四三話 厄災の訪問者
「なんか刑務所みてぇだな……」
ガウスの感想は的確と言えるものだった。
堅牢な壁に周囲を囲まれたそこは、子供を育てるような場所には到底見えない。
遠目に見るだけでも、そこが閉鎖的で重苦しい場所であるのがよく分かる。
刑務所のような閉鎖的な建造物――ここが僕の生まれ育った場所、施設だ。
そう、僕たちは施設を視界に捉えていた。
施設は内都の中心地から離れた場所にあるので、周囲には僕たちしか居ない。
「しかしこの国に来てから壁ばっかじゃねぇか。神王ってヤツは何考えてんだ」
ガウスの言葉通りではある。
国境の壁。外都と内都を隔てる壁。そしてここに来て、また壁だ。
国が壁職人と癒着しているかのような脅威的な壁率の高さである。
「神王の人物像に関する情報はほとんど出回ってないんだよ。もしかしたらガウスの言う通り、『壁大好きっ! 壁と結婚したい!』って人かも知れないね」
「俺はそんな事言ってねぇだろ!」
神国で神王を愚弄すると粛清対象になるのだが、さすがにガウスは肝が太い。
もっとも……最終的には神王を打倒するつもりなのだから、神王を壁フェチ呼ばわりするくらいの気概は必要なのかも知れない。
「そういえば、カーラは神王に会った事は無いのかな?」
カーラは元部隊の人間だ。
会社の入社式で社長に会うかの如く、入隊時に神王と会っているかも知れない。
果たしてカーラの答えは、肯定だった。
「あるよ〜。……う〜ん、おじさんだった」
うむ、参考にならない答えだった。
しかし、カーラが神王に忠誠心や親しみを持ち合わせていないのは確かだ。
カーラは施設の真実を知らなかったにも関わらず、神王を殺害するという計画に二つ返事で賛同してくれているのだ。
「カーラはリスティと同じ歳なんだよな? ……とてもそうは見えねぇが」
おっと、ガウスが失礼な質問を飛ばしているではないか。
リスティと比べると幼い面があるのは否定できないが、カーラは扱いを間違えると〔割れ物注意〕の危険があるので気を付けてほしいものだ。
「うん、そうだよガウスちゃん」
「その呼び方は止めろって言ってんだろ。アロンといいカーラといい、なんで人の話を聞かないヤツばっかなんだよ……」
隙あらば僕をディスってしまうガウス。
ひょっとするとガウスは常に僕の事を考えているのかも知れない。
……そう考えると、なんだか照れ臭いなぁ。
「えへへ〜っ、お兄ちゃんと一緒だ」
カーラはお揃い扱いを受けて喜んでいる。
この子は人の話を聞かないと言うよりは、何を聞いてもポジティブに解釈していると言うべきだろう。いやはや……実に羨ましい性格だ。
「二人とも、そろそろ行こうか。今回ばかりは壁があろうと無かろうと関係ないから楽だよ。――そう、正面突破だ!」
「それは『楽』って言っていいのか……? まぁ、分かりやすい事は確かだがな」
とりあえず文句をつけずにはいられないガウス。
しかし、その気乗りしていない口調とは裏腹に、戦闘の予感に期待しているような獰猛な笑みを浮かべている。
そしてそう――今回ばかりは、小細工を弄するつもりはない。
あの施設は密かに潜入するには困難な場所であるし、友人を救出した後に施設からの追手に追われ続けるのも面倒だ。
それに僕たちは神王を打倒すると決めている。
どのみち部隊との戦闘が避けられないのであれば、ここで部隊の人数を――神王側の戦力を、削っておくべきだ。
「もしかしたらフェリの力を借りるかも知れないけど……頼めるかな?」
マフラー姿が板に付いてきている相棒に声を掛けると、フェリは承諾を示すように軽く首を締め付けた。思わず『ぐぇっ』と声が出そうになったが、フェリには意思を表明する手段が少ないので文句は言えない。
ちなみにカーラの情報によると、施設には部隊員が五人常駐しているらしい。
