二七話 ガッテンな親友
壁を超えた僕たちは夜通しで歩き続けた。
なにしろ密入国に成功したのは良いが、壁の周辺は草木の一本も生えていない。
僕たちが身を隠すような場所もなく、壁の近くで『よぉし、今夜はここで野営だ!』などとやっていたら、翌朝には検問所の兵士に発見される事は間違いない。
とりあえず国境の壁から距離を取るべき、というのは当然の選択だろう。
ひたすら黙々と歩いていると、翌日の昼頃になって――人里が視界に入った。
歩いても歩いても荒野が続いていたので段々と心配になっていたが、ようやく人の生活圏に入ってくれたようだ。
本来なら僕たちは人里を警戒すべきなのだが、旅をしていればどのみち国民との接触は避けられない。だから、ここで人里に寄らないという選択肢は存在しない。
むしろ堂々としていた方が怪しまれないはずだ。
「神国入りして初めての村か……。なんか今にも潰れそうな村だな」
ガウスは失礼な感想を呟いている。
元神国民としては複雑な心境だが、しかしその意見には同意せざるを得ない。
周囲を畑に囲まれている牧歌的な村。
荒涼とした大地に存在する村だけあって土壌が栽培に向いてないのか、畑の作物は『一月でニ十キロ痩せる!』という過激なダイエットをしたように痩せている。
「野菜や果物を手に入れたかったんだけど、この様子だと難しそうだね。武国からもっと食料を持参すべきだったかな?」
僕たちが武国から持参した荷物は少ない。
今回の神国入りは旅行ではなく潜入なので、必要最低限の荷物しか持ってきていないのだ。大荷物では国境の壁を超えるのも難儀するので当然だ。
必然的に食料は現地調達が基本となるが……初めての村がこの様子では、先が思いやられるというものだろう。
「アロンは下らねぇ本を何冊も持ってきやがったからな……。俺には『荷物は厳選しろ』とか言っておきながらよ」
隙あらばバンドル先生を侮辱するガウス。
僕が大判サイズの本を何冊か持ってきた事に対して不満たらたらである。
涙を呑んで数冊に厳選しているというのに、ガウスはまるで分かっていない。
記憶力の良いガウスに本の内容を暗記してもらうという手もあったが、ガウスはバンドル先生のアンチである上に――『何よりも重要な事は、イケメン顔に生まれることです』などとイケメンのガウスに言われると腹立たしいので断念したのだ。
「肉だけならいくらでも手に入りそうなんだがな」
確かに、植物の少ない荒野であっても肉の調達に関しては苦労していない。
今朝などは肉の方からこちらにやって来たほどだ。肉がやって来た――そう、僕たちは魔獣に襲われたのだ。
魔獣。魔力量が高く、人間に対して敵対的な動物がそう呼ばれているが、実際のところ定義は曖昧だ。野生の世界では魔力量の低い獣は淘汰されてしまう傾向があるので、一般的には野生の獣を魔獣と呼ぶケースが多い。
そして、僕たちに襲い掛かってきたのは狂暴なヒツジだった。
ヒツジと言っても家畜として飼われているようなモコモコしたものではなく、スタイリッシュで攻撃的なヒツジだ。
まさに魔獣と呼ぶに相応しい攻撃性を持っていたが、僕とガウスは危機感を覚えるどころか安堵感を覚えたものだ。
なにしろ周囲は草も生えていない土地。
食料調達に不安を覚えていた状態だったので、人間を見れば襲い掛かってくるようなヒツジであっても大歓迎である。
睡眠に関しては三日くらい寝なくとも平気な僕たちであっても、食事だけは三食欠かさずに食べる必要があるのだ。
食事の必要性――そう、フェリを常時召喚する為には食事でエネルギーを摂取することが必要不可欠となる。僕は諦観……いや、達観しているので、もはやフェリに帰還してもらおうとは思っていないのだ。
それに、フェリを常時召喚しているのは悪い事ばかりでもない。
首に巻き付いているフェリの重さには心が落ち着くし、焼いたヒツジ肉を満足そうに消滅させていくフェリの姿には癒されているのだ。
せっかくなので黒猫のシュカも召喚してもらって一緒に食事をしたいくらいなのだが、ガウスは「そのうちな」と勿体つけてニャンコを出してくれないのが残念なところだ。
しかし、それも仕方ないと言えば仕方ない。
なにしろここは敵地。再召喚のクールタイムを避けることを考えれば、一度召喚したら常時召喚となるのが基本だ。
黒猫を常に連れ歩いていたら人目を引いてしまうので、ガウスはいざという時までシュカを温存しているのだろう。
ともかく――肉類は自力調達が可能だとしても、その他の食材は人里で手に入れておかなければならない。フェリはグルメな気体なので、いつまでも肉料理だけで満足してくれるとは思えないのだ。
