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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第二部 吹き荒れる暴威

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三七話 禁じられた説得術

「――おじさーん、おじさーん!!」


 カーラは部屋の扉をドンドン叩きつつ、響き渡るような大声で呼び掛けている。


 カーラから『お兄ちゃんはそこで見てて!』と言われたので、僕はカーラの部屋の覗き窓から様子を窺っている次第だ。

 真向いの部屋なので、カーラの説得を観察するには絶好の場所と言えるだろう。


 それにしても……一応は上司の部屋を訪ねているはずなのだが、あの子はちょっと自由過ぎやしないだろうか?


 古参部隊員はカーラの教育係らしいのだが、その苦労が(しの)ばれるところだ。

 友人としてはともかく、ビジネスパートナーとしては胃が痛くなりそうである。


 カーラの呼び出しから十秒も経たない内に、扉が乱暴に開いた。


「大声を出すな、耳障りだ」


 顔を不快そうに歪めた軍服の男。

 事前に街の噂で聞いてはいたが、やはり僕の知っている顔だった。自室でも軍服を着ているという生真面目さからも、この男が堅物なのは明らかだ。


 扉を開けるなりの突き放すような発言内容もそうだが、どう贔屓目に見ても自由人のカーラとは相性が悪そうである。

 実際、カーラの後ろ姿から冷たくされて不機嫌そうな様子が感じ取れるのだ。


「何の用だ? 手短に済ませろ」

「うーっ……」


 男の態度には取り付く島もない。

 カーラはご機嫌斜めで唸っており、早くも説得が暗礁に乗り上げている気配だ。


 やはりあの子に説得は無理だったか……と僕が計画の変更を検討していると、おもむろにカーラは男の背後に指を差した。

 男が不審そうに背後を振り返った瞬間――事態は大きく動く。


 男が目を離した一瞬の隙に、カーラの両手には大きな物体が抱えられていた。

 背後からでも分かるほどの大きな物体。

 それを目にした瞬間、僕は思わず『あっ』と声を漏らしそうになった。


 見覚えのある乳白色。

 カーラの身体で隠れて見えにくいが、乳白色の角張った石が見える。


 間違いなくあれは、()()()

 しかも乳白色という事は、治癒石だ。亡くなったメガネ君と同じだが――しかし、カーラの持つそれは到底同じ物とは思えない。


 メガネ君の治癒石は爪のサイズほどの石だったが、カーラの治癒石は人間の頭部ほどはある。……カーラも常人と比べて桁外れの魔力量を持っているので、魔術石も魔力量に比例した巨大なものが生み出されているのだろう。


 この治癒石を見れば、カーラが部隊に入隊している事にも納得がいく。

 カーラは神王への忠誠心が低いので不思議に思っていたが、これほど有用性が高い影を持っているなら手元に抱えておきたいと考えるのも当然だ。

 実戦で役立つだけではなく、権力者が怪我をした時などでも重宝されるのだ。


 だが――()()()()()()()()()()()()()()()


 説得する場で治癒石を出すのは不自然だ。

 もしかして……治癒魔術は、精神にも作用する働きがあるのだろうか?

 頑な人間であってもカーラの治癒魔術を受ければ――『ミンナ、トモダチ!』


 そ、それはなんだか恐ろしいな……。

 それは説得ではなく洗脳ではないか……?


 僕の思考は刹那の間だった。


 カーラは治癒石を召喚した直後には、その場で跳躍していた。

 そして、後ろを向いている男の頭部を目掛けて――治癒石を振り下ろした!


 ――ゴスッ!!

 鈍い音が、ここまで聞こえた。

 男は頭部を鈍器で殴られたことで、糸が切れたように崩れ落ちる。


 しかし惨劇はまだ続いていた。


 ――ゴスッ、ゴスッ!!

 致命傷の一撃を浴びせても終わらない。

 倒れた男の後頭部に、執拗に何度も治癒石が振り落とされている。


 ――――凄惨。

 僕は目の前の殺人事件に戦慄していた。

 事前に『そこで見てて!』と言われて殺人事件の目撃者になるとは誰が思うのか。……どうせならアリバイ作りに協力するくらいにしてほしかった。


 しかしこれは酷い。本当に酷い。

 説得が困難であれば戦闘に移行するのも仕方ないと思っていたが、まともに説得もしない内から撲殺しているではないか。


 そう、男が既に死んでいるのは明白だ。

 男の頭部からは見えてはいけないものが見えている――『オー! ノウ!』

 しかし、明らかに知性を司る器官が『コンニチハ!』しているのに、なぜカーラは攻撃の手を止めないのだろう?


