二二話 見透かす真意
武国の弱腰対応について沈思していると、ガウスは武国民の反応について語る。
「当たり前だが、政府の対応に世論は猛反発してるぜ。ランズバルト家なんかは主戦派の筆頭格だな」
民衆が武国政府に反発するのも当然だ。
それでなくとも武国の人間は好戦的な気質なのだから、自国に大量破壊兵器を落とされて黙っているはずがない。
しかし……ランズバルト家か。
これはやはり、レイリアさんの意向も影響しているのだろう。
ランズバルトの家は一人娘に甘い。
そしてレイリアさんは弟分の敵対者に容赦しない傾向がある。レイリアさんが両親に『神国、潰すべし!』と働きかけている可能性は高いはずだ。
状況説明が終わって情報が浸透した直後。
僕が胸の内で今後の方針を決めていると――不意に、ガウスはニヤリと笑った。
「アロン、神国に行くつもりなんだろ?」
突然の直球に、僕は息を呑む。
僕は自分の事情についてガウスに語ってはいない。この流れで僕が神国に向かうという話になるのは不自然だ。
ガウスは誤魔化しを許さないように畳み掛ける。
「とぼけても無駄だ。アロンは神国と因縁があるんだろ? そんな事は近くで見てれば分かる」
洞察力に優れたガウスだけあって、僕の隠し事はお見通しだったようだ。
しかも切り出すタイミングが絶妙だ。
まさに僕が神国に潜入することを考えていたタイミングだった。……こうなればガウスに事情を話さざるを得ないか。
ガウスを巻き込みたくはないが、この状況で下手に隠し立てをするのも悪手だ。
この親友は想定外の行動を取りかねない。
そしてなにより……ガウスには、全てを知る権利があるとも言えるのだ。
――――。
「そうか。いかにも神国がやりそうな事だな」
僕の生い立ちや目的について長々と語ったが、それを聞いたガウスの反応は拍子抜けするほどあっさりしたものだった。
ガウスには全く驚きが感じられないので、元から僕とリスティの素性について見当を付けていたのかも知れない。
そして生い立ちと目的を語っても、まだ僕の話は終わっていない。
「神国が終末の槍を投下したのは……あの場に、僕が居たからかも知れない」
この事実を告げないわけにはいかない。
神国は裏切り者に対して苛烈な措置を取る。
神国がどこまで僕の情報を掴んでいたのかは不透明だが、武国の異性体持ちの一人が神国からの脱国者だと知られていたとしたら問題だ。
その事実が〔槍の投下への最後のひと押し〕になったのかも知れないのだ。
ガウスに憎まれる事になろうとも、この推論は伝えておかなければならない。
「……ったく、下らねぇこと言ってんじゃねぇよ」
その言葉は小馬鹿にしているようで、僕を元気付けているようでもあった。
ガウスはいつもの不敵な笑みを浮かべて続ける。
「自惚れてんじゃねぇよアロン。神国が狙ったのは俺に決まってんだろ」
ガウスは自身の天才性を恐れて神国が動いたと主張しているが、この親友は国内の一部では有名であっても国外にまで名が轟いているという事はない。
もちろん当人にもそれは分かっているはずだ。
この無茶苦茶な発言の意図は言うまでもなく――僕に気を遣わせない為だ。
こちらには『もっとマシな言い訳をしろ』などと言っておきながら、こんな下手な言い訳でよく僕に文句が言えたものだ。……本当に、困った男だ。
こうなれば、僕の取るべき手は一つだ。
「おいおい、自惚れているのはガウスの方じゃないか。そんな台詞は一度でも僕に勝ってから言うものだよ」
親友が軽く流すつもりなら、僕も遠慮なく乗らせてもらうまでだ。
実際、僕が気に病んでいたところで気を遣わせてしまうだけだろう。
「調子に乗りやがって……。決着をつけてやりたいところだが、アロンはすぐに神国へ行くつもりなんだろ?」
やはりガウスは話が早い。
本来なら僕とリスティが影を手に入れてから武国を発つ予定だったが、この状況で悠長な手段を選んでいられない。
武国政府が戦争回避の方針だとしても、それで全てが解決する話ではない。
国際法で禁じられている兵器を使用した事で〔世界連合〕が動くことは間違いないし、武国内にしてもこのまま収まるとは到底思えないのだ。
