四四話 施設の守護者
施設は内都の外れという事で、建物の周囲は閑散とした土地だ。
人を待つには味気ない場所ではあるが、しかし長くは待たされなかった。
僕たちが守衛室から離れて五分も経たない内に、施設の守護者である彼ら――部隊が、僕たちの前に現れたのだ。
事前にカーラから聞き及んでいた通り、姿を見せた部隊員は五人だ。
この場面で戦力の逐次投入をするとも思えないので、これが施設の総戦力だと考えて間違いないはずだろう。……守衛の人間も軍属ではあるが、僕たちにとっては敵戦力に値しない相手なのだ。
それにしても……五人の部隊員の中に、意外な顔が混じっているではないか。
「お久しぶりです皆さん。……まさか総長まで居るとは思いませんでしたよ」
五人の中で最年長の男。
彼こそが『総長』と呼ばれる人物であり、超人集団である部隊を統率する存在――そして、僕を半死半生に追い込んだ張本人でもある。
「あの怪我で生きていたとはな……化物め」
実に十年振りの再会となるはずだが、総長の態度はつれないものだ。
総長の苦々しい口調の呟きからは、僕への好意的な感情が全く感じられない。
しかしこの発言で分かった事がある。
総長は神国でもトップクラスの情報権限を持つが、その総長が〔僕は十年前に死んだものと思っていた〕という事は、終末の槍は僕個人を狙って投下したものではなかったという事を意味する。
神国の裏切り者である僕が狙われたのではないか? という思いが脳裏から消えなかったが、総長の発言によってその推察が否定された事になるのだ。
矮小な自分が嫌になるが、僕の心が少し軽くなったのは否定できないところだ。……もっとも、武国の異性体持ちが狙われたという可能性は依然として高いが。
卑劣にも罪悪感を減らして安堵していると、総長はカーラに鋭い視線を向けた。
「カーラ。貴様は神王様に背くのか?」
当然のような顔で僕の横に立っているカーラ。
僕とカーラが施設時代に仲良しだった事は総長も知っているはずだが、部隊の人間としては受け入れ難いことなのだろう。
「カーラはお兄ちゃんの味方だよ〜っ」
もちろんカーラは即答する。
そしてカーラの返答を聞いた直後――部隊員たちは臨戦態勢に入った。
もはや問答は必要ないという判断らしいが、まだ僕には確認すべき事がある。
「僕は施設から友人を解放する為に……いえ、神国から終末炉を無くす為に、ここへ来ました。貴方たちにも協力してもらいたいと思っています」
総長は既知のはずだが、他の四人にも確認しなければならない。
終末炉や終末の槍が、知人たちの犠牲で成り立っている事を知っているかどうかを確認すべきだ。もしその事実を知らないのであれば、彼らに説得の余地が生まれる事になるだろう。
僕の言葉に応えたのは、総長だ。
「……サクから余計な事を聞いたか。連中は、必要な犠牲だ」
総長の重々しい声に、部隊員たちは無言の同意を示した。
彼らは、知っていた。
終末炉の糧となっているのは、部隊の彼らにとっても家族のように育った同胞たちだ。全てを知った上で黙認しているのであれば、もう遠慮はいらない。
僕はこの時になってようやく心を決めた――が、先手を打ったのは部隊だった。
――バン、バン!
部隊員の一人が抜き打ちで銃を撃つ。
警告もなく無言での銃撃。抜き手も速い上に、直前まで殺気も抑えられていた。
その標的は、ガウスだ。
「……ったく、いきなりかよ」
ガウスが握った手を開けると、その手から銃弾がパラパラと地面に落下した。
そう、ガウスに銃弾が通じるはずがない。
今回は銃弾を手で掴み取ったようだが、仮に直撃していたとしても問題は無かったはずだ。高い魔力を保有する者は身体能力が高いだけではなく、物理耐性も極めて高いのだ。
ガウスほどの高魔力保有者であれば、銃弾が直撃してもチクリとした痛みを感じる程度のものだろう。施設出身者も同様だが、高魔力保有者にダメージを与えるには攻撃に魔力を介在させるのが必要不可欠となる。
部隊の標準装備に剣があるのはその為だ。
武器に魔力を通せば、高魔力保有者が敵でも有効打を与えることが可能となる。
一応は銃弾に魔力を込めることも可能だが、魔力は人の手を離れると減衰が激しい。よほど至近距離からの銃撃でなければ無意味だろう。
「……貴様、何者だ?」
部隊員は警戒心を露わにしている。
これほどの警戒を見せているのは、ガウスが銃弾を掴んだからだろう。
部隊員にも銃弾は効かないはずだが、抜き撃ちで撃たれた弾を掴める人間となると数少ない。魔力量が多いだけではなく、図抜けた動体視力と反射神経がなければ不可能だ。
おそらく部隊員は露払いがてらガウスを始末しようとしたのだろうが、ガウスの超人的な反応で警戒レベルを跳ね上げたらしい。
ガウスは不敵な顔で飄々と言葉を返す。
「そういう質問は撃つ前に聞けよ。まぁ、俺がお前らの敵であることは間違いねぇと思うがな」
不意討ちで銃撃されているにも関わらず、ガウスは怒りの感情を見せていない。
むしろ歯応えのありそうな敵と闘えることが嬉しそうですらある。
真逆の反応を見せているのは、シュカだ。
ガウスが狙われた事にご立腹らしく、尻尾を立てて敵意を振り撒いている。
互いに一触即発の空気。
本格的な戦端が開かれる前に、僕は口早に最低限の情報を呟く。
「十三、四、一、七、ゼロ」
僕が発した数字の羅列。
部隊の五人は訝しげな様子だが、これはガウスに情報を伝える為のものだ。
部隊との戦闘で最も気を付けなくてはならないのは、影の能力だ。
影の能力は意表を突くようなものも多いので、事前に相手の能力を知っているかどうかは大きな鍵となる。
そして、僕は部隊と闘った経験があるので能力を把握している者が多い。
そこでガウスには事前に能力を〔数字〕で伝えてある。つまり僕が口にした数字は五人の能力を意味しているという訳だ。……総長の数字である『一』などは分かりやすいところだろう。
僕とカーラの情報を併せると数十人にも及ぶ数になっているが、ガウスは記憶力も優れている男なので問題は無い。
若い部隊員などはカーラも能力を知らなかった事から『ゼロ』としているが、今回は五人中四人も能力が分かっているので上出来だと言えるはずだ。
「――おう、分かった。アロン、総長は俺にやらせろよ」
やはりガウスは理解が早い。
そして最も強敵である総長との戦闘を希望しているという余裕ぶりだ。
「うん、分かった。じゃあ残りの四人は僕がやるね」
部隊は油断出来るような相手ではないが、彼らの能力はほぼ把握済みだ。
今の僕だけでは不安が残るのは事実だが、今回はフェリが協力してくれそうな気配があるので負ける気はしない。欲を言えば……まだ手の内を曝したくないので、フェリの固有能力は温存したまま終わらせるのが理想だ。
明日も夜に投稿予定。
次回、四五話〔発動する盾〕




