表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第二部 吹き荒れる暴威

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/73

二六話 軽やかな侵入

 見上げるほどの高い壁。

 夜の帳が落ちて視界が悪くとも、間近で見る国境の壁には圧倒される。


 国境の壁。武国と神国とを隔てる壁ではあるが、これは神国が建築した壁だ。

 数十キロに渡っている高い壁なので建築費用や労力は並大抵のものではない。


 それだけの対価を支払ってまで壁を作ったのは、武国からの侵入者を防ぐ目的もあるだろうが、自国民の流出を防ぐのが主な目的ではないかと思っている。


 つまりこの堅牢な壁は、外敵から身を守る為の盾ではなく――国民を閉じ込める為の〔檻〕という訳だ。


「話には聞いてたが……この壁、相当な金を掛けてやがるな」

「神国が豊かな国ってわけでもないけどね。……地方の村では毎年のように餓死者が出てるって話だし」


 僕の育った施設は環境面では恵まれていた。

 水道や電気などのインフラも整備されており、唯々諾々と従っている限りは生活に不自由しなかったのだ。


 もっとも……その代わりに施設出身者の平均寿命は短い。行動の自由も厳しく制限されていたので、一般国民と比べて幸せとは一概に言えないだろう。


「本当にロクでもねぇ国だな。――まっ、俺にこんな壁は意味ねぇけどな」


 ガウスは軽く助走をつけたかと思えば、「よっ」と軽やかに飛び上がった。

 そのまま壁に向かって飛び――ダン、と壁を蹴って一気に上空へ足を届かせた。


 ガウスは悠然と壁の上に立ち、地上の僕に向けてニヤッと笑みを浮かべる。


「アロン、引き上げてやろうか?」


 あやつめ……自慢の身体能力をアピールして勝ち誇っているではないか。

 今の僕でもギリギリで同じ事がやれそうではあるが、もしも失敗して『あ〜れ〜』と落ちてしまったら恥ずかしい。


 ならば、ここはあの手を取るしかあるまい。

 現状の僕は身体能力が落ちているが、その代償として得たものはあるのだ。


「そこなフェリさんや、ちょちょいと浮き上がって僕を運んでくれたまえ」


 そう、僕の自慢の影だ。


 どれほど高い場所であろうともフェリにとっては関係ない。

 フェリは空を自由に飛び回ることが可能な上に、物理干渉まで出来るのだ。

 僕一人を持ち上げるくらいの事は、フェリならば軽くやってのけるはずだろう。


「…………」


 マフラー形態のフェリは無言で動き出す。

 もはや僕とフェリは以心伝心。僕たちの間に言葉など要らないのだ。

 むしろ急に『分かったモヤぁ』と喋られてもビックリしてしまうだけである。


 フェリはマフラー形態のまま静かに上昇……って、これはいかんですよ!


「ぅぐぐ……」


 マフラーがゆっくりと浮かび上がり――――僕の首は締められる……!


 くっっ、まさか自分の影に首吊りを強制される日が来るとは思わなかった……。

 あまりにも自然な首吊り体勢。これでは僕の死体が検分されても『自殺ですね』と判断される事は間違いない。


 確かに浮き上がってほしいとは言ったが、これは僕の身体への配慮が致命的に足りていない。気体系の影でありながら空気が読めないとは何たる事か。

 危うく意識が飛びかけたところで――不意に、僕の身体は解放された。


「っぐえっ」


 僕は無防備に墜落した。

 危うく失神しそうなところだったので受け身を取る余裕も無かったのだ。


 僕は咳き込みながら己の失敗を反省する。

 今回の敗因は明らかだ。そう、僕らは以心伝心の間柄だと慢心していたのだ。


 以前読んだ本に、会社で新入社員に仕事を頼む際には『省略してはいけない』と書いてあったが、今回のケースもこれと同じだ。


 修理の仕事であれば『これを交換するから替えの新品持ってきて』と頼むだけではなく、『交換する為の工具も一式持ってきてね』と初心者にも分かるように頼むべき、と書いてあったのだ。


 熟練者であれば交換品だけでなく必要な工具も一緒に持ってくるところだが、何も知らない新入社員となるとその限りでは無い。

 一を聞いて十を知るのが当然、という考え方は依頼者の傲慢という事だ。


 そう――今回の悲劇は僕の言葉足らずが招いたことであって、フェリに悪意があった訳ではない。僕はフェリにも分かりやすく依頼をすべきだったのだ。 


 意識喪失直前で解放されるあたりに恣意(しい)的なものを感じなくもないが、それはきっと気のせいだ。僕の首が締まるような飛び方をしていた気もするが、それもただの被害妄想だ。


 まだ先のセクハラ発言の怒りが残っていたような気も……いや、気のせいだ!