武国民は血の気が多い性質があるので、武国内の世論が報復の方向に傾いていく可能性は極めて高いはずだろう。
そうなると心配なのは、今も施設に囚われている友人たちだ。
神国の施設出身、それは神国の主戦力という意味でもある。神国を中心に戦争が起きてしまえば、まず間違いなく施設の友人たちが駆り出されることになる。
ならば呑気にはしていられない。
国際情勢が逼迫しているのであれば、戦争が起きる前に友人たちを救出しなければならない。……僕に残された時間は多くないはずだ。
計画を早めることになるが、勝算はある。
フェリの固有能力。
あの絶大な力を借り受ければ、僕一人であっても計画の遂行に支障はない――そう、リスティには申し訳無いが、神国には僕とフェリだけで向かうつもりだ。
影を持たないリスティを連れて行くわけにはいかないという点と、もう一つ。
現在の僕は死亡した事になっている。つまり他国で問題を起こしても武国に迷惑が掛からないという立場なのだ。
神国へ潜入するなら今の立場はうってつけだ。
「――俺も神国に行くぞ」
僕の心中を見透かしたように、ガウスは力強く一方的に宣言した。
その言葉に込められた意思は強い。
冗談や気紛れではないのは明らかだ。
しかし、それを認めるわけにはいかない。
「僕が神国に行くつもりなのは認めるよ……だけど、無関係なガウスを巻き込むことは論外だ」
純粋な戦力としての条件ならガウスは最適だ。
なにしろガウスは、僕と同じく死亡扱いになっている。仮に計画が失敗して捕えられたとしても、武国への影響が少ない。
そして、なにより――ガウスは強い。
神国の施設出身者で構成されている部隊。
武国の一般的な影持ちでは相手にもならないほどの実力者揃いだが、ガウスなら引けを取ることはないはずだ。
選別された子供が集まっていた施設。
その中であっても、僕とリスティの存在は群を抜いていたものだった。
そしてこの親友、ガウスは――リスティと互角に張り合える実力者だ。
ガウス本人は年下の女の子と拮抗しているという事実が不満なようだが、リスティを知る者からすれば尋常な事ではない。
影を持たないリスティでも、部隊の影持ちと一対一なら負けないと予想しているほどなので、影を持つガウスなら複数の影持ちを相手にしても圧倒するはずだ。
だがそれでも、ガウスの安全が完全に保証されるわけではない。
僕やリスティはともかく、無関係なガウスに命を賭ける理由は無いのだ。
「勘違いしてんじゃねぇよ。俺はやられっぱなしが気に食わねぇだけだ。――まぁ、ついでにアロンの用事に付き合ってやっても良いけどな」
あくまでも自分の都合だと言い張るつもりらしい。おそらくガウスは、これで槍の一件の借りを返すつもりでいるのだろう。
実に困った友人だが、これでガウスは頑固な男なので説得は極めて難しい。
このガウスという男は、本当に一人で神国へ向かいかねないところがあるのだ。
思うところはあるが…………ここは厚意に甘えさせてもらうとしよう。
「……ありがとう。この国に来て……ガウスと会えて、本当に良かったよ」
「あーっ、やめろやめろ。ったく、よくそんな事を恥ずかしげもなく言えるな」
ガウスは悪態を吐いているが、僕には何も恥ずかしい事などない。
しかし、これは一言言ってやらねばなるまい。
「おいおい、何が恥ずかしいんだよ? ――まさか、ガウスの存在が恥ずかしいって言うのか? いつもズボンのチャックが全開の公然猥褻野郎だって言うのか!? いくらガウスでもガウスを馬鹿にするのは許さないぞ!」
「俺を馬鹿にしてるのはお前だ! ったく、いつもいつも急に変なスイッチ入れやがって……」
いかんいかん、話している内にヒートアップしてしまった。
ガウスを想うあまりガウスを責めていては本末転倒だ。いつも冷静沈着な僕を狂わせるとは……まったく、ガウスは罪な男である。
あと二話で第一部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、二三話〔暴走するお姉さん〕




