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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第二部 吹き荒れる暴威

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二五話 許されざるセクハラ

 乗り合い馬車の終点地。

 そこはお世辞にも活気があるとは言えない町だ。

 しかし情勢を考えれば、町が閑散としているのも納得のいくところではある。


 ここは武国の北の外れ。数時間も歩けば神国との国境に辿り着くという場所だ。

 しかもつい先日、この町から遠くない場所に槍が投下されたばかりでもある。

 おそらくあの一件で町から逃げ出した住民も少なくないはずだろう。


 乗り合い馬車から降りた直後、ガウスが大きく伸びをしながら愚痴を漏らす。


「やっぱ馬車だと時間が掛かって仕方ねぇな」

「あの輸送車が特別だっただけで、本来はこれが普通なんだけどね」


 半日以上も馬車に乗っていれば文句を言いたくなる気持ちも分かるが、快適な電動車での移動が当たり前だと思ってはいけない。

 このガウスときたら、馬車内でも我儘放題だ。


 道中で退屈そうにしていたので僕の本を貸してあげても――『こんな下らねぇもん持ってくんな!』と突き返してくるほどの傍若無人ぶりだ。


 バンドル先生の〔恋人が百人できる本〕を一ページで投げ出すという堪え性の無さ。冒頭だけで駄作呼ばわりとは驚異的なニワカ野郎である。

 しかも一ページ目と言えば、『何よりも重要な事は、イケメン顔に生まれることです』という名言で始まる完璧な導入だ。


 そう、いきなり身も蓋もない真理から始まるという明け透けの無さである。


 バンドル先生の炎上を恐れない強気な姿勢は、他の追随を許さない。

 本の中身も先天的な要素を要求するものが多く、凡人には恋人を百人も作れないと思い知らせるような内容になっているのだ。


 とんだタイトル詐欺ではあるが、これは甘い考えを持つ読者を叩きのめす事で『喝!』を入れてくれているという愛のムチだ。

 現実を直視させる事で読者を成長させるという素晴らしい手法なのだが……ガウスは恋人を百人作れそうなのでバンドル先生の秀逸性が伝わらなかったのだろう。


 その点、もう一方の同乗者は不満の声を上げずに大人しくしていたので立派だ。


 寡黙な同乗者――僕の首に巻き付いたまま身動き一つしないフェリ。

 大人しくしていたというよりは寝ていただけという気もするが、馬車内をマフラーが飛び回るという怪奇現象が起きなかったことには安堵している。


 僕は馬車の中でもマフラーを着けていたので若干の不審者感はあったが、黒い靄がモヤモヤしている状態や黒球を抱えている状態に比べれば自然な範疇だろう。


「移動で時間は掛かったけど、辺りが暗くなってきたから条件的には都合が良いんじゃないかな」


 もう夕方になっているが、僕とガウスはこの町で宿を探す気はない。


 何を隠そう、今夜中に神国へ密入国するつもりでいるのだ。

 これから国境に向かえば、到着する頃には夜闇が訪れているはずなので、こっそり忍び込むには絶好の条件だと言えるだろう。


「帰りは馬車へ乗らずに走って帰ろうぜ。その方がよっぽど早くて楽だ」

「もう帰りのことを考えてるなんて余裕だね。いや、頼もしいと言うべきかな?」


 これから敵国に侵入しようとしているのに気負いがないのは大したものだ。

 それもただの不法入国ではない。最終的には、神王の首を取る予定だ。


 しかも神国出身である僕とは違って、ガウスにとっては初めての神国となる。

 見知らぬ敵地に向かうのに余裕綽々の態度とは、実に頼もしいものだ。


「さて、と……神国に行く前に寄りたいところがあるんだけど、ちょっと寄り道しても良いかな?」

「……ああ。いいぜ」


 寄り道の詳細を聞くことなく、ガウスは二つ返事で了承した。

 僕が言い出さなければ、ガウスの方から切り出していたような気もする。


 そこは僕たちにとって特別な場所だ。

 そこに僕が行くことに実質的な意味はないが、近くまで来ておきながら寄らないという選択肢はない。


 ――――。


 そこには、何も残っていなかった。

 木々のざわめきも動物の鳴き声も、そこには何も無い。そこに存在していたはずの〔山〕が消えているのだから当然だ。


 消失しているのは山だけではなく――クラスメイトたちが居たはずの演習場も、跡形もなく消え去っている。


 武国を発って神国へ向かう前に、この惨状を自分の目で確かめたかった。

 友人が死んだという事実を、人伝に聞いただけでは納得できなかったのだ。