 あと一歩で神国へ旅立つどころか天国に旅立つところだったが、今回は僕の頼み方に問題があったのだから文句など言わない。

 考えてみれば、頼み事をするわりには若干偉そうな態度だった気もするのだ。


「フェリさんフェリさん、他の運び方でお願いしても良いですか? なるべく僕が死なないような形でお願いします」


 僕は恨み言を口にすることなく、あくまでも平身低頭でお願いする。

 ここで『何をするんだモヤ次郎!』と文句を言っても、僕にとって悪い結果しか待っていないのだ。


「…………」


 モヤモヤ状態に戻ったフェリは、何を思ったか僕の頭上で静止した。

 一瞬だけその意図を思索したが、すぐにフェリがやろうとしている事を悟る。


「これで、良いのかな?」


 僕が両手を上に上げると、予想に違わずフェリは僕の手を包み込む。

 手を掴まれる感触を感じた、と思った直後には――僕の身体は宙に浮いていた。


 そう、僕の手を掴んで運搬するという訳だ。


 両手を掴まれて運ばれる僕。

 その姿は攫われているかのようだが、なぜか僕は奇妙な安心感を覚えていた。

 これは産まれる前の子供が胎内で感じるような安らぎに近いかも知れない。


 もちろん僕にそんな記憶は存在しないが、僕とフェリは召喚主と影という事もあってか、接触していると目には見えない繋がりを感じるような気がするのだ。


 ――――。


 壁の上まで行けば、後は簡単だ。

 行きと違って帰りは飛び下りるだけなので、フェリの力を借りるまでもない。


 僕が先んじて壁から飛び下りると、フェリが追い掛けるように飛んできた。


「フェリ、どうもありがとう」


 笑顔でお礼を告げると、黒い靄はゆらりと揺らめく。そして一瞬の内にマフラー形態へと変化して、スルリと僕の首に巻き付いた。


 ふふ……どうやら機嫌を持ち直してくれたようだ。なんとなくマフラーに触りたくなったが、そんな事をすればまた怒らせてしまう気がしたので自制する。


 なにはともあれ、これで神国入りである。


 壁の周辺には明かりが無いので真っ暗だ。

 神国の国境近くともなると電気も通っていない事から、電灯も存在しない。


 明かりが無いからこそ堂々と侵入出来ているのだが、生活の匂いがしない世界はどこか物寂しさを感じてしまう。国境の壁を伝って検問所に行けば兵士は居るが、逆に言えば検問所以外では人の気配が全く無いのだ。


 しかし……人気(ひとけ)がなくて寂しくはあっても、好都合な展開ではある。

 槍の投下直後という情勢から国境の警備が厳しくなっていることを想定していたが、これは順調な滑り出しだと言えるだろう。


 ちなみに――神国側の国境の壁に対して、武国は国境沿いを演習場とすることで侵入を抑制していた。不法入国すると軍事演習に巻き込まれるぞ、という訳だ。


 しかし演習場の消滅に伴って状況は変わった。

 神国の国境付近で演習を行うという挑発的な事をしていた武国だったが、今や武国政府は完全に屈服していると言っても過言ではない状態だ。


 これには武国の同盟国の影響が大きい。

 本来なら終末の槍を持つ同盟国に報復攻撃をしてもらうつもりだったらしいが、肝心な同盟国が傍観の構えを取ったのだ。


 民間人の被害が少なかったという事実も影響しているのかも知れないが、同盟国は〔終末の槍の打ち合いになること〕を懸念して慎重になっているのだろう。


 現在の武国は専守防衛の状態になっているので国内からは不満の声が上がっているが、僕にとっては悪くない状況だと言える。


 なにしろ武国は、終末の槍を恐れて空域の警戒を厳重にしているのだ。

 首都に居るリスティやレイリアさんの安全が保障されていれば、僕の方も安心して行動出来るというものである。


 国境付近の警戒が以前から厳しいものであったら槍を落とされることも無かった……とは思うが、全ては終わってしまったことだ。

 いくら悔やんだところで得る物は無いだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、二七話〔ガッテンな親友〕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