二一話 変わらない親友
しかし本当に頭が重い。
これはフェリを頭に乗せているせいではなく、僕が昏睡状態だったからだろう。
「僕はしばらく寝てたみたいだけど……あれからどれくらい経っているのかな?」
「一週間です」
一週間、か……。
間髪入れずに返ってきた答えに、思わず絶句してしまった。
長くとも二日くらいだと予想していたが、僕の想定以上に期間が長かった。
これではリスティに心配を掛けるのも当然だ。
「そっか……心配掛けてごめん。でも、なんで起きなかったんだろう?」
一週間も寝たきりとは尋常ではない。
実際に異常事態が起きたわけではあるが、僕の身体には外傷らしい外傷も残っていないので尚更にピンと来ないのだ。
「……私とレイリアさんが発見した時には、兄さんは死んでいるとしか思えない状態でした。意識の回復が遅れたとしても不思議ではありません」
「ちょ、ちょっと待って、リスティとレイリアさんが僕を見つけてくれたの?」
不穏な情報も気になったが、それよりも先に根本的な事が気になった。
なぜリスティとレイリアさんがレスキュー隊のような真似をしているのか?
「終末の槍が投下された場所は残存魔力が高く、余人では立ち入れない状態になっていましたから」
そうか……そういう事か。
言われてみれば、終末の槍の恐ろしさは一撃の破壊力だけではない。
槍が投下された場所は、重油のように濃密な魔力が残り続けるせいで草木も生えない死地になってしまうと言われている。
槍の投下直後ともなれば、その地は常人が踏み込める土地ではない――そこで、屈指の魔力抵抗を誇るリスティたちが救出に赴いてくれたという訳なのだろう。
「そうだったんだね……ありがとうリスティ。レイリアさんにも後からお礼を言わないとね」
二人が来てくれたのは槍が投下された場所だ。
生存者がいるはずのない場所。そんな場所に、リスティたちは生存を信じて救出に来てくれたのだ。……二人の想いには、本当に頭が上がらない。
「いえ、構いません。それに……あの場に向かったのが私たちだけだったのは好都合でした」
「好都合って?」
「兄さんとガウスさんの生存を世間に伏せておく必要がありましたから」
その言葉の意味を一瞬だけ考えた。
そして、僕はリスティの言外の言葉を理解した――理解してしまった。
僕に余計な思考をさせまいとするように、リスティは話を続ける。
「あくまでも可能性です。いずれにせよ兄さんが悪い話でもありません」
その言葉には主語が抜けていたが、言うまでもなく僕には分かっていた。
僕とガウスの生存を隠しておくという意味。
それは、対外的には〔異性体持ちは死亡した〕と偽装しているという事になる。
……わざわざそんな事をする理由は明白だ。
終末の槍が投下された目的は――異性体持ちの殺害だった可能性があるからだ。
想像の段階に過ぎないが、その可能性は充分にあると言わざるを得ない。
遠くない未来に戦争が再開される可能性があるのが現状だ。
そんな状況下で敵国に異性体持ちが二人も現れたとなると、神国がリスクを冒して暴挙に踏み切る可能性はある。
武国内で異性体持ちが現れたという情報はそれなりに広まっていたので、神国の耳に入っていたとしてもおかしくはない。
そしてそれは……僕のせいで級友たちが巻き込まれた、という事を意味する。
途轍もない罪悪感で僕の全身から力が抜けていくと、頭上のフェリが少しだけ浮いて――ドスッと、喝を入れるように頭を叩いた。
――そうだ。フェリの言う通りだ。
まだ推測の段階でしかない事で落ち込んでいる場合ではない。
今の僕にはやるべき事が山ほどある。
何から手を付けていくべきか迷うが、まずは親友の無事をこの眼で確かめたい。
――――。
「おう、アロン。やっと起きやがったか」
ガウスの病室を訪れると、予想に反して元気そうな声が飛んできた。
親友同士の感激の再会に配慮したのかリスティは同行していないが、この様子なら席を外すまでも無かったようだ。
一週間ぶりに会うはずなのに『目が覚めたか親友!』と抱擁を求めるわけでもなく、ガウスは平素通りの対応なのだ。
僕が再び目覚める事を確信していたのだろうが、普段と変わらないガウスの態度にはホッとさせられて嬉しい。
こうなれば僕も普段通りに返すのみだ。
「やぁやぁガウス、元気そうで何よりだよ。病院に缶詰だって聞いたけど、もういつでも退院出来るんじゃないかな?」
ガウスも相当な重傷だったらしいが……僕が盾になっていたのと、本人の魔力抵抗の高さから、なんとか一命を取り留めたとの事だ。
僕と同じく怪我の痕跡が残っていないのは、ガウスにもランズバルト家が〔治癒石持ち〕を手配してくれたからなのだろう。
秘密裏に入院させてくれたばかりか、治療まで施してくれたランズバルト家。
この至れり尽くせりの対応には恐縮しきりだ。
それにしても……こんな状況でも、ガウスが留まり続けているのは意外だ。
停滞を嫌うガウスなら、制止を振り切ってでも強引に退院しそうなものだ。
「なに言ってやがる。アロンが起きるのを待っててやったんだろうが。……まぁ、借りも出来たからな」
どうやらガウスは、僕が槍から守ろうとした事を恩義に感じているようだ。
だが、これは僕にとって望ましい事ではない。
友人とは常に対等な関係で在りたいと思っているので、ガウスを貸し借りで縛るような真似はしたくないのだ。
ここは適当に誤魔化しておくべきだろう。
「『借り』とは、槍が落ちた時のことを言っているのかな? あれはたまたま倒れたところにガウスが居ただけさ」
「もっとマシな言い訳しろよ……。それより、今回の件をどこまで聞いてる?」
僕の誤魔化しにダメ出しをしつつ、ガウスは真面目な顔で問い掛けてきた。
今回の件とは言うまでもなく、終末の槍が投下された件の事だろう。
「神国が終末の槍を落として……生き残ったのが、僕たち二人だけと聞いてるよ」
改めて言葉にした途端、抑えていたはずの喪失感に襲われた。
魔術石を得て嬉しそうにしていたメガネ君、ドーナツを美味しそうに食べてくれたモブ君……彼らとは、もう二度と会えないのだ。
そんな僕の胸中を知ってか知らずか、ガウスは淡々と話題を続ける。……いや、泣きそうな僕に気付いていても気付かないフリをしてくれているのだろう。
「じゃあ、今回の一件は事故って扱いになってんのは知らねぇんだな?」
「……それは、どういうこと?」
「言葉の通りだ。神国はあれを事故だと言い張ってんだよ。しかも武国の方も賠償金を受け取って終わりにするつもりらしい」
あまりに信じ難かったので聞き返したが、返ってきた言葉は変わらなかった。
武国の軍事施設に槍を投下しておいて『事故』などという言い分が通るのか?
しかもそんな言い分を武国が受け入れているとは……信じたくない話だ。
言葉が見つからずに絶句していると、ガウスは感情を込めずに話を続ける。
「市街地に槍が落ちてれば話も違ったんだろうが、今回は人里離れた軍事施設だからな。腰が引けてる政府は金を貰って終わりにしたいんだろうよ」
この武国という国は終末の槍を保有していない。
実質的に槍を持つ同盟国に依存している形だ。
自国が終末の槍を持っていないが故に……今回の件で、槍の威力に恐れをなしてしまったという事なのかも知れない。
あと三話で第一部は終了となります。
明日も夜に投稿予定。
次回、二二話〔見透かす真意〕