十年前と比べて常駐者が増えているのは僕が脱走したせいなのかも知れないが、それでも大した問題ではない。
僕とフェリのコンビに加えて、こちらにはガウスやカーラという心強い味方も存在する。僕たちなら一国を敵に回しても負ける気はしない。
――――。
「どうもこんにちは守衛さん。部隊の方を呼んでもらえますか?」
僕は正面から堂々と施設を訪問していた。
部隊の人間との戦闘は避けられないはずだが、それでも最初から知人と語り合うことを諦めたくはない。徒労に終わるとしても、説得を試みない訳にはいかない。
「なんだお前は……ん? あなたは、カーラさん?」
険しい顔の守衛は、部隊の軍服――カーラを目に留めて態度を変えた。
カーラはこの施設の出身であり、部隊への入隊を果たした優秀な子でもある。
施設の守衛がカーラの事を知っていたとしてもおかしくはない。……僕も施設の出身だが、僕は五歳の時に離れているので一見で分かる人間は少ないはずだ。
「そうだよ〜。お兄ちゃんの言う通りにしてね〜っ」
相変わらずカーラには緊張感がない。
カーラは立場的には軍属の守衛よりも上位に位置しているはずだが、汚れを知らない小さな子供のような屈託の無さだ。
そして守衛の男は、カーラの言葉を聞いて不審そうな様子でまじまじと僕の顔を見る。……どうやらカーラが『お兄ちゃん』と呼んだことが気になったらしい。
「お兄ちゃん…………お、お前、まさか『厄災のアロ』かっ!」
……嘆かわしい事だが、昔の僕を『厄災』などと呼ぶ人間がいたのは事実だ。
当時の僕は『白菜の親戚かな?』くらいに受け止めていたが……後年になって〔蔑称〕だった事に気付き、その忌まわしき呼び名は記憶の底に封印したのだ。
しかし十年の時を経て――悪辣な守衛が封印を解き放ってしまった……!
「アロンは神国でも似たような扱いだったんだな……」
くっっ、ガウスにも知られたくない忌み名を知られてしまった。
きっとこれから『や〜くさいくさい。おっと、臭いと思ったら厄災のアロンがいるじゃねぇか!』と馬鹿にされてしまうのだ!
許さない……許さないぞ、ガウス=アーメット!
……おっと、いかんいかん。
仲間割れはいけない。危うく巧妙な離間工作に惑わされるところだった。
さりげない言葉で仲違いを誘うあたり、この守衛は中々油断ならない策謀家だ。
しかもこの男の企みはまだ続いていた。
男が『厄災のアロかっ!』と叫び声を上げた事により、守衛室の守衛仲間がぞろぞろと集まってきたのだ。
『や、厄災は死んだんじゃなかったのかよ!?』
『部隊の人間を二人殺したっていう子供か?』
守衛仲間たちも次々に精神攻撃を仕掛ける。
僕と面識がない人間であっても悪い噂を耳にしていたのか、顔を引き攣らせながら僕に恐怖の視線を向けてきている有様だ。
ちなみに――僕が部隊の人間を殺した、という話は正確な情報ではない。
僕と部隊員との戦闘中、部隊のリーダーが味方もろとも僕を殺そうとしたのだ。
仲間を犠牲にするという想定外の攻撃を受けて、結果的に僕は撤退を余儀なくされている。……僕が瀕死になってリスティを悲しませた要因でもある。
僕とリスティが神国を出たのはその後の事だ。
「――それでは、僕たちは施設の外で待たせてもらいますね」
このまま守衛室で口撃を受け続けるわけにはいかない。心の痛みは身体の痛みよりも性質が悪く、完治するまで長い時間を要することになるのだ。
それに――理想は別として、実際には部隊とは戦闘になる可能性が高い。
仲間の犠牲に頓着しない部隊なら、守衛室ごと攻撃を仕掛けてくる可能性も充分にある。無駄な犠牲者を出すのは望ましくないので屋外で待ち構えるのが得策だ。
明日も夜に投稿予定。
次回、四四話〔施設の守護者〕




