三四話 幼馴染の息吹
朝の光で目が覚めると、僕の上には黒い靄が浮いていた。
布団が無かったので畳で寝ていたが、今日も変わらず快調な目覚めだ。
「おはようフェリ、今日もよろしくね」
寝転んだまま上に向かって挨拶をすると、フェリは僕が身を起こすスペースを作るようにスーッと横に移動した。
因果関係は不明だが、フェリを召喚してから夜中に目が覚めてしまう事が無くなった。目のクマが取れたのも嬉しいが、朝から頭が冴えているのが何より嬉しい。
そんな訳で、朝は自然とフェリに甘くなる。
「朝食は、昨日の鍋を使って雑炊にするね」
このフェリさん、鍋の残り物での雑炊や二日目のカレーなどを好んでいるのだ。
味が染み込んでる系の食べ物が好きなのだろうと思うが……僕の周りを嬉しそうにゆらゆら周回している姿は実に微笑ましい。
「うぉっ!? あ、ああ……あんたの影か」
おっと、兄貴さんを起こしてしまった。
一応は小声で話していたものの、同じ部屋ともなると限界があったようだ。
僕の周りを黒い靄がぐるぐる回っていたせいで寝起きから驚かせてしまったようだが、フェリに慣れていなければ驚くのも無理はない。
兄貴さんの声でガウスたちも起きてしまったが、それはそれで好都合だ。
今日は色々と忙しくなるので、前もって相談しておきたいと思っていたのだ。
――――。
内都の街は朝から騒がしい。
昨晩は夜に侵入した上に裏通りで行動していたので住民とほとんど接触しなかったが、朝の表通りともなると喧騒賑やかだ。
神国で発令されている戒厳令については外都だけのものだったらしく、この街では余所者の僕とガウスが歩いていても見咎められるような事はない。
フェリにはマフラーになってもらっているので人目を引くこともないのだ。
ガウスの男前な容姿が女性の視線を引き付けるものはあるが、これは好意的な注目なので特に問題は無い。……むしろこれからやろうとしている事には好都合だ。
本日の予定は昨晩決めた通り、情報収集だ。
見ず知らずの他人と接触するともなれば、何もしなくとも好感度を稼げてしまうチート野郎の存在はうってつけである。
僕が道を尋ねた時には『あっちの方ね』と指を差すだけだった女の子も、ガウスの存在を目に留めた途端に『私が案内してあげる!』と抜群の食い付きだ。
……そう、この世は平等ではないのだ。
道で迷子の子供がいたとしても『どうしたの?』と声を掛ける前に、まずは自分の容姿を意識しなくてはならない。
ガウスが子供を母親の元に連れて行けば『ありがとう!』と感謝の意思を示されるが、人相の良くない僕が連れて行けば『誘拐犯!』と石をぶつけられる。
僕も睡眠が充分に取れるようになったので目つきの悪さが改善されてきたが、それでも持って生まれた容姿の差は如何ともし難い。
レイリアさんには『アロン君、恰好良くなったね』と言われてはいるものの、これは身内補正によるものなので油断は禁物だ。
母親が息子に『あんたは父親に似てハンサムだね!』などと励ましを送るようなものなので自惚れると恥をかくだけだろう。
しかし結果的には――ガウスでなくとも、情報収集は難しいものではなかった。
最優先すべきは兄妹たちの安全なので部隊に関する情報を聞き回ったが、聞くまでもなく部隊に関する話が次から次に出てくる始末だ。
そう、魔獣討伐の為に部隊が来訪している事は街中の噂になっていたのだ。
そして部隊衆の評判は軒並み悪い。
総勢十人の一団らしいが、連中は街のチンピラよりも性質が悪いそうだ。
街に根付いている人間ではない事が影響しているのか、旅行先でヤンチャをするような感覚で街の人々に暴虐の限りを尽くしているらしい。
……念の為に兄妹たちには安全な場所に避難してもらっているが、調べた限りでは部隊衆が兄妹たちを追っている様子はなかった。
部隊衆は好き勝手にやっているようなので、もしかすると亡くなった三人が帰還していない事を不審に思っていないのかも知れない。
そして、部隊衆の上司である部隊。
部隊の二人については街の人から直接悪く言われていないが、部下を野放しにしているという事で良い印象を持たれていない。
おそらく部隊員の二人は、部下の行動に興味を持っていないのだろう。
それは僕の知る部隊の印象と合致する。
部隊員の多くは、神王以外の存在に全く興味を持っていないのだ。
施設出身者の全てが部隊に配属される訳ではなく――施設の中でも能力が高く、神王への忠誠心が高い者が選ばれる傾向がある。
