十七話 偽装する模擬戦
「次は異性体か。ワシはどちらからでも構わんぞ」
巨漢のおじさんは戦闘後であっても余裕綽々だ。
どうやらカマ吉に負わされたダメージは問題にならないという事らしい。
強者との戦闘を好むガウスが何かを言い出す前に――僕は先んじて前に出る。
「モブ君、カマ吉の仇は僕が討つよ」
友人の仇討ちという熱いシチュエーションをガウスに譲るわけにはいかない。
物語のようなドラマチックな展開が好きな僕にとっては、絶好の機会だ。
「……へ、へっ、しゃあねぇな。デカブツは譲ってやんよ!」
カマ吉がやられて消沈していたモブ君だったが、あっという間に強気なモブ君に元通りだ。この立ち直りの早さは得難い資質だと言えるだろう。
もう一人の友人であるガウスは黙って順番を譲ってくれたが、その興味深そうな様子からするとフェリの戦闘手腕が気になっているようだ。
実際、僕もフェリの戦闘能力には興味がある。
物理攻撃が効かないので物理一辺倒の相手では手も足も出せないはずだが、果たしてフェリはどのような闘いぶりを見せてくれるのか。
これまで判明したフェリの攻撃方法は――モヤモヤ状態からの圧縮締め付け攻撃、球体状態からのボウリングアタック、の二種類だ。
いずれも僕が被験者となっているのが気になるところではあるが、感覚的にフェリは他にも手札を持っている気配がある。
そしてなにより気になるのが固有能力だ。
フェリも他の影のように固有能力を有している可能性は高い。
球体への変化が固有能力である可能性は否定できないが、どちらかと言えば生物が体勢を変えることに近い気がする。これが固有能力とは思えない。
「ほぅ、次はけったいな影か。安心するがいい、異性体を消滅させるような真似はせんぞ」
僕とフェリが次の相手と分かっても、巨漢のおじさんは余裕の態度を崩さない。
物理攻撃が効かないというフェリの特性は軍に報告済みだが、このおじさんはフェリに脅威を感じていないようだ。
もしかすると、おじさんは何らかの魔力攻撃手段を持っているのかも知れない。
「――よぉし。フェリ、ゴー!」
意気揚々とフェリをけしかける僕。
フェリだけを闘わせるという事に罪悪感を覚えるものはあるが、今回は影の力を測る為なので仕方がない。
「…………」
しかしフェリは動かない。
もしかして、ワンちゃんのように命令されたのが気に障ったのだろうか?
昨日寝る前に〔今日から君はトップブリーダー〕という本を読んでいたのが裏目に出てしまったのか……!
「どうした小僧、来ぬのか?」
くっ、まずい……。
おじさんが不審そうな目でこちらを見ている。
このままでは影の能力測定で〔計測不能〕の判定を貰ってしまいかねない。
これは由々しき事態だ。制御不能の影と判断されれば今後の活動に差し障る。
そんな事になれば国の警戒対象になるのは間違いないし、危険で制御不能な影ともなれば処分対象となる可能性だってゼロではない。
早急にフェリのご機嫌を取るべきか……いや、間に合わなかったら取り返しがつかない。かくなる上は、あの手を取るしかない。
僕は大きく息を吸い込む。
「なんだこれは、身体から力が溢れてくる――」
大声でパワーアップをアピールしてしまう僕。
突然の謎発言に注目が集まるが、僕は気にすることなく名演技を続ける。
「――そうか、これが僕の影の力なんだ!」
そして独り言を言っている体でアピールポイントを大声で知らしめた。
これはつまるところ、僕の影は戦闘に協力してくれているというメッセージだ。
僕の狙いは一つ――そう、影を制御しているフリである……!
フェリが制御不能な存在と思われてしまうと国から警戒されてしまうので、僕がひと芝居打って警戒を解こうという算段だ。
幸いなことにフェリは前例の無い存在。
召喚者の僕が『フェリパワーで強くなりました!』と言い張ってしまえば、誰にも確かめる術はないのだ。
「僕は影のおかげで元気百倍です。どこからでも掛かってきてください!」
「ほ、本当か……?」
おじさんは僕の言葉を怪しみつつも、嘘と断じるだけの確証がない様子だ。
その点、付き合いの長い親友は違う。
ガウスは『適当なこと言いやがって』と完全に嘘吐きだと決めつけている目で僕を見ている。まったく、親友の言葉が信じられないなんて……嘆かわしい!
残る問題は〔僕の力だけで白熊に勝てるかどうか〕だけだが、これはある意味では好都合な展開でもある。
軍の教官という事は、武国の中でもそれなりの実力者だと思われる。そう、弱体化している僕の力を試すには手頃な相手だと言えるのだ。
将来的に僕は、神国に潜入して施設の友人たちを解放しなくてはならない。
そして神国には常軌を逸した影持ちが存在している。この程度の障害を一人で乗り越えられないようでは、僕に未来などない。
「では、僕の方から行きますよ」
おじさんは躊躇しているので、こちらから仕掛けて力を示すとしよう。
僕は一足飛びで距離を詰める。
僕の速度に驚いたのか、おじさんが目を見開いているが――構うことなく、速度を乗せた蹴りを白熊に打ち込んだ。
――ドゴッ!