「――おっ、畑仕事してる爺さんがいるぜ。ちょっと声掛けてみるか」
「待つんだガウスボーイ! 君は礼節というものを知らない無作法者だからね。この場は僕に任せておきなよ」
「妙な呼び方すんじゃねぇよ。それにアロンの方がよっぽど礼儀知らずだろうが。お前に任せると怪しまれそうだから大人しくしてろよ」
「やれやれ……何言ってるんだよガウス。僕は神国出身なんだよ? 勝手知ったる故郷なんだから怪しまれるわけがないよ」
僕たちは神国に不法入国している身だ。
現地住民に他国からの侵入者だと勘付かれてはいけないので、行動には細心の注意を払わなくてはならない。
僕とガウスは神国民で国内を旅行中という設定だが、他国民のガウスが表に出れば些細なところからボロを出す可能性がある。
ここは生粋の神国っ子である僕の出番だろう。
「こんにちはお爺さん。今日は絶好の農作業日和ですねぇ」
「……おんしら、なにもんじゃ?」
おっと、いきなり警戒心マックスではないか。
親しげな笑顔で挨拶すれば、『ほら、お爺さんの孫のアロンですよ』とばかりに溶け込めると思ったが、これは中々手強い相手だ。
よし、ここは僕の話術の見せ所だろう。
「僕たちは怪しい者ではありません。どこにでもいる旅好きの神国民ですよ」
「……おんしら、他国のもんか? 今は戒厳令が出とるからの、商人以外に旅をする者などおらんぞ」
まさかの第一村人に素性を看破されてしまった。
戒厳令が出ているという話だが……おそらくこれは、終末の槍を投下した事によるものだろう。戦争の火種が燻っている状態と言えるので、他国からの侵入者を警戒して国内の移動制限を行っているものと思われる。
商人を騙るという手もあるが、僕たちの手荷物が必要最低限しか無いのがネックだ。いくらなんでも商人にしては荷物が少な過ぎる。
僕が誤魔化すのを諦めて天を仰いでいると、ガウスがボソリと呟く。
「なにが勝手知ったる故郷だよ、速攻でバレてんじゃねぇか。……やっぱりアロンに任せた俺がバカだった」
「いやいや、ガウスはバカじゃないよ。ガウスはガチ天才――ガッテンだよ!」
親友が自分を卑下していたのでフォローに入る。
ガウスは「ワケ分かんねぇ事言ってんじゃねぇ」などと悪態を吐いているが、『俺はバカ、大バカだ!』と塞ぎ込んでいるよりは健全なので気にしない。
「こいつは褒めてんのか貶してんのか本気で分かんねぇんだよな……。まぁいい、アロンが話すと話が進まねぇからちょっと黙ってろ」
「分かったよ――いや、ガッテン承知!」
元気良く返事を返す僕。
僕がガウスを貶めるはずがないという想いを込めて、素直な好返事だ。
ガウスは顔を顰めて「こいつは……」何かを言い掛けてから首を振り、お爺さんの方へ向き直った。おそらく『こいつは気が利いてるぜ、ガッテンガッテン!』と言い掛けたのだろうが、ウィットに富んだ僕なら当たり前なので褒めるまでもないと思い直したのだろう。
「おい、爺さん。こっちはヒツジの肉を持ってんだが、野菜と交換しねぇか?」
ガウスは他国人疑惑には全く触れずに物々交換を持ち掛けている。
きっとお爺さんの後々の事を考えて、意図的に無視しているのだろう。
他国からの侵入者の存在を知りながら黙っていたとなると、このお爺さんが罪に問われることになる。だからこそ、肯定も否定もしないで話を進めているのだ。
あとはお爺さんの出方次第だ。
罪無き一般人を口封じするという選択肢は無いので、お爺さんが『不審者は国に通報じゃ!』というスタンスであれば僕たちの逃亡生活が確定することになる。
もう少しだけ神国に目を付けられずに行動したいところだが……。
「……ふおっふおっ、そうか。ヒツジの肉とは珍しいの。しなびた野菜でよければ交換するかの?」
どうやらお爺さんは見て見ぬフリをしてくれるらしい。なんとなく話の分かりそうな人という印象はあったが、これは実にありがたい展開だ。
「ああ、それで構わねぇぜ。肉は腐るほどあるからな」
「そうかそうか、それは重畳じゃ。……さて、村のもんに見つからん内に行くとしようか。久しぶりの肉を独り占めしたいからの」
僕の親友と同様、このお爺さんも嘘が上手くない。こっそり自宅に招く口実としてはかなり苦しいと言えるだろう。
しかし神国という国には悪い印象ばかりだったが……このお爺さんのような人がいてくれるなら、生まれ故郷として胸を張れるというものである。
明日も夜に投稿予定。
次回、二八話〔保証してしまう余命〕




