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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第二部 吹き荒れる暴威

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三二話 深夜の鍋会

 表通りに出ることなく、暗い路地をそのまま進んだ先にあった家。

 案内された家は、強風が吹けば飛んでいきそうなほどに頼りない家だった。


 内都と外都で格差があるとは思っていたが、同じ内都の中にも歴然とした格差社会が存在しているようだ。


「兄妹二人で暮らしてる家だ。見ての通り立派な家じゃあないが、夜風を凌ぐくらいには役に立つぜ」


 お兄さんもボロ家の自覚があるのだろう、照れているように苦笑しながら最低限のセールスポイントを告げた。

 たしかに内都基準では貧相な家だと言えるが、それでも僕やガウスにとっては充分な待遇だ。僕たちが贅沢な不満を言うはずもない。


 実際、普段は文句の多いクレーマーガウスも不満そうな様子を見せていない。

 ガウスが武国で一人暮らしをしている家も立派なものとは言えないので、むしろ親近感を覚えているような気配がある。


 それに、家の耐久性に問題があるとしても、家の中からは電灯の明かりらしき光が漏れている――そう、この家には電気が通っているのだ。

 内都では低水準の家という事なのだろうが、これでも外都で立ち寄ったお爺さんの家より上等な家だと言えるだろう。


「いえいえ構いませんよ。最近はずっと野宿ばかりでしたから、ちゃんと屋根と壁があるだけでもありがたい話です」

「の、野宿……?」


 僕たちが待遇に不満を持っていないのも当然だ。

 ここのところ森の中で寝るという野性的な生活が続いていたので、電気の通った家に泊まるともなれば飛躍的な宿泊環境の変化である。


 お兄さんには僕たちがストリートチルドレンだと誤解されている節があるが……あまりこちらの事情を話すと迷惑になるかも知れないので難しいところだ。


「――――遅かったじゃないか兄貴っ!」


 僕たちが家の前で話していると、待ちきれないとばかりに玄関から女性が顔を出した。この家は防音性も皆無らしく、こちらの会話が筒抜けになっていたようだ。


 しかし……妹がいると聞いて無意識の内に小さな妹を想像していたが、この妹さんは普通に僕より年上のお姉さんだ。


 考えてみれば兄貴さんは二十歳くらいなので、妹さんが十八歳くらいでも全く不思議ではない。推理小説を読んでいて叙述トリックに引っ掛かったような心境だが、これは完全に僕の早合点だった。


 とりあえず、帰宅が遅くて怒られているようなので僕が間に入るとしよう。


「いやぁ、申し訳ありません。お兄さんには死体を埋める作業を手伝ってもらってたんですよ。土が固くて難儀しましてねぇ。はははっ……」

「し、死体!? 兄貴、どういう事だよっ!」


 爽やかに事情を説明すると、ますますお兄さんへの風当たりが厳しくなった。

 重い事実だからこそ軽く伝えてみたのだが……残念ながら失敗だったようだ。


「アロンは本当ロクな事言わねぇな……」


 僕を罵倒する機会を見逃さないガウス。

 この男は小さな失敗であっても決して見逃さずに追及してくるのだ。


 ――――。


「この肉、本当に美味いね。兄貴の恩人に上等な肉まで貰っちゃって申し訳ないよ……。こんな肉なら相当高かったんだろ?」

「とんでもありません。これは獲ったばかりの魔獣肉なんですが、僕たちだけじゃ食べ切れなくて困ってたんですよ」


 僕たちは全員で鍋を囲んでいた。

 兄貴さんの身に起きた事を知った時は絶句していた妹さんだったが、お土産の魔獣肉のお陰で元気を取り戻してくれたようだ。


 しかし、兄貴さんの件を説明して終わりという訳にはいかない。


「すみません。食器をもう一人分用意してもらえますか?」

「まだ誰か来るのかい?」


 現在の鍋仲間は、兄妹たちと僕とガウス。

 この四人だけでは、まだ足りていない。

 ここにはまだ食事を必要としている存在がいる。


「ええ、そのようなものです。驚かないでくださいね? ――フェリ、戻っても大丈夫だよ。僕たちと一緒に食事をしよう」


 そう、フェリだ。

 街への潜入に伴って、久し振りのマフラー形態に変化してもらっていたのだ。


 マフラーになると基本的にフェリは大人しい。

 部隊衆との争いの際にも微動だにしなかったほどである。もちろんこれは薄情などではなく、僕の戦闘能力を信頼してくれているからだ。


 僕が食事に誘った直後、フェリは『遅い!』と言いたげな迅速な変化を見せた。


 マフラーが動き出したかと思えば、一瞬の内に人間一人を呑み込むような黒い靄へと変化したのだ。……うむ、マフラー状態のまま食事を我慢している気配だったので悪い事をしてしまった。


「ほわぁっ!?」


 驚かないでくださいと伝えておいたにも関わらず、兄貴さんは拳法家のような声を上げて後ろに倒れ込んでしまった。妹さんも驚いているが、こちらは持っている箸を落とすこともなくポカンとしているだけだ。


「こちらは僕の影のフェリです。すごく頭が良くて、しかもマフラーになると暖かいという完璧な影なんですよ」

「か、影? い、生きて……異性体なの?」


 兄貴さんはまだパニック状態だが、妹さんの方は立ち直りが早い。

 まだ軽く動揺しながらも、僕の説明でフェリが異性体だと理解してくれた。


 しかし黒いモヤモヤが急に出現したという事を思えば、兄貴さんの動揺も責められないものはある。家が火事になっているようにも見えるので、一家の大黒柱としては気が気でないのだろう。


「はい、フェリは異性体になります。――おっと、フェリのテーブルマナーは完璧ですのでご心配無く」


 僕は先んじて不安を取り除く。


 気体が食事をする光景は珍しいので知らないだろうが、フェリの食事作法は惚れ惚れするほどに素晴らしいのだ。

 米の一粒も残さないどころか、味噌汁の一滴も残さないという有能ぶりだ。

 これほど綺麗に食べてもらえれば料理人冥利に尽きるというものである。


「そ、そうなんだ……」


 僕のフォローに、妹さんも安心してくれた。

 兄貴さんはフェリが食事をする光景を恐怖の面持ちで見ているが、こちらもすぐに慣れてくれるはずだろう。


 戦略的に考えればフェリを気軽に披露するのは避けるべきなのだが……この二人に手の内を晒しても特に害があるとは思えない。

 そしてなにより、フェリに我慢を強いるような真似はしたくないのだ。


明日も夜に投稿予定。

次回、三三話〔乗り掛かった舟〕

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