四一話 施設の裏事情
僕たち三人は街を発った。
せっかく友人になった兄妹たちと別れる事になるのは残念だが、これでもう二度と会えない訳でもない。いつかまた、彼らの家を訪ねたいと思っている。
今後の兄妹たちの生活については、現状より多少は改善される可能性が高い。
その根拠は他でもない、悪名高い領主にカーラから釘を刺してもらったからだ。
宿舎で発生した派手な連続殺人事件。
これは到底隠し通せるようなものではなく、当然の如く領主にもカーラの凶行を知られていた。結果的には、これがプラスに働いた形だ。
領主はカーラに酷く怯えており、こちらが拍子抜けするほどに従順だったのだ。
ここぞとばかりに死亡したデモ隊遺族への見舞金を請求してみても、あっさりと受け入れられてしまったほどだ。
冷静に考えれば……部隊関係者がデモ隊を殺傷しているのに、部隊員に脅された領主が高額の見舞金を出すという形である。中々に理不尽な話ではあるが、しかし領主が部隊衆をけしかけた面はあるので同情する必要は無いだろう。
しばらくすれば古参部隊員の死体も発見されるはずだが、領主の怯えきった様子からすると大きく騒ぎ立てることはないと見ている。
あまりに酷い悪徳領主であれば面会の場で成敗していたところだったが、神国基準ではマシな方だったので厳重注意で終わりだ。
度し難いことではあるが……この神国で無計画に領主をやっつけると、代わりにもっと酷い領主が就いてしまう可能性があるのだ。
神国の抜本的な改革については、神王が倒れた後にでも神国民の手で改善してもらいたいところだ。微力ながら僕も協力を惜しまないつもりである。
――――。
「お兄ちゃんあそこに居たの!?」
三人でお喋りしながら歩いていると、武国に投下された槍の話題になった。
終末の槍を使った事については神国でも大々的に宣伝していたらしく、部隊員であるカーラの耳にも入っていたようだ。
「うん、僕とガウスはあの場所に居たんだ。僕たちは大丈夫だったけど…………友達が、消えちゃったよ」
「そうなんだ……」
思い出して話している内に、どうしようもなく悲しくなってしまった。
僕のせいでカーラにまで悲しそうな顔をさせてしまうとは失態だ。
……しかし、悲しんでいる場合ではない。まだ僕の本題はこれからだ。
「ねぇカーラ……今回の槍で使われた人が誰なのか、聞いてるかな?」
「使われた人?」
不思議そうに返すカーラの言葉を聞いて、僕は意外な感に打たれた。
この子は、終末の槍について何も知らない。
部隊の入隊時に説明があったものと思っていたが、何も教えてなかったようだ。
この子に話すには重すぎる内容だが……しかし、いずれはカーラも知る事だ。
ここで僕の口から語っておくべきだろう。
「という事は、終末炉の事も詳しく聞いてないのかな?」
僕の質問に、カーラは「うん」と素直に頷く。
これは想定通りの反応だ。終末の槍と終末炉は似通った存在なので、一方だけの説明を受けているとは考え難かったのだ。
――終末炉。
一般的には発電設備として知られているものだ。
火力発電や水力発電などと比べて、低コストで大電力の供給を可能とする。
終末の槍と同じく、その技術は一部の大国が独占している。僕の住んでいた武国には、終末の槍もなければ終末炉も存在しない。
画期的な発電方式と言われているが……その内実は、醜悪でおぞましいものだ。
「終末の槍と終末炉。この二つは……人間が燃料にされてるんだ」
「えっ……」
神国の施設は、高魔力を保有する人間に戦闘訓練を施して育てている場所だ。
その中でも能力が高く神王への忠誠心が認められた者は、部隊の一員として選抜される。カーラのような例外も存在するが、基本的には実力主義だ。
しかし本来は、施設とは部隊員を育てる為に作られた場所ではない。
施設は――高魔力保有者を燃料として利用する為に育てている場所だ。
施設の子供たちは知らないが、施設出身者の多くは終末炉に送られている。
子供に高度な教育を施しているので勿体無いように感じるが、教育者も部隊員などの施設出身者だ。内部の人間でやり繰りしている上に、教育者は反乱の監視も兼ねているので無駄が少ないという訳なのだろう。
「カーラは『サクさん』って覚えてるかな?」
「うん……よく施設に来てた」
サクさんは部隊に所属していた優秀な人だったが、施設の子供たちに戦闘訓練を施すという名目で施設を訪れていた――そう、それは名目だった。
サクさんは施設出身者の悲惨な末路を知り、密かに神国への反乱を目論んでいた。彼は見込みのある子供に施設の真実を伝え、水面下で将来の反乱計画へと引き込んでいたのだ。
洗脳教育が不十分な子供たちを味方に付けていく、という目論見は悪いものではなかった。実際、僕とリスティは彼に協力する事を約束していたのだ。
そのまま何事も無ければ……僕たち兄妹は神国で影を手に入れた後、サクさんの反乱計画に参加していたかも知れない。
たが結局、それは失敗に終わった。
サクさんは慎重に仲間を増やしていったが、仲間の一人が部隊に密告したことで計画は脆くも崩れ去ったのだ。
神国は裏切り者を許さない。
サクさんは僕の目の前で処断された。
そして彼に同調した仲間たちは、次々に捕らえられていった。
僕は混乱の隙を突いて逃げ出した。
リスティだけを連れて、仲間を見捨てて、浅ましくも逃げたのだ。
……それは拭い切れない後悔となって、僕を夢の中でも責め立てた。
仲間たちがどうなったのかは分からない。
すぐに処刑されたのか終末炉に送られたのか……もしかしたら、先の終末の槍に使われたのかも知れない。
潰された反乱計画について語り終えると、カーラは呆然としていた。
「そうだったんだ…………全然、知らなかった」
サクさんがカーラに声を掛けなかったのは、カーラのような純粋な子を血生臭い計画に巻き込みたくなかったからなのだろう。
僕とて、当時の無垢なカーラを反乱に巻き込みたくないと思っていた。……今ではすっかり血生臭いことをする子になってしまったが。
だが結果的には、反乱計画の賛同者は全て捕縛対象になっている。
カーラが反乱に関わっていなかったのは不幸中の幸いだと言わざるを得ない。
「黙っててごめん……。カーラを巻き込みたくなかったのもあるけど、サクさんの計画を勝手に話すわけにはいかなかったんだ」
情報が漏れたら全てがご破算になってしまうので、サクさんからは親しい人間であっても話してはいけないと厳命されていた。
人の口が増えれば情報が漏れる危険性は増える。
反乱計画が露見すれば賛同者全員の命に関わる事から、サクさんが慎重になるのも当然だ。仲間の裏切りで計画が瓦解したという結果を鑑みれば、仲間の人数も必要最低限にすべきだったのだろうが……今更悔やんでも詮無いことだ。
「ともかく、それももうすぐ全部終わりだよ。まずは施設の友達を解放して、それから終末炉に行こう」
もう目的地である施設は間近だ。
僕とガウスにカーラまで加われば、施設を守っている部隊など敵ではない。
そして施設の次は終末炉だ。
僕の知人が存命しているかどうかは不明だが、それでもあそこを潰しに行かない訳にはいかない。……あんなモノは、この世界に存在してはいけない。
友人たちを救出したら、残すは神王のみだ。
あの全ての元凶を処断してしまえば、神国が行っている非人道的な所業も終わりを迎える事だろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、四二話〔大きな前進〕




