三九話 死の会議
カーラが宿泊していた宿舎。
宿舎の一階には大人数を収容出来るだけのホールが設けられており、部隊衆たちは早朝からホールに集合していた。
これはカーラが部隊衆を呼び寄せたわけではなく、元から予定されていたスケジュール通りの行動だ。……外都の魔獣を狩る為に派遣された部隊ではあるが、実際に目当ての魔獣を狩るとなると一朝一夕で済む話ではないのだ。
僕とガウスが問題のボスヤギを狩れたのは、偶然の結果に過ぎない。
外都は広大なので、本来ならボスヤギを発見するだけでも一苦労となる。
必然的に期間を要する遠征になる事から、部隊は街に到着してから休暇も兼ねて物資補給を行い――今日の早朝に街を発つというスケジュールを組んでいたのだ。
ホールに居るのは部隊衆の七人だけではない。
部隊衆の上司であるカーラに加えて、その傍らには僕とガウスも控えている。
『誰だアイツら?』
『隊長がいねぇぞ』
もちろん部隊衆からは不審の声が上がっている。
彼らの長である古参部隊員が不在な上に、見知らぬ人間が部隊の集まりに同席している訳だ。部隊衆が訝しむのも当然だろう。
そんな場の空気であっても、僕の仲間たちは全く動じていない。
ガウスは部隊衆の視線を受けても涼しい顔をしており、このまま上司顔で『では朝礼を始めるぞ』と言い出しても自然なほどに堂々としている。
フェリはお馴染みのマフラー状態で大人しくしているが、こちらも部隊衆に注意を払っている気配はない。
むしろ部隊衆よりカーラの方を警戒している感があるのは、昨晩カーラへ紹介した際に『おもしろーい!』と触られそうになったからだろう。
怖い物知らずなカーラがフェリの存在に驚くはずがないと思っていたが、予想以上に気に入ってくれたようで嬉しい限りだ。
そして、この場の最上位者であるカーラ。
僕に良いところを見せたいらしく、カーラは元気いっぱいで張り切っている。
「それじゃあ、皆は魔獣をやっつけに行ってね〜!」
カーラが下した命令はシンプルなものだ。
部隊衆を問答無用で皆殺しにするのはいけない、という前提を踏まえての案だ。
このまま僕と一緒にカーラが旅に出てしまうと無法集団が街に残される事になるので、それを避ける為に部隊衆だけで魔獣討伐に向かわせるという訳だ。
倒すべきボスヤギはもう存在していないが、外都には人々に害を為す魔獣はいくらでも生息している。そこで、部隊衆を街から遠ざけつつ――ついでに外都の魔獣をひたすら狩ってもらおうという作戦である。
「お嬢、待ってくれよ。隊長はどうしたんだ? それにそいつらは誰なんだ?」
当然の如く、部隊衆から疑問の声が上がった。
元々彼らは古参部隊員に率いられていた連中であり、街の人々では手に負えないような荒くれ者たちだ。実際、カーラの事を小娘と侮っているのか、部隊衆はカーラを小馬鹿にするようにヘラヘラと笑っている。
一応はカーラも部隊員とはいえ、少女の命令に盲目的に従う気はないという事のようだ。子供の遊びに付き合っていられない、と聞こえてくるような態度である。
「む~っ……!」
カーラは頬を膨らませてご機嫌斜めだ。
部下を扱う恰好良いところを見せるはずが、自分の部下が素直に従おうとしていないのだ。カーラがご立腹なのも無理はない。
しかし部隊衆からすると死活問題でもあるので、素直に従わないのも当然だ。
外都の魔獣は群れを成しているものが多く、外都を移動する商隊などは数十人規模で移動するのが基本となっているらしいのだ。……僕が神国で最初に出会ったお爺さんに疑われたのもその為だ。
そして部隊衆は七名。
それほど高い戦闘能力を有している集団ではないので、彼らだけで外都に向かうのは相当に危険な行為と言えるのだ。
部隊衆が何かと理由を付けて動こうとしないのも分からなくはない。
カーラだけに任せるのは荷が重そうなので僕が口を挟むかな……と思ったところで、唸り声を上げていたカーラに動きがあった。
軍人らしさが感じられない軍服の少女。
その両手にはいつの間にか――乳白色の石が存在している!?
な、なぜ、この局面で治癒石を出す必要があるのだろう……?
だが僕の許可なしに『コンコン』しないと固く約束しているので、素直なカーラが約束を破るとは考えにくい。考えたくない。
僕が胸をドキドキさせながら動向を見守っていると、カーラは治癒石を片手で持って――勢いよく投げつけた!
風を切る剛速球。
施設出身であるカーラの身体能力は極めて高く、その小さな手から放たれた石は常軌を逸した速度を実現していた。
治癒石に狙われたのは、疑問の声を上げた部隊衆の男――
――グシャッ!
男の頭部は爆散した。
その破壊力を物語るように、男の残骸が赤い花火のように部隊衆を襲った。
「っうわぁっ!?」
「ひ、ひぃぃ……!」
口々に上がる男たちの悲鳴。
不遜な顔をしていた部隊衆は、もういない。
今やホール内は、阿鼻叫喚の渦に叩き込まれていた。
「――うるさーいっ!」
カーラの舌足らずな声が響いた直後、男たちは一斉に口を閉ざした。
声を上げた者が次の犠牲者になるかのような緊張感。隊長不在に疑問の声を上げる者もいなければ、全く紹介のない僕とガウスについて言及する者もいない。
ホールには暴君が降臨してしまった。
暴君カーラによる暴力による支配。
目の前の光景は恐怖支配――そう、僕は恐怖政治を目の当たりにしていた……!
この凄絶な光景にはガウス君もドン引きである。
ガウスはとても何かを言いたそうな目で僕を見ているが、珍しくもそれを言葉に出していない。律儀な男なのでカーラの部下という設定を遵守しているのだろう。
しかし僕に文句を言われても困る。
確かにカーラは『コンコン』しないという約束を守ってはいるが、まさか治癒石を飛び道具にするとは誰が予想出来るのか?
しかも結果的に被害が悪化しているのが恐ろしい……そう、悪化しているのだ。
絶大な硬度を誇るカーラの治癒石。
そんな凶器が並外れた力で投擲されれば、どのような結果を生み出すのか?
そう、目標の男の頭部を貫通して――――後ろに立っていた男も犠牲になってしまったのだ……!
後ろに立っていた不運な男は、カーラに口答えをした訳でもないのに〔立っていた場所が悪かった〕という理由で即死してしまった。……彼の最大の不運は上司に恵まれなかったという事だろう。
しかしカーラの蛮行に思うところはあるが、ここで口を挟む訳にはいかない。
僕はカーラを信頼して任せると決めたのだから、何が起きても最後まで手出しせずに見守るのが筋というものだろう。
ガウスが『放って置いていいのかよ?』という視線を寄越してくるが、僕は一度決めたことは曲げないのだ。
残念ながら多少の犠牲はやむを得ない――そう、痛みなくして成長なし……!
明日の投稿で第二部は終了となります。
次回、四十話〔追い出しと旅立ち〕