爆発音のような打撃音と共に白熊は数メートル後退するが、やはりと言うべきか影が消失するような事はない。
分かってはいたが、こうして動いてみると身体能力の低下を実感させられる。
重しを付けられているように身体が重い。
全力で踏み込んだのに不安になるほど遅かった。
なにより、完璧な一撃を入れたにも関わらず――白熊が消失していない。
「……その人間離れした動き。影の助力を受けているのは偽りではなかったか」
だがおじさんの目を欺くには事足りたようだ。
元から僕の魔力量が膨大だったのが幸いした。
普段より弱体化していても、それでも常人の身体能力を上回っているのだ。
しかし旧友の目は誤魔化せない。
ガウスは僕に怪訝な目を向けている。……フェリを得て弱体化した事は告げていなかったが、流石に闘っているところを見られては誤魔化せないようだ。
ライバルが弱くなっているので面白くなさそうな様子だが、僕の意図を察しているのかガウスが口を挟むことはない。
ちなみに本来なら白熊と闘っていたはずのフェリはと言えば、僕の戦闘に興味があるのか天井近くまで浮遊して観戦している。
パートナーが高みの見物を決め込んでいる事に思うところはあるが……まぁ、どことなく楽しそうな様子なので良しとしよう。
「多少の怪我は覚悟してもらうぞ」
闘うに値する敵と認めたのか、おじさんは本格的に白熊を操り始めた。
薙ぐような大振りの一撃――躱す。まだ僕の力量を測りかねているのだろう、その攻撃は大雑把なものだ。
僕はお返しとばかりに巨体へ拳を打ち込む。
「ぬっ……」
あっさり僕から反撃を受けたことで気を引き締めたのか、白熊は熟練の格闘家のような細かい拳打に切り替えた。
その動きはまるでボクサーのよう――そう、白熊ボクサーの誕生である。
しかしそれでも僕には当たらない。
僕は拳打の隙間を縫うように着実に攻撃を加えていく。……客観的に見れば、僕は順調に攻勢を進めているように見えるだろう。
だが、僕は内心で大きな問題に直面していた。
ゴスッ、ゴスッと白熊の身体に入る攻撃。
一方的に打たれ続ける姿はまるでサンドバッグ。
僕が現在抱えている問題とは他でもない――そう、動物を虐待しているような罪悪感に襲われていたのだ!
これはなんたることだ……。
以前にも生物型の影持ちと闘ったことはあったが、これまでは一撃で消失させていたので気に病んだことはなかった。
しかし今の僕ではそうはいかない。
ダメージを蓄積させねば影の消失は叶わない。
動物の形を模しているだけの道具に過ぎないと分かってはいても、それでも胸が痛くなるのは避けられないのだ。
――いや、ここで怯んでいてはいけない。
大願を成就する為には、手を汚さざるを得ない状況になる可能性もある。
むしろ今回は、かなり恵まれたケースだと言えるだろう。
なにしろ相手は見るからに手強そうな白熊だ。
これが愛玩動物の影であれば、闘いにくさは白熊の比ではないはずだろう。
それでも、いざという時が来れば僕に泣き言は許されない。
仮に相手が仔猫の影であったとしても、容赦なく闘わなければならないのだ。
仔猫を一方的にボコボコ蹴り続ける僕――――うむ、通報案件!
……いかんいかん。釈放後も動物愛護団体に嫌がらせを受け続けるという恐ろしい想像をしている場合ではない。
巨漢のおじさんの雰囲気が変化している。
嫌な予感だ。ここは一度距離を置くべきか。
直感に従って大きく後退した直後――自分の感覚が間違っていなかった事がすぐに証明された。
それは紛れもなく、固有能力。
白熊が大口を開けたと同時――――極寒のブリザードが放たれた。
学生相手に使うだけあって即死する類の技では無いが、目も開けていられないような猛吹雪だ。至近距離で数秒も浴びてしまえば運動能力の低下は免れない。
「ほぅ、勘がいいな小僧」
おじさんは僕が事前に察知したことを褒めつつも、一気に決めるとばかりに白熊を猛進させる。僕は壁際まで後退しているので追い詰めたと思っているのだろう。
だが、この展開は僕の目論見通りだ。
僕はこれを狙って、必要以上に大きく後ろに飛び退いていたのだ。
全てを弾き飛ばすような白熊の突進。
僕は後ろに向かって全速で駆ける。
背後にあるのは壁。僕は壁を蹴り――三角跳びで跳んでいく!
「影キーック!」
もちろん、僕が影の力を借りているというアピールは忘れない。
僕の影キックは、突進してきた白熊にカウンターで突き刺さった。
手応えあり、と感じた直後――白熊の姿が唐突に霧散した。
どうやら影のダメージ限界を迎えたらしい。
うむ……チクチク攻撃するのは心が痛むので一撃で決めたいと思っていたが、想定通りに事が運んでくれて幸いだった。
「――見事!」
おじさんは影を消滅させられても嬉しそうだ。
モブ君と違って影の消滅に慣れているというのもあるだろうが、武国に有望な若者が存在している事を喜んでいるのだろう。
いずれ僕は武国を離れるつもりでいるので心苦しいのだが、武国と敵対する予定は無いので勘弁してもらいたいところである。
「これが異性体の力か。まっこと大したものだ!」
うっっ、これは気まずい……。
おじさんは手放しで褒め称えてくれているが、異性体の影であるフェリは何一つ関与していないのだ。手伝ってくれたどころか、フェリを召喚している影響で弱体化しているくらいである。
そのフェリは、白熊が消えた途端にホワーっと僕の背後に戻ってきている。
最初から最後まで観戦に徹していたのに『ひと仕事終えた』みたいな態度で背後霊に戻っているのは如何なものなのか……。
明日も夜に投稿予定。
次回、十八話〔入れてしまう喝〕




