三八話 伏せられた性質
僕とカーラは宿舎を後にした。
もちろん正面玄関から一緒に出ていくような真似はしていない。
一階には守衛室があるので、見知らぬ人間が中から出てきたら守衛に怪しまれてしまうのだ。……後に殺人事件の容疑者にされる可能性が大である。
宿舎への侵入はともかく、離脱するだけならフェリの力を借りるまでもない。
国境の壁を越えた時のように、廊下の窓から飛び降りるだけで事足りる話だ。
「――とおっ!」
「わぁぁぁい!」
カーラの部屋の窓から飛び降りると、なぜかカーラも一緒に飛んできた。
この子は堂々と正面から出ても問題無いので『外で合流しようね』と約束したのだが、どうやら僕の真似をしたくなってしまったらしい。
ドンと着地した直後、僕は素早く横に転がる。
一秒も経たない内に、僕が居たはずの場所にカーラがドスンと着地した。
「危ないじゃないかカーラ。君は正面から出ていくって話だっただろ?」
「だって一緒に居たかったんだもん!」
叱責を受けても堂々と開き直るカーラ。
己の正当性を曇りなき眼で真っすぐに訴えているので、まるで僕の方に非があったような錯覚を受けてしまうほどだ。
外で合流する約束をしたのだが、わずか数秒で忘れてしまったのだろうか?
若年性健忘症という単語が頭をよぎる……いや、おそらくは数秒で気が変わっただけだろう。刹那的に生きているカーラなら充分にあり得る話だ。
それに僕には、カーラと長い間離れ離れになっていたという弱みがある。
一緒に居たかったと言われてしまえば、僕も強くは言えない。
「仕方ない子だなぁ……。今度はちゃんと約束守らなきゃ駄目だよ?」
「うんっ!」
返事だけは素直なカーラ。
将来に若干の不安は残るものの、今回はこれで良しとすべきだろう。
今回の潜入では多少の犠牲が生まれてしまったが、予定通りカーラが仲間に加わった訳なので作戦自体は成功に終わったと言えるはずだ。
些事を気に病むことなく、胸を張ってガウスと合流するのみだ。
「――カーラだよ、よろしくねっ!」
「おう、ガウス=アーメットだ。よろしくな」
僕は妹分と親友を引き合わせていた。
なんだかんだでそれなりの時間を待たせてしまった形だが、文句の多いガウスらしくもなく不満の声は無い。僕とカーラは十年振りの再会という事になるので、ガウスは気を遣ってくれているのかも知れない。
「うんうん、二人が仲良くなれそうだから嬉しいよ」
カーラは対人関係に問題があるのではないかと懸念していたが、元気よく笑顔で挨拶している姿を見る限りでは杞憂だったようだ。
人懐っこい子ではあるので敵対的な態度を取らなければ問題無いのだろう。
「それにしても……アロンの昔馴染みだから危ない奴だと思ってたが、意外にまともそうな奴だから安心したぜ」
「な、何を言ってるんだねガウス君。カーラはとっても素直で優しい子なんだよ」
不意に思い出してしまった撲殺死体を記憶から振り払いつつ、ガウスの言葉を真っ向から否定した。鋭いガウスだけあって推測が的中しているのが恐ろしい。
しかしカーラが素直な子なのは事実なので、僕の言葉に嘘は含まれていない。
僕に褒められて嬉しいのか、カーラは「えへへ」と可愛らしい笑みを浮かべているが、この無害な笑顔からは危険性など微塵も感じられないはずだろう。
ちなみに――待ち合わせ場所の酒場に入店した途端、僕とカーラを見た人がそそくさと退店しているが、これはカーラから血の臭いを嗅ぎ取ったからではない。
人々が恐れているのはカーラの着ている軍服だ。
畏敬の対象である部隊の軍服を着ていていれば、警戒されるのも当然だろう。
目立つので私服に着替えてもらおうかとも思ったのだが、生憎とカーラは軍服以外の服を持っておらず、本人もパリッとした軍服を気に入っているようなのでそのままにしているのだ。
「これからもう一人の部隊員に声を掛けるんだろ? そいつとはおそらく戦闘になるって話だが……」
「ふふ~ん、おじさんはもうカーラがやっつけちゃったよ!」
ガウスの質問に、カーラが戦果を誇るように得意げな声を出した。
どうやらカーラはガウスに対抗意識を持っているらしく、先んじて自分が古参部隊員を片付けたことが嬉しいようだ。
「お、おぉ、見かけによらずやるもんだな」
ガウスは素直に驚いている。
これはカーラの見た目が戦闘向きではない事に加えて、事前に古参部隊員の力量について説明しておいたからだろう。
なにしろあの古参部隊員は、かつて僕を追い詰めた人間の一人だ。
影の特性なども知っていたので、それらの情報は事前にガウスに伝えてある。
僕やガウスなら負けることはないが、それでも一般の影持ちでは束になっても敵わないような相手だ。年齢以上に幼く見えるカーラが無傷で倒したとなれば、ガウスが驚くのも当然だろう。
「ふふふ~ん、カーラは強いんだもん!」
ライバルからの称賛の声に、カーラはすっかり調子に乗っている。
……殺人事件の概要については、名誉の為に口を噤ませてもらうとしよう。
実際のところ説得困難な相手ではあったので、古参部隊員を不意討ちで片付けたのは完全に間違っているとも言い難いのだ。
「そうなると、あとは部隊衆をどうするかだな」
ガウスの呟きに僕は頷く。
部隊と同行している十人の部隊衆。
僕とガウスが三人成敗しているが、残り七人の処遇をどうするかが問題だ。
このまま部隊衆を放置してカーラと一緒に発ってしまうと、無秩序な無法者を街に残してしまうという事になる。
一宿一飯の恩がある兄妹たちが狙われているような気配はないが、部隊衆については何らかの対策を打っておくべきだろう。
「部隊衆って、お手伝いの人たち?」
カーラの不思議そうな声だ。
僕とガウスが部隊衆を三人成敗したという話は伝えてあるが――『お兄ちゃんは正義の味方だね!』と無邪気に喜んでいたくらいなので、部隊衆が自分の部下という感覚は希薄のようだ。
実際、カーラの部下というよりは古参部隊員が使っていた連中なのだろう。
「そうそう、お手伝いの人たち。悪い人が多いみたいなんだけど、全員を殺しちゃうのもやり過ぎかなってね」
「なぁんだ、任せてよお兄ちゃん!」
ニコニコと胸を張るカーラ。
なにやら策があるようだが、しかし僕の胸中には不安しかなかった。
――そう、古参部隊員の説得時にも同じ事を言っていたのだ……!
しかし意気軒昂なカーラに水を差してしまうのも気が引ける。
「そ、そうなんだ、それは頼もしいなぁ。とりあえず、色々話したいこともあるから場所を移動しないかな?」
兄妹たちは安全な知人の家に匿ってもらっている状態だが、この件が片付くまで彼らの家を自由に使っても構わないと言われている。
この酒場でフェリが食事をするわけにもいかないし、カーラにフェリを紹介したいとも思っているので、まずは落ち着ける家に移動したいところだ。
もちろん素直なカーラは「行くーっ!」と笑顔で言ってくれた。
無邪気な様子にガウスは苦笑しているが……カーラのデンジャラスな性質を親友に知られることなく、穏便に解決したいものである。
あと二話で第二部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、三九話〔死の会議〕




