三話 断ち切る連鎖
学園に到着した僕たちは各々の教室へと向かう。
弟分の為にやり過ぎてしまう傾向があるレイリアさんに注意をしようかとも思ったが、ご機嫌なお姉さんに苦言を呈するのは難しい。
レイリアさんの為にも言うべきだと分かってはいても、笑顔で手を振るお姉さんに、僕は手を振り返すことしか出来なかった。
朝からまた悪評を増やしてしまった感はあるが……いや、いつまでもネガティブな気持ちを引き摺っていてはいけない。
ここは気持ちを切り替えて、建設的に前向きな思考をすべきところだ。
悪評が増えたのならば、それ以上に好評を増やしていけばいいだけなのだ。
悪評の影響もあって僕には友人と呼べる人間が少ない。そして友人の少なさは僕の人柄を知る者が少ないことにも繋がり、結果として悪い噂を払拭することが困難になっている――そう、負の連鎖だ。
だが逆に言えば、親しい友人を増やすことは悪評対策にもなるということだ。
千里の道も一歩から。
まずはクラスで友人を増やすのが先決だ。
今日の僕はいつもの僕とは違う――もうコミュ障とは呼ばせないぞ……!
おっと、いかんいかん。
うっかりトラウマに触れてしまったせいで気持ちが下降してしまった。
大丈夫、大丈夫だ。昨日までの僕はもういない。今日からは新しい僕だ。
僕は教室の扉の前に立つ。
部屋の中からは、若さが溢れているような賑やかな声が聞こえてくる。
僕は愛想の良い笑顔をイメージしながら扉を開ける――
「みんな、おはよう!」
僕は爽やかな挨拶を教室中に響き渡らせた。
コミュニケーションで重要なのは笑顔と愛想だ。
誰しも笑顔で『おはよう!』と言われれば悪い気などしないはずだ。
本来なら完璧な掴みと言えるはずだが……しかし、級友の反応は冷たかった。
僕が教室に足を踏み入れた途端、教室内の喧騒は消えてしまっている。
風紀に厳しい教師が入室した時の雰囲気に近いが、この場合はもっと悪い。
まるで圧政を敷いている暴虐の支配者が現れたかのような反応だ。
僕と関わったら厄災が降りかかるとでも思っているのか、クラスメイトたちは顔を俯けて声ひとつ上げないのだ。
しかしそれでも僕はへこたれない。
挨拶の返しを待つように、ニコニコしながら生徒の一人をじっと見詰める。
しばらくすると彼は顔を上げ、額に汗を浮かべながら口を開いた。
「……ぉ、おはよう」
「うん、おはよう!」
消え入りそうな声が返ってきたが、友達に飢えている僕は贅沢など言わない。
僕が人気アーティストだったら『聞こえないよー! 大きな声でもう一度!』と、観客を煽るかのように再挨拶を求めるところだが、もちろんそんな無謀な真似はしない。
その手のパフォーマンスは双方に信頼関係があるから成り立つのであって、今の僕にはレベルが高過ぎるテクニックなのだ。
とりあえず思惑通りに返事が返ってきたのだから、ここは隙を逃さず巧みに会話を繋いでいくべきところだ。
「おやおや、そんなに汗をかいてどうしたんだい? いや、今日は暑いから仕方がないのかな?」
円滑なコミュニケーションで重要なのは、挨拶を一言で終わらせないことだ。
さりげない二言目を繋げることで、挨拶は〔会話〕となるのである。
『今日は良い天気だね』や『今日は暑いね』など、とにかく言葉を繋げることが肝心だ。……ちなみに今日は肌寒い日なのでこれは軽いジョークでもある。
もちろん彼は僕の会話に応じてくれる。
「そ、そうだね。暑いから、し、仕方ないね」
うむ、ぎこちない……!
とても友人同士の会話とは思えないものだ。
実際にまだ友人と呼べる間柄ではないのだが、これではクラスメイト同士の会話としても不自然だと言わざるを得ない。
おかしいな……先日読了した〔友達が百人できる本〕の会話テクニックに従っているのに、一体何がまずかったのだろうか?
いや、待てよ。
これは彼なりのジョークなのではないか?
そうだ、間違いない。そうでなければ同級生の会話としておかしいのだ。
危ない危ない。友達を作ろうとしているにも関わらず、歩み寄ろうとしてくれている彼の冗談をスルーしてしまうところだった。
「なるほどなるほど、暑いから汗をかくのも仕方ないか……はは、はははっ、あーっはっはっはっ」
遅ればせながらジョークに応える僕。
勢い余っての三段笑いである。
大袈裟な感があるのは否めないが、気持ちが溢れ出てしまったので仕方ない。
「は、は、はは……」
クラスメイトの反応も上々だ。
彼の笑いはどことなく引き攣った笑いにも見えるが、それは僕らの付き合いがまだ浅いからそう見えるだけだろう。
それにしても……この一カ月で中々友人が増えなかったのに、クラスに着いて五分も経たない内に新しい友人が出来てしまった。
うむ、これも全てあのハウツー本のおかげだ。
リスティに可哀想なものを見る目で見られただけの甲斐はあったのだ。
次回、四話〔咎める非常識〕