二三話 暴走するお姉さん
ガウスと意志を交わした後には、また自分の病室へと戻った。
暇を持て余していたガウスに加え、気を遣って離席していたリスティも一緒だ。
まったく動いてはいないが、フェリも僕の頭上にどっしりと鎮座したままだ。
フェリはガウスと話している最中にも強い存在感を放っていたのだが、動じない親友は一言もフェリについて言及していない。
まだフェリとはパートナーになって間もないにも関わらず、ガウスは違和感なくフェリの存在を受け止めているようだ。
そして、こうして僕の病室に集まっている理由は他でもない――僕とガウスの今後の行動について相談する為だ。
だが、まだ役者は揃っていない。神国潜入計画について身内に相談するつもりだが、この場にはもう一人だけ足りていない。
「――――アロン君!」
病室の扉を勢いよく開けて顔を見せたのは、僕の家族のような存在だ。
リスティと一緒に瀕死の僕を救出してくれただけではなく、極秘裏に入院までさせてくれている優しいお姉さん――レイリアさん。
彼女を抜きにして話を進める訳にはいかない。
本来の計画であればレイリアさんには何も告げずに武国を発つ予定だったが、この状況下で僕が行方不明になれば多大な心配を掛ける事になる。今回の一件でも並々ならぬ恩を受けてしまったのだから、もはや不義理な真似はできない。
それに……正直、前々からレイリアさんと黙って別れることには抵抗があった。
ちょうど良い機会なので、この際に全てを話してしまうつもりだ。
そしてレイリアさんの動きは早かった。
ベッドに座っていた僕が立ち上がる間もなく、彼女は疾風の如く駆け寄る。
一瞬で僕の眼前に移動したかと思えば――ベシッとフェリを叩き飛ばした!
フェリを叩き飛ばした直後、邪魔者は消えたとばかりに僕を力強く抱き締めた。
「良かった……アロン君」
ふ、ふむ……どうやら無意識の内にフェリを排除してしまったらしい。
僕を抱き締めてくれるレイリアさんは、フェリを一顧だにしていないのだ。
フェリが怒っているように中空でボワボワしているが、彼女には悪気は無かったはずなので許してもらいたいところだ。
僕が視線でフェリを宥めていると、レイリアさんが声を震わせて言葉を紡ぐ。
「絶対に目が覚めるって、信じてたよ……」
「……心配掛けて、ごめんなさい」
僕が出向いた先に大量破壊兵器が投下された――それを知った時、レイリアさんはどんな気持ちだったのか。
これがもし逆の立場だったならば、僕はとても正気ではいられない。
それを想像するだけで、絶望の闇に突き落とされるような気持ちになる。
自分の意思で危険に身を晒したわけではないが、そんな事は問題ではない。
実際にこうして心配を掛けてしまった以上、全ての責任は僕にある。
「ううん、アロン君は悪くないよ。悪いのは全部、神国とガウス君よ」
ん、んん?
な、なぜガウスが悪い事になっているのだろう……?
もしかして、ガウスを庇ったせいで僕が重傷を負ったと考えているのかな?
しかし……これではガウスが犯行グループの一人であるかのようではないか。
「いえいえ、ガウスは悪くないですよ。傲岸不遜なイケメン野郎ではあっても道義に外れた真似はしませんから。悪いのは全て神国ですよ」
もちろん親友の不名誉を捨て置くはずもない。
無二の友として即座にフォローである。
ガウスは「俺に喧嘩売らなきゃ気が済まねぇのかよ……」と不満げな声を漏らしているが、いつもの如く照れているだけだろう。
「うん……神国の人間はちゃんと皆殺しにするつもりだから、アロン君はちょっとだけ待っててね?」
苛烈な報復計画が進行している……!?
母親が子供に『ちょっとだけ留守番しててね?』と言い聞かせるかのような声調だが、その内容は比較にならないほど物騒だ。
『ちゃんと皆殺しにする』なんて恐ろしいフレーズがこの世に存在していたのか……。普通に生きていれば一生聞くことがないフレーズだ。
そういえば……僕の入院中にレイリアさんが病院に居ないことに違和感があったが、もしかすると恐怖の皆殺し計画を進めていたからなのだろうか?
「ま、待って下さい。悪いのは権力者だけですから皆殺しになんかしたら駄目ですよ。……それに、神国には友人もいますから」
「……友人?」
神国に僕の友人が存在している事を不思議がっている様子だ。
普通に生きていて神国に友人を作れるはずがないので、当然の疑問だろう。
だが、これはいい機会だ。
どのみちレイリアさんには事情を話すつもりだったのだから、この話の流れで説明させてもらうとしよう。しかし、その前に――
「レイリアさん、離してもらっていいですか?」
そう、僕はまだレイリアさんに抱き締められている状態だ。
とても真面目な話をするような体勢ではないし、流石にいつまでもこの状態では気恥ずかしい。この部屋にはリスティやガウスも居るのだ。
僕のお願いを受けて――レイリアさんは軽やかに動いた。
それはさながら流水。
僕の身体を軽く持ち上げたかと思えば、流れ込むように僕と体勢を入れ替えた。
今やベッドに座るのはレイリアさん――そう、僕はお姉さんに後ろから抱きかかえられている状態である。
「それで、なにかなアロン君?」
こ、この状態で話すのか……。
何事も無かったように会話を続けているレイリアさんの様子からすると、どうやら僕に拒否権は無いらしい。
ガウスの呆れている視線とリスティの冷え切った視線が突き刺さっているが、レイリアさんは全く周囲に意識を向けていない。
しかしレイリアさんが弟成分を補給したくなったのは、心労をかけてしまった僕のせいだ。多少恥ずかしくとも、甘んじて受け入れるしか無いだろう。
――――。
「――駄目です。神国へはガウス君一人で行ってもらいましょう」
一刀両断。
珍しくも有無を言わせない厳しい口調だ。
神国に潜入するという意思を告げた途端、間髪入れずに否定の言葉である。
予想はしていたが、僕が危険な場所に向かうことが我慢ならないようだ。
そして相変わらずガウスに対して厳しい。
そもそもガウスは僕の付き合いで神国に行く予定だったのだから、ガウスが一人で行くとなると何がなんだか分からないものがある。
「兄さん、約束を忘れたんですか?」
当然のようにリスティも反対している。
その視線は凍えるほどに冷たく、厳しい。
本来はリスティが影を手に入れてから一緒に行く約束だったので、可愛い妹が静かな怒りを見せているのも当然の事だろう。
だが、今や状況は変わった。
リスティの影召喚は一年後――この国際情勢で、一年も待つわけにはいかない。
今ならば成功の目算はある。
僕が動くべきは、今この時だ。
二人が僕を心配してくれる気持ちには胸が温かくなるが、何を言われようとも僕は意思を曲げるつもりはない。
簡単に納得してもらえるとは思わないが、一応は説得材料もある。
二人の迫力に怯むことなく、正面から説き伏せさせてもらうつもりだ。
明日の投稿で第一部は終了となります。
次回、二四話〔厄災の二人〕




