人間は武国より多くとも、その代わりに突出した存在がいないという事だ。
異性体持ちがいない大国は神国だけではない。
因果関係は不明だが、終末炉や終末の槍を保有している国には異性体持ちが全く生まれていない。異性体持ちが、ある時を境に生まれなくなったのだ。
それ故に、神国にとって異性体は喉から手が出るほどに欲しい存在となっており、総長は僕の味方に異性体持ちが存在しているという事実が許せないのだろう。
しかも総長には知られていないが、僕は神国生まれで初の異性体持ちだ。
ガウスの件で文句を言われるのはともかく、総長が僕個人に恨み言を漏らすことは間違ってないとも言えるだろう。
しかし、総長たちが動揺しているなら僕の声を届ける絶好のチャンスだ。
「そうです、このガウスは異性体持ちです。僕と異性体持ちを敵に回したところで勝ち目はありませんよ? どうか投降……」
僕が投降を促している最中、総長は無言で影を現出させた。
無論、他の部隊員も臨戦態勢を解いていない。
一縷の望みに賭けてみたが……やはり闘いは避けられないのだろう。
そして総長が召喚した影――それは、魔術石に他ならない。
魔力量の差なのかカーラの治癒石よりは一回り小さいものとなっているが、それでも充分過ぎるほどに巨大な魔術石だ。
その色は土色。
そう、以前に闘った部隊衆と同じく〔土魔術〕の行使を可能とするものだ。
もちろん魔術石の大きさが段違いなだけあって、その大きさに比例するように土魔術の威力も段違いに強力だ。幼い頃の僕を瀕死に追い込んでいるのは伊達ではない。……僕の魔力抵抗は図抜けて高く、並大抵の魔術では傷一つ付かないのだ。
しかし……総長の土魔術は強力過ぎる反面、非常に使い勝手が悪いものだ。
前回の闘いで部隊員に死者が出たのは、総長の土魔術に巻き込まれたからだ。
ここで召喚したという事は、また仲間を巻き込むつもりなのだろうか?
「――――滅」
総長は土弾を放った。
部隊衆の土弾は石つぶてのようなものだったが、総長のそれは比較にならない。
まさに大砲から放たれた砲弾。風を切る速度も凄まじいものだ。
そしてその脅威は砲弾より遥かに強大だ。
なにしろ総長の土弾は、言い換えれば『魔力の塊』とも言えるものである。
高魔力保有者であれば銃弾や砲弾が直撃しても大事には至らないが、魔力の塊が高速で衝突するとなれば話は別だ。
総長の土弾が直撃してしまえば、僕やガウスであっても無事では済まない。
……そういった意味では、カーラの治癒石投げも理に適った攻撃ではあるのだ。
もっとも、カーラのような直線的な軌道の投擲であれば回避は難しくない。
いくら投擲速度が速くとも、その軌道が読めていれば躱すことは容易だ。
しかし相手は部隊の総長だ。
当然、その魔術が甘いものであるはずがない。
「――――爆」
総長の言の直後、土弾が全方位に爆散した。
そう、全方位だ。
強力無比な土弾が飛び散るという凶悪な魔術、それこそが総長の土魔術だ。
もちろん攻撃が全方位となると、被害は敵だけに留まるものではない。
仲間ばかりか術者にまで土弾が襲い掛かるという使い勝手の悪さだ。……本来なら遠距離で爆散させるのが正しいやり方なのだろう。
前回はこの全方位攻撃を受けて酷い目に遭ったが、もちろん今回は対策済みだ。
総長が施設に常駐していたのは予想外だったが、遅かれ早かれ戦闘になる事は分かっていたのだ。ここで同じ轍を踏んでいるようでは話にならない。
僕は総長の魔術石を見た瞬間に動いている。
その行き先は、事前の取り決め通りの場所――そう、ガウスの背後!
今こそ発動せよ、ガウスシールド……!
もちろんこれは親友を犠牲にして助かるという卑劣な戦術ではない。
総長との対峙は予想済みだった事から、事前に仲間内で話し合っていたのだ。
「えへへ〜っ」
当然、カーラもガウスシールドの利用者だ。
僕と一緒になってガウスの背後に隠れているのが楽しいのだろう、カーラは場にそぐわない笑みを浮かべている。
緊迫した状況下にも関わらず、この子は隠れんぼで同じ場所に隠れているような感覚らしい。……昔の僕が瀕死に追い込まれた攻撃だと教えてあるのだが。
そして僕がカーラの大物ぶりに感心している間にも、状況は動いていた。
回避を許さない圧倒的な散弾がガウスに迫る。
「――ニャァッ!」
しかし主を害する存在はシュカが許さない。
上空から大地に吹き下ろす突風――――そう、風の盾だ。
王の前で平民が平伏するかの如く、無数の土弾は大地へ叩き落とされた。
近年では室内の空調効率を高める為にエアーカーテンを設置する建物が増えているが、シュカが行ったのはこれと同じだ。
外気の侵入を防ぐかのように、圧倒的な風の壁で土弾の侵入を防いだのだ。
恐るべきはこの超絶的な威力。
銃弾よりも強力な土弾を落とすだけあって、地面に断層が出来ているほどだ。
「シュカちゃんすご〜いっ」
常軌を逸したシュカの芸当を前にしても、カーラが引くことはない。
突出した力を持つ者は周囲から距離を置かれる傾向があるが、カーラはサーカスに喜ぶ子供のように目をキラキラさせている。
考えてみれば僕の施設時代もそうだった。僕は戦闘訓練の後などに友人から引かれる事があったが、カーラだけは無邪気なままだった。……この子のような存在が近くに居てくれるのは、異端の存在にとってすごく幸せな事なのだろうと思う。
明日も夜に投稿予定。
次回、四六話〔共闘するモヤモヤ〕




