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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第一部 消失する日常
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十六話 活躍する昆虫

 そこは見るからに訓練場といった場所だった。


 広い屋内に置いてある物は少ない。

 訓練用らしき小道具が置いてあるだけの殺風景な部屋だ。僕たちが小人数という事もあって実面積以上に広く感じるものがある。


「よし、これからお前たちはワシの影と模擬戦だ」


 巨漢のおじさんの言葉は想定に近いものだった。

 肉体派のおじさんに呼ばれた時点で推察はしていたので、僕に驚きは少ない。


 しかし……武闘派らしきおじさんが直接闘うのかと思いきや、この口ぶりからすると違うらしい。『ワシの影と模擬戦』という事は、このおじさんは生物型の影持ちなのだろうか?


 興味深い気持ちで動向を見守っていると、おじさんは野太い声で影を呼ぶ。


「――顕現(けんげん)せよ」


 おじさんの低い声の直後、それは現れた。


 その影もまた、召喚主と同じく巨体だ。

 体格が似通っているので、おじさんが分裂したかのような錯覚を覚えたほどだ。


 もちろんそれは人間などではない。

 事前の予想通り、生物型の影。

 真っ白な体毛に覆われた巨大生物、白熊だ。


 しかし生物型の大型種とは珍しい。

 影の能力はサイズで決まるわけではないが、同じ生物型であれば小型種より大型種の方が強力な固体が多いのは確かだ。


 それにしても……『顕現せよ』という呼び出しは格好良くて憧れてしまう。

 僕も真似をしたいが、フェリは常時召喚されているので生憎と使う機会がない。


 いや、『顕現せよ』の言葉で球体から気体になってくれる可能性はあるかな?

 ……プライドの高いフェリにそんな事を言ったら『入院せよ!』とばかりにボコボコにされそうな気もするが。


「ワシはここの軍事教官をしておるから遠慮はいらぬ……と言いたいところだが、異性体の力は未知数だからな。一人ずつ相手をさせてもらうとしよう」


 強力そうな影を持っているので只者ではないと思っていたが、おじさんがこの施設の軍事教官だったとは驚きだ。豪胆な外見に似合ない慎重さを持っているのも納得である。


 これほどの影持ちなら『全員まとめて掛かってくるがいい!』などと言い出しかねないと思っていたが、外見で判断した失礼な考えだったと言わざるを得ない。


 しかし、この展開に不快感を隠さない友人も存在した。


「けっ、デカイ図体してるからって図に乗るんじゃねぇよ!」


 巨体コンビに堂々と喧嘩を売るのはモブ君だ。

 おじさんが異性体ばかりを警戒している様子だったので、モブ君は蚊帳の外に置かれているようで面白くなかったのだろう。

 

 だが強者故の余裕なのか、おじさんは気にした素振りを見せない。


「ほぅ、ではまずお前の影を見てやろう」


 上から見下ろすようなおじさんの発言に、モブ君は当然のように激昂する。

 そう、モブ君の引火点は極めて低いのだ。


「吠え面かかせてやるッ! 来い、カマ吉ぃっ!」


 モブ君の叫ぶような声に応えて、カマキリがピョコっと現出した。


 二メートル近い白熊に対して、手のひらサイズのカマキリである。

 一見すると昆虫虐待のようではあるが、小さなカマキリが相手と分かってもおじさんに油断している気配は無い。


 モブ君は影に手を向け、小さなカマ吉をピョコピョコ動かし始める。

 一方のおじさんは特に動きを見せず、白熊だけがのっしのっしと地面を揺らすように歩み始めた。……慣れた召喚者なら手を向けて集中する必要性も無いのだ。


 先に仕掛けたのはカマ吉だ。


「ッカァーッ!」


 モブ君の謎の奇声と共に、カマ吉は大きく振りかぶってカマを振る。


 しかしその距離は僅かに遠い。

 目算では白熊まで数センチは足りていない――が、結果は予想と違っていた。


 カマは届いていないはずなのに、白熊の足には()()()が生まれていた。


「ぬっ……それが、その影の〔固有能力〕か」


 おじさんの表情はどこか感心したものだ。


 白熊が傷を負わされた事が嬉しそうですらある。

 軍事顧問として将来性のある影持ちに喜びを隠し切れないのかも知れない。


 そして、固有能力。

 道具型の影と同様に、生物型の影もそれぞれ特異な能力を持っている。


 生物型の影はそれ単体でも強力な戦力である場合が多いが、そこに加えて固有の能力まで持っているという訳だ。

 影の種別として羨望の対象となるのも当然だろう。


「……これは()()か」


 黙って観戦していたガウスがぼそりと呟くと、モブ君が「テメェ、なんで知ってやがんだ!」と答え合わせをする。


 幻影――つまり、実際のカマの長さを幻で誤魔化しているという事か。


 モブ君は直情的な性格をしているが、影の能力はトリッキーで油断ならないものだと言えるだろう。カマの間合いを見切ったつもりでいれば直撃を受けるという厄介さだ。


 しかしそれを一見で見抜いてしまうとは、相変わらずガウスは大したものだ。


「その眼の前では全てが丸裸。ガウス……いや、これからは影博士と呼ばせてもらおうじゃないか!」

「物知りな子供みたいなアダ名付けんじゃねぇよ」


 うむ、なるほど。

 昆虫に詳しい子供は『昆虫博士』と周りから呼ばれると聞いた事があるが、ガウスはその事を言っているのだろう。


 もちろん僕には呼ぶ相手も呼ばれる相手もいなかったが…………いかん、暗い幼少期を思い出してはいけない!

 たった一言で僕をこれほど傷付けるとは、まったく恐ろしい男よ……。


 僕がガウスにトラウマ攻撃を受けている間にも、影同士の闘いは続いている。


「今度はこちらから行くぞ」


 おじさんの重々しい声の直後、白熊が魂