 ずっと現実感が無いままだったが、この光景を見れば理解せざるを得ない。


 山が消えているばかりか、一帯の大地がすり鉢のように(えぐ)れている。

 この壮絶な状況下で生存者がいるはずもない。……僕とガウスが生き延びたことが不思議でならないほどだ。


 五十年前に槍が投下された場所は、現在でも草木が生えない死地になっていると聞く。この場所も、新しい生命が生まれない土地になってしまったのだろう。


 終末の槍は……この力は、この世界に存在してはいけない力だと思う。


「これでよく生きてたもんだな」


 槍の跡地を見ながらガウスが呟く。

 その声からガウスの感情は読み取れない。


 ガウスは自分の弱さを見せることを嫌うので、どれほど辛くともそれを表に出したりはしないだろう。


「無事に助かったのは僕の日頃の行いが良いからじゃないかな?」


 僕は普段通りに言葉を返す。


 ガウスとは別の意味で、僕も負の感情を押し殺している。

 僕のせいで友人が犠牲になった可能性があるのだから、僕に彼らの死を悲しむ資格はない。悲しむことで罪悪感を薄めることは、僕には許されない。


「普段からロクな事しねぇくせに何言ってやがる……。まぁいい、そろそろ行こうぜアロン」


 ガウスはそう言って、おもむろにバッグから黒いバンダナを取り出す。

 そして流れるような動作で――自慢の金髪を覆い隠すようにバンダナを巻いた。


「……なんだよ。目立つからしょうがねぇだろ」


 僕の視線に対して不貞腐れたように返すガウス。


 ガウスが自身の金髪を誇りに思っていることを、僕は知っている。

 武国で金髪は珍しいので幼少期には心無い言葉を投げられることもあったが、それでもガウスは髪を隠すようなことはしなかった。


 そのガウスが自分の信条を曲げて、神国潜入を成功させる為に自慢の金髪を隠している。完全に髪が隠れている訳ではないが、そんな事は問題では無い。

 

 この行動に込められた意味が、僕に伝わらないはずがない。……思わず胸が震えてしまったが、過剰な反応はガウスの想いに対して失礼だろう。


「……バンダナが似合ってるって思っただけだよ。まるでどこかの盗賊みたいだ」

「それで褒めてるつもりかよ……」


 大袈裟過ぎない適度な褒め言葉を送ると、相変わらずの憎まれ口が返ってきた。

 僕の親友はシャイボーイなので照れ隠しを言わずにはいられないのだ。


「それにしても……僕が黒いマフラーで、ガウスが黒いバンダナか。お揃いなのは良いけど、本当に盗賊団みたいだね」

「神国から俺たちを見たら似たようなもんだろ」


 品行方正に生きている僕が犯罪者扱いされるのは遺憾だが、これから先の事を思えば反論できないところではある。


「そう考えると、顔を隠す為にマスクでもした方がいいのかな?」

「広域手配される前に神国を潰しちまえば問題ねぇだろ」


 大雑把な意見だが、実際に時間を掛けるつもりはないので間違ってはいない。


 それに神国視点では重犯罪者であったとしても、僕は信念を持って行動している。こそこそ逃げ隠れせず、堂々としていたいという想いもあるのだ。


「そうだね。まぁ、最悪の場合はマフラーで口元を隠せるからいいかな。――おっと、それではフェリにファーストキスを奪われてしまう事になるかな? はははっ……っぐぇぇ」


 上機嫌で軽いジョークを飛ばすと――マフラーと化していたフェリが動いた。

 二度と軽口を聞けなくしてやるとばかりに首を締め付け、僕が失神する直前にようやく力を緩めてくれた。


 ……いや、これは失敗失敗。

 つい調子に乗ってセクシャルな発言をしてしまった。フェリが『ミートゥー!』と言っているのが聞こえてくるようである。


 軽率な発言で意識させてしまったのか、フェリは気体に戻って僕から距離を取っているという有様だ。槍の跡地には人がいないので構わないが……落ち着いたらマフラー状態に戻ってくれるだろうか?


「何やってんだよお前らは……」


 ガウスが呆れ果てた声を飛ばしてくるが、神国潜入前に仲違いをしている現状では何も言い返せないところだ。


 しかし、フェリは気体ではあっても異性だ。

 異性と価値観の違いで衝突することくらいは大目に見てほしいものである。


 今でこそガウスは黒猫のシュカと上手くやっているようだが、いずれはガウスたちも価値観の相違でぶつかる時は訪れるはずなので、その時にはガウスにも僕の気持ちが分かることだろう。

 さて、とりあえずは……フェリ先生のご機嫌を取らせていただくとしよう。


明日も夜に投稿予定。

次回、二六話〔軽やかな侵入〕

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