実際、物心ついた時から『神王は絶対』という洗脳教育がされている施設では、神王へ狂信的に忠誠を誓っている者も少なくない。
処世術として忠誠を誓っているフリをしている者もいるだろうが、部隊の大多数が狂信者で構成されているのが実情だ。……それは僕とリスティが脱走する際に思い知らされた。
部隊は施設出身者で構成されているので必然的に顔見知りが多いが、彼らは当時五歳の僕を容赦なく殺そうとしてきたのである。
おそらく今回も、部隊との争いは避けられないはずだろう。
ただ……僕と年の近い、同世代の部隊員であればその限りではない。
古参の部隊員については絶望的だが、この十年で入隊した部隊員の中には親しかった友人がいるかも知れないのだ。
そして今回、部隊の情報を探った結果――――僕はある確信を持った。
この街を訪れている部隊の二人。
その内の一人は、僕と親しかった人間だ。
特徴的な容姿もあって、その部隊員は街の噂になっていたのだ。
軍服を着た銀髪の少女。
ふわふわのウェーブした髪が特徴的な子供。
お菓子を大量に抱えて、幼子のような天真爛漫な笑顔で歩いていた少女。
そんな特徴が一致するのは一人しかいない。
リスティと同じ年。
当時四歳の女の子であり、僕がもう一人の妹のように可愛がっていた女の子。
その子の方も、僕の事を『お兄ちゃん』と呼んで、無邪気に慕ってくれていた。
――カーラ。
神国では珍しい銀髪の少女。
しかもそれが部隊員ともなれば、カーラ以外には考えられない。
あの子が神王に忠誠を誓っているという点には違和感を覚えるが、カーラは純粋で素直な子供だったので都合良く利用されている可能性もある。
――――。
「おい、本当に一人で乗り込むつもりか?」
「大丈夫だよガウス。フェリも一緒だし、そもそも今回は闘うつもりもないから」
日の落ちた夜。
僕は単独でカーラに接触しようとしていた。
部隊が宿泊している場所については、昼間の内に調べがついている。
街の中心部に位置する五階建ての宿舎――外部から賓客を迎える際に使われる場所であるらしく、部隊の二人はその宿舎に泊まっているとの事だ。
「部隊は説得が効かないとか言ってなかったか?」
「うん。基本的には難しいだろうけど、今回の相手は説得に自信があるんだ」
「アロンの説得か……成功するビジョンが全く浮かばねぇが。まぁ、いつでも乗り込めるように外で待機しといてやるよ」
こやつ、なんたる無礼な男だ。
僕の説得が失敗して戦闘に入ることを確信しているような態度である。
……いや、これはガウスなりの気遣いか。
僕が説得に失敗しても落ち込まないように、あらかじめネガティブな事を言ってくれているに違いない。
だが、ガウスは甘く見ている。
僕は数多の本を読むことで話術を磨いてきた会話巧者だ。今回のケースで役立つのは〔立て籠もり犯を百人説得できる本〕で学んだ説得術だろうか?
著者のバンドル先生の人生経験が気になるところだが、あの本は先生の〔百人シリーズ〕の中でも神作と評される本だ。あの本で学んだ説得術をもってすれば、もはや僕の成功は約束されていると言っても過言ではない。
「荒事になったらガウスの手を借りるかも知れないけど、おそらく出番は無いんじゃないかな? ふふ……ガウス君は吉報を待ってるがいいさ」
「アロンが自信満々な時はロクな事にならねぇからな……」
ガウスは憎まれ口を叩いているが、これは僕を心配しているが故のことだ。
ちなみに、今回はもう一人の部隊員には接触しないつもりだ。
街の噂から判断するとこちらも心当たりがある人物だが、僕の知るその人は説得が通じるような相手ではない。
なにしろその人は、僕とリスティが脱走した時の追跡者の一人だ。
現在は四十歳を過ぎているはずの古参部隊員であり、神王に狂信的な忠誠を誓っている堅物な人でもある。
どう転んでもこちらに寝返ってくれるとは思えないので、とりあえず説得成功の見込みがあるカーラを仲間に引き入れるのが先決だ。
古参部隊員については、後日に駄目元で説得を試みるくらいのものだろう。
「宿舎が騒ぎになったら勝手に乗り込むからな」
「戦闘の予定は無いから大丈夫だよ。……でも、心配してくれてありがとう」
身を案じてくれる親友にお礼を告げると、ガウスは顔を顰めて「さっさと行け」とつれない返事を返した。……うむ、とんだツンデレ野郎である。
僕が部隊の危険性について語ったことが影響しているのだろうが、友人に心配してもらえるのは素直に嬉しいものだ。
明日も夜に投稿予定。
次回、三五話〔誕生してしまうソムリエ〕




