二九話 合法的な金策
親切なお爺さんと別れてから二週間。
僕たちは道中の村を素通りして進んでいた。
戒厳令がいつまで続くのか不透明な状況なので、余所者の存在が目立ちかねないような村落は避けるという訳だ。
食料事情だけが心配だったが、幸いにも最近の食事はかなり改善されている。
神国の中心に近付けば近付くほどに自然が増えており、国境付近の荒れ果てた土地とは違って、自生している野菜の収穫が可能になってきたのだ。
「この森は自然豊かで最高だね。フェリ、今日はキジ肉のソテーとキノコ汁だよ」
僕がご機嫌で配膳すると、フェリもどこか機嫌が良さそうにモワモワしている。
少し前までは『肉、肉、肉!』という食生活だったので食事の時にはモワ〜ッと元気が無さそうだったが、最近は野菜やキノコが食卓に並ぶようになったおかげかモワッと元気になっているのだ。
「ここが手付かずなのは魔獣のせいなんだろうな。俺たちにとっては好都合だが」
ガウスも自然の恵みに満足しているのか上機嫌な様子だ。
これまで食事に不満の声を上げていなかったが、内心で辟易していたのだろう。
僕も料理人として、焼いてみたり煮てみたりソーセージにしてみたりもしたが、肉オンリーというのは流石に限界がある。
「ちょっとここは魔獣が多いからね。人が立ち入るには危険な森だと思うよ」
最近の僕たちは、夜間に移動して昼間に休むという昼夜逆転生活を送っている。
元より道中の村に寄るつもりがないので、人目を避けることを考えれば夜間に行動した方が理に適っているのだ。
昼間でも人が入り込まない森の中なら、僕たちにとっては絶好の休息場所だ。
そして夜間の移動となると、フェリがモヤモヤ状態であっても問題が無いという点も大きい。フェリは暗い場所なら闇と同化してしまうという便利仕様なのだ。
……最近はマフラー形態の出番が無いので少し寂しい気持ちもあるが。
しかし、それも今日までだ。
「おそらくだけど、今夜の内には〔内都〕に着くと思うよ。内都の街なら昼間に行動しても目立たないんじゃないかな?」
神国入りの際に国境の壁を越えてきたが、この国は内部にも壁が存在している。
それが、内都と外都とを隔てる壁だ。
内都とは、首都である神都を中心に形成されている広大な区域だ。
その中には幾つもの街が存在しており、それら全ての街に電気や水道が完備されているというインフラの整った区域でもある。
内都に居住している人々――上級国民と呼ばれている人々は、外都の人間からすれば別世界の住人のようなものだろう。
そして両者の違いはそれだけではない。
内都に住む者は、その全員が影持ちだ。
武国ではほとんどの人間が影持ちだったという事を考えれば、内都こそが神国の本体だと言っても過言ではない。
神国入りから障害なくここまで来たが、これからが本番だと言えるだろう。
――――。
「あれが内都の壁か……国境の壁より警戒が厳重じゃねぇか?」
森を発った僕たちは、予定通り内都を視界に捉えていた。
壁を遠目に見るだけでも国境の壁との違いは明らかだ。
そう、明らか――実際に明るいのだ。
内都は電気が通っているだけあって、壁には等間隔で電灯が設置されている。
壁ばかりではない。壁のすぐ内側には街が存在しているらしく、深夜であるにも関わらず賑やかな喧騒が聞こえてきている。
壁の向こうが別世界になっているのは視認出来ずとも明白だろう。
「ようやく本当の意味で神国に入るようなものだからね。ガウス、いつもみたいに調子に乗って油断したら駄目だよ?」
「調子に乗って失敗してんのはアロンだろうが……」
ガウスには自覚が欠けているが、長い付き合いなのでもう慣れたものだ。
親友として僕が的確にフォローしてあげれば何も問題は無いだろう。
内都に住む者は、一般人であっても全員が影を持っている訳だ。
部隊ほど強力な影を持っている者は市井には少ないだろうが、影の中には想像も出来ないような能力を持ったものも存在する。
ガウスが『俺は最強、さいきょう、さいこう――最高だぜ!』と油断して隙だらけになっていたら、僕は友人として『喝!』と注意してあげるべきだろう。
――――。
壁の内側は、想像していたほど明るい世界ではなかった。
じめじめとした路地裏に表の光は届いていない。
しかし僕の立場では文句も言えない。
この視認性の悪さのお陰で侵入が見咎められずに済んだとも言えるのだ。
そう、僕たちは内都へ侵入を果たしていた。
国境の壁より警備が厚いとはいえ、僕たちなら歩哨の目を掻い潜って潜入することも難しくはない。それに歩哨の数こそ国境より多かったが、壁の高さは国境より低いものだった。
フェリの力を借りずに壁を飛び越えたほどなので、国境より楽だったと言える。
「久しぶりの文明社会だけど、しかし僕たちには大きな問題がある。さてガウス君、答えが分かるかな?」
「神国の金が無ぇんだろ? 他人事で偉そうに言ってんじゃねぇよ」
そう、その通りだ。
神国入りから野宿生活が続き、ようやく訪れたまともな街ではあるが……僕たちは文明的生活を享受する為のお金を持っていない。
もちろん母国である武国のお金は所持しているが、この神国は通貨が違う。
武国マネーを換金しようにも、神国は他国との交流を断っている国だ。
迂闊に神国でマネーロンダリングをしようものなら『僕たちは武国から来ました!』とアピールするようなものだろう。
「いやいや僕はいつだって真剣さ。……しかし本当にどうしたもんだろねぇ」
「なんだ、勝手知ったる故郷じゃなかったのかよ」
「僕は施設で暮らしてたんだよ? 街の暮らしのことが分かるわけ無いじゃないか。常識で考えてくれよガウス君」
「この間と言ってる事が違うじゃねぇか。しかもなんで無駄に偉そうなんだよ」
反抗期のガウスは反発せずにはいられない。
僕はどうどうと親友を宥めつつ、今後の行動について提案する。
「内都で行動するなら金銭が無いと不便だ。とりあえずは……強盗するか、魔獣の肉を売却するか、その辺りが妥当かな?」
「真っ先に強盗が出てくるとこはアロンらしいな。その選択肢なら後者一択だろ」
現実的な金策を提案したというのに、この言い草である。
僕たちは神国で身分を持たないので、合法的に金銭を得られる手段は限られる。
悪人から活動資金を拝借する程度はやむなしと言えるだろう。
しかし、警察に追われるような事態は避けたいところではある。
真っ当な手段を優先すべき、というガウスの意見には賛成だ。
「うん、そうだね。肉屋にでも持ち込めば魔獣の肉を買い取ってもらえるかもね」
若い僕たちが直接持ち込むとなると買い叩かれそうな気もするが、別に僕らは大金を欲している訳ではないので問題無い。
街の宿に泊まるお金や食事代が稼げれば、それだけで充分だ。
いつもは文句の多いガウスであっても『俺は五つ星ホテルにしか泊まらねぇぜ!』と無理難題を吹っかけてくるような事はないだろう。
明日も夜に投稿予定。
次回、三十話〔遭遇する殺人事件〕




