三十話 遭遇する殺人事件
短い話し合いの後、大通りへと足を進め始めた僕たちは――すぐに足を止めた。
どこからともなく大勢の人間が争うような物音が聞こえてきたのだ。
『もう残りはお前だけだな。すぐに仲間のところに送ってやるから安心しろや』
『ち、畜生っ……』
ふむ、殺人事件の気配だ。
耳に入った会話内容も剣呑だが、実際に周囲から濃密な血の臭いが漂っている。
僕は不穏な気配の元へこっそり近付き、路地裏の物陰からそっと様子を窺う。
そこには、予想通りの光景が広がっていた。
銃で撃たれた者やナイフで刺された者が死屍累々と倒れている。見聞きした印象からすると、犯罪組織同士の抗争のようなものだろうか?
比較的治安の良さそうな街だと思っていたが、早々に裏切られてしまった形だ。
「くそッ、たった三人に俺たちがやられるなんて……」
壁際に追い詰められている男が悔しそうに吐き捨てている。
どうやら死亡している皆さんは一方的にやられてしまったらしい。
ニヤニヤ笑いながら立っている三人の男。おそらくこの男たちの仕業だ。
男たちは銃やナイフなどの武器を持っているが、その足元には軽く数えるだけでも十人以上が倒れている。
軽薄そうな連中ではあっても、それなりの手練なのだろう。
「お前よぉ、確か妹がいるんだったよな? 安心しろよ、お前を殺った後は俺たちが面倒見てやっからよぉ。へへへッ」
「くっ、外道どもがっ……」
うむ、聞くに堪えない展開になってきた。
妹さんの面倒を見るというのは『学園卒業までの学費は任せておきな!』という足長おじさん的なものではなく、あまり想像したくない類のものなのだろう。
――これは見過ごす訳にはいかない。
犯罪組織の人間を庇う義理は無いが、僕はお兄ちゃんとして全ての妹の味方をしなければならないのだ。
「お待ちなさい! その人はどうなっても構いません。ですが、無関係な妹に危害が及ぶとなれば黙っていられません!」
「……こいつは冷たいのか優しいのか分かんねぇな」
僕が辛抱堪らずに飛び出すと、ガウスもぶつくさ言いながら付いてきた。
これでガウスは付き合いの良い男なのだ。
「なんだお前、頭イカれてんのか?」
うぐっ……僕の忌まわしきアダ名である『狂人』を彷彿とさせるような発言だ。
なぜ神国に来てまで狂人呼ばわりされるのか。
これは紛れもなく、言葉の暴力――――この者、邪悪なり!
「な、なにを言われても妹に手出しはさせませんよ。この人を殺して妹に危害を加えるというならやってみなさい。さぁ、早くナイフで刺して! ハリアップ!」
「殺人をそそのかしてんじゃねぇよ!」
おっと、いけない。
多少興奮した影響か、支離滅裂な発言をしてしまったではないか。
これでは『あの男に殺せと言われました!』という事で、僕が主犯格になりかねないところだった。名ストッパーのガウスがいなければ危うく犯罪者だ。……うむ、持つべき者は友達である。
「本当にイカれてやがんな……。おい、面倒だからあのガキ共もやっちまえ」
一人だけ武器を持っていない男、リーダー格らしき男が傲然と指示を出す。
その指示に応えるように、銃を持った男とナイフを持った男が動き出した。
「どうか待ってください。僕は争いを望みません。どうでしょう、ここはお互いに鍋を突いて話し合いといきませんか? 折良く上等なお肉を持ってるんですよ」
僕は無益な争いを嫌う。
どんな状況でも話し合いで解決出来るなら、それに越したことはないのだ。
……しかも有り余っている肉を提供することで恩を売ろうという算段である。
だが、彼らは聞く耳を持っていなかった。
ナイフを持った男が、邪悪な笑みを浮かべながら僕へと迫る。
「死ねやッ!」
鋭く突き出されるナイフ――僕は素早く身を引いて躱す。
そして避けると同時、手刀を手首に放つ。
「っぐぁ……」
男が顔を歪めてナイフを手放した直後、僕はナイフを空中で掴み――そのまま首筋の頸動脈を切り裂いた。
銃を持った男は驚愕で固まっている。
僕はその隙を見逃すことなく、続けざまに――男の眉間にナイフを投擲する。
ナイフは根元まで突き刺さり、男は驚いた顔のまま路地裏の血溜まりに倒れた。
僕は落ち着いた声で語り掛ける。
「争いは何も生み出しません。まずは話し合うところから始めるべきです」
「言動が全く一致してねぇじゃねぇか……」
ガウスはまたもや文句を言っているが、これは正当防衛なので仕方がない。
僕は平和を愛する人間ではあっても、理想だけを求める理想主義者ではない。
暴力に訴える人間が相手なら、身を守る為の力を行使するのは当然の事だ。
「お前ら、オレたちが誰だか分かってタテついてんだろうな?」
一人になった男ではあるが、仲間の死に怯んだ気配は感じられない。
おそらく、この男が部下よりも突出した力を持っているからなのだろう。
それは路地裏の死体を見た時から分かっていた。
死体の中には、ナイフや銃弾以外の要因で死んでいる者も存在していたのだ。
「申し訳ないのですが存じ上げません。もし良かったらお伺いしても構わないですか? 僕はアロン=エルブロードというものです」
僕はこの街に来たばかりなのだから、男の素性が分かるはずもない。
男の話しぶりからすると誰もが知っていて当たり前のような雰囲気だが、僕にとっては知らない街のローカル有名人に過ぎないのだ。
「雑魚どもを片付けたくらいで調子に乗りやがって……あの世で後悔しろや」
やはりと言うべきか、僕たちの交渉は決裂してしまった。
問答無用で部下をけしかけてきた男なので予想はしていたが、残念な結果だ。
男は無言で手のひらを上に向ける。
そして手のひらに出現したのは、小さな正八面体の石――魔術石だ。
その色は土色、つまり〔土魔術〕の行使を可能とする土石だ。
魔術石を見ても僕に驚きはなかった。路地裏の死体を見た時から土魔術の使い手がいる事は予想していたのだ。だが、驚きはしなくとも……魔術石を見ただけで、どうしようもなく寂しい気持ちに襲われた。
今は亡きメガネ君が、魔術石持ちだった。
貴重な治癒魔術の使い手でありながら、まだ若い身でありながら、神国によって生命を絶たれてしまったのだ。
この男はメガネ君と同じ魔術石持ちだが、その貴重な力を悪事に使って生きてきたのだろう。……そう思うと、理不尽にも悔しい気持ちを覚える。
「――死ねや」
男は土石を掴み、その手をこちらに向けた。
土魔術。銃弾よりも速くて威力のある〔土弾〕を射出する魔術だ。
路地裏の死体には大きな風穴が開いていたので、僕たちの事も同じように始末する腹積もりでいるのだろう。
しかし弾速が速くとも、来る方向が分かっていれば避けられないはずがない。
僕が土魔術の存在を把握していても脅威に感じていないのはその為だ。
だが、男の狙いは僕では無かった。
男が放った土弾は――ガウスへ向かった。
――ガンッ!
ガウスは焦ることなく面倒そうな様子で、あっさりと裏拳で弾を弾き飛ばした。
その顔には、命を狙われた恐怖も怒りもない。
馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの冷めた態度だ。
「えっ……?」
男は目の前で起きたことが理解できないかのように放心している。
不意討ちでガウスを狙ったはずが、虫を追い払うように処理されたのだ。
……なにしろ銃弾よりも強力な土弾だ。
本来ならあり得ないことなので、男が驚愕しているのも分からなくはない。
「ま、まぐれだ。まぐれに決まってる!」
まぐれで土弾を弾くのはどんなラッキーボーイにも不可能だとは思うが、男は現実逃避をするように土弾を放つ。
もちろん何度やっても、結果は同じだ。
――ガンッ! ガンッ!
連続して放たれた土弾だったが、やはりガウスはこともなげに払い除ける。
その軽々とした姿は、黒猫のシュカが尻尾で邪魔者を払う姿に似ていた。
モブ君のカマ吉もあんな感じで瞬殺されてたなぁ…………いかん、また失った友人のことに集中してしまった。
今は戦闘中なのだから気を散らしてはいけない。
「あっ」
何度目かの土弾を放った後、男の土石は消失した。男は慌てた様子で再召喚を試みるが――ガウスはそれをさせなかった。
――ドゴッ。
距離を一瞬で詰めての、前蹴り。
いや、ガウスの荒々しさからすると喧嘩キックと言った方が適切だろうか。
腹部にめり込むように入った蹴りは、男の身体を壁に激しく叩きつけた。
うむ、これは口を出さずにはいられない。
「おやおや……これはいけませんなぁ。僕にはあれこれ言っておきながら、ガウスもしっかり殺しているじゃないか」
僕はすかさずガウスを口撃した。
そう、男はどう見ても即死しているのだ。
僕の正当防衛を非難するような事を口にしておきながら、当のガウスは男と会話すら交わすことなく瞬殺である。
これでよく人のことが言えたものである。
「やられたらやり返すのは当然だろ」
むむっ、この男は完全に開き直っている。
殺人キックを放っておきながら不敵な笑みを浮かべている有様だ。
人を殺害しておいてこの態度。親友として将来が心配でならないなぁ……。
明日も夜に投稿予定。
次回、三一話〔引っ掛かる名前〕