 ……いや、考えている場合ではない。

 お兄ちゃんとして……いや、人間としてこれ以上の凶行は止めるべきだ。


 僕は扉を開けて廊下に飛び出す。


「待つんだカーラ! 君は治癒石の使い方を間違えてるよ!」


 治癒石とは怪我を治す為の道具であって、撲殺に使用する鈍器などではない。

 施設出身者を撲殺可能な鈍器は中々存在しないが、魔術石にそれだけの硬度があるという事実は永久に知らないままでいたかった。


 僕の制止の声に、カーラは無邪気な笑みを浮かべながら振り向く。


「えぇ~っ、この(とが)ったところを当てると血がいっぱい出るんだもん」


 違うっ……!

 平面部分より尖った頂点を当てた方がもっと殺傷力が強いとか、僕はそんな物騒な話はしていない……!


 しかもこのカーラさん、話の内容からすると明らかに前科があるのが恐ろしい。

 なぜ純粋無垢だったカーラがサイコキラーに成長してしまったのか……これも施設の歪んだ教育の成果なのか?


 ……いや、嘆いている場合ではない。

 カーラを含む施設の友人たちは、将来的には武国に連れて行くつもりなのだ。

 このまま何も手を打たねば、武国で盛大な血の雨が降ることになりかねない。


 しかし、ここで事を急いてはいけない。

 たとえ間違ってはいても、カーラがこれまでの人生の積み重ねで学んだことだ。


 人格の土台を急に全否定してしまえば精神の均衡を失う懸念がある。

 高速で走る馬車の方向転換もそうだが、馬車のスピードを落とさなければ曲がり切れずに横転する事もあるのだ。


 ここは少しずつ軌道修正を図るべきだろう。


「それにしてもカーラは凄いね。あっさりやっつけちゃうんだもんなぁ……」

「えへへ〜っ」


 まずは褒める事が肝要だ。

 カーラは良かれと思ってやった事なのだから、頭ごなしにそれを否定する訳にはいかない。この子には世間一般の倫理に背いている自覚が無いので尚更だ。


 その証拠に、頭を撫でられることを期待しているように銀髪をこちらに向けているのだ。返り血の付着した姿に引きながらも「よしよし」と撫でてあげると、カーラは頬を上気させて大変に満足そうである。


 僕はご機嫌を取りながら(たしな)めに入る。


「でもカーラ、味方になるかどうか確認してから闘うって話だったんだけど……うっかり忘れちゃったのかな?」

「だって〜。あのおじさん、意地悪だから嫌いだったんだも〜ん」


 うむ、反省ゼロ……!

 人を撲殺しておきながらこの態度よ。

 この開き直った態度から判断すると、ついカッとなったという衝動的な犯行ではなく計画的な犯行だったらしい。


 裁判で罪が重くなってしまう要素ではあるが、不幸中の幸いは凶器が消失しているので物的証拠が存在しない事だろう。そう、カーラは撲殺の為だけに治癒石を召喚したのだ。


 しかし……古参部隊員とは交戦の可能性が高かったとはいえ、凶行を犯して開き直っているのを看過する訳にはいかない。


「『嫌いだったんだも〜ん』じゃありません! もうコンコンしたら駄目だよ!」


 僕は心を鬼にして厳しく言い聞かせる。

 あれは『コンコン』などという生易しいものでは無かったが、僕はトラウマになりつつある記憶を無意識に美化していた。


 再会したばかりの幼馴染に厳しい事を言いたくもないが、このまま放置して置くのは危険過ぎる。なにしろこの後には、カーラを親友に紹介するつもりでいる。


 そう、些細な事でガウスが頭をカチ割られてしまうかも知れないのだ……!


 力量的にはガウスの方が上だと見ているが、カーラの無邪気な笑顔は他人に警戒心を感じさせない。油断して背中を見せたら『コンニチハ!』となってしまう可能性は否定できないのだ。


「え〜っ、コンコン駄目なの〜〜? もう、お兄ちゃんはワガママだなぁ…………うん、でも分かった!」


 なぜ僕が我儘なのかはサッパリ分からないが、カーラが分かってくれたのなら何も言うまい。この調子で少しずつカーラを真人間にしていけば、将来的には己の過ちに気付く日も来るだろう。


「うんうん。それじゃあ、またシャワー浴びて血を落としてきなよ」

「は〜い」


 治癒石の尖った部分を当てると大量出血するとの話だったが、現状でも目を背けたくなるほどに血塗れだ。

 ガウスに紹介する前に凶悪事件の痕跡を消しておかないと、初対面のカーラが色眼鏡で見られかねないのである。


 とりあえず……この死体については、鍵を掛けた部屋に置いておけば少しは時間が稼げるだろう。宿舎の人間が異常を感じたとしても、気難しそうな部隊員の部屋に踏み込むのは勇気を要するはずだ。

 死体が発見される頃には僕たちはこの街にいないので何も問題は無い。


あと三話で第二部は終了となります。

明日も夜に投稿予定。

次回、三八話〔伏せられた性質〕

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