三一話 引っ掛かる名前
倫理観が欠けているガウスの将来を案じていると、意識の外から声が掛かった。
「ど、どうしてあんたらは、オレを助けてくれたんだ……?」
おっと、そういえば生き残りお兄さんの存在を忘れていた。
結果的に僕たちは絶体絶命の窮地を救ったという事にはなるが、ここは勘違いされないように釘を刺しておくべきだろう。
「いえいえ、あなたを助けたつもりはありませんよ。襲われたので自分の身を守る為に反撃しただけです」
完全な成り行きで犯罪組織同士の抗争に関与してしまったが、決して僕たちは無法者の味方になった訳ではない。
どこかの妹さんが理不尽な犯罪に巻き込まれなければ、それで良いのだ。
「それよりガウス君。これからやるべき事は分かってるよね? ――そう、ドロップアイテムの回収だ!」
襲撃を受けて返り討ちにした僕とガウス。
撃退者の僕たちには、襲撃者の死体から所持品を回収する権利があるのだ……!
「なんだかんだ言って結局強盗してるようなもんじゃねぇか……。もうどっちが悪人だか分かったもんじゃねぇな」
むむっ、まったく失礼な男だ。
僕は平和的解決を試みたのに襲われたのだ。
これはまさに正当防衛。戦利品をゲットするくらいは当然の権利だろう。
「おっ、かなり金貨持ってるな」
文句を言いながらもノリノリで懐を漁るガウス。
この現金なところは個人的に好ましい性質だ。
黒いバンダナの男が死体を漁っていると盗賊に見えるところだが、ガウスがやると不思議にも怪我人を介抱しているように見える――うむ、イケメン無罪!
さて、僕もガウスに負けないようにアイテム回収に励まくては。
そして男たちの所持品を回収していると――彼らの共通点に気が付いた。
「このバッジ、全員が持ってるね。……犯罪組織のメンバーの証とかかな?」
それは精巧な造りのバッジだった。
小さなバッジには神殿らしきものが描かれており、一見しただけでも安くない代物であることが見て取れた。
――これは不自然だ。
街の犯罪グループの持ち物にしては品質が高い。
てっきり小規模な犯罪組織の構成員だと思っていたが、もしかすると彼らは大きな犯罪組織に所属していたのかも知れない。
「あんたら、本当に何も知らないで殺ったのか?」
口を挟んだのは生き残りお兄さん。
その声には純粋な驚きの色が含まれている。
この様子からすると、死体三人衆の事は知っていて当然といった雰囲気だ。
リーダーの男が『オレたちにタテつくのか?』などと脅していたが、どうやらこの辺りでは逆らう者がいないほどの有名な組織だったようだ。
僕が更なる説明を求めるべく視線を向けると、お兄さんはその名を口にするのも恐ろしいような様子で呟く。
「こいつらは……部隊衆だ」
ん、んん?
なんだろう……妙に引っ掛かるところのある名称ではないか。
そこはかとなく予想はつくが、一応は確認しておくべきだろう。
「それは、部隊と関連があるんですか?」
「ああ、部隊の部下どもだ。……本当に知らないのか?」
まさかとは思ったが、やはり部隊絡みだった。
僕の記憶には存在しない組織なので、この十年で新設された組織なのだろう。
しかし、部隊は神国選りすぐりの一団。
彼らは軍や警察とは別個の組織でもあるので、その部隊に部下が付いているというのは違和感を覚えるものがある。
ひょっとして部隊衆とは、武国にある公安警察のような存在なのだろうか?
軍や警察の手の届かないところに対応する組織という事なら、部隊の下部組織という位置付けも分からなくはない。
近年の神国では貧困問題により治安が悪化しているとも聞くので、小回りの利く部隊に部下を持たせて対応させようという訳だ。
しかし……ここで大きな問題がある。
僕たちは部隊衆に襲われていた男を守った。
そして部隊衆が国側の人間だとすると、今回の件は部隊衆側に正当性があったのかも知れないという可能性が出てくる。つまり僕たちは、正義の部隊衆からアウトロー組織を庇ってしまったのかも知れないのだ。
部隊衆の男から『妹の面倒を見てやる』という発言があったが、あれも実は『へへっ、ぬいぐるみも買ってやるぜ!』というハートフルな意味だったかも知れないのだ……!
ああ、僕たちはなんて罪深いことを……。
殺害どころか、あろうことか死体から金銭まで奪っているではないか……!
……いやいや、連中の言動は正義とは言えないものだった。
考えてみれば、目撃者を問題無用で殺そうとする連中が正義であるはずがない。
うむ、ここは関係者であるお兄さんに確認を取っておくべきか。
「なるほど、彼らは国側の人間でしたか。……でも、お兄さんは悪い人では無いんですよね? そうですよね?」
いかなる時も国側が正しいというのは理想であって現実ではない。
これは僕の自己保身ではなく、確認しておくべき大事な事なのだ。
「オレたちは領主に対抗する為の集まりだ。神国の法に反しちゃいるが、お天道様に顔向けできないような事はしてないぜ」
そう語るお兄さんの目には曇りが無い。
品性に欠けた部隊衆に比べれば、こちらの方がよほど信用に値すると言える。
「命を救ってもらった礼もしたいからよ、オレの家に来ないか?」
お兄さんからのお呼ばれだ。
判断に迷ってガウスをちらりと見ると、『構わん』とばかりに鷹揚に頷かれた。
僕たちを匿ってお兄さんの立場が危うくなる事が心配だが、考えてみれば既に部隊衆に襲われるほど悪い立場だ。
僕たちと関わったところで、これ以上立場が悪化することは無い気がする。
それにお兄さんを放って置くと、明日にも殺されそうな気がしないでもない。
僕たちにしてもこれから宿を探すのは手間なので、お兄さんを護衛がてらお世話になるというのもお互いにメリットのある話だろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、三二話〔深夜の鍋会〕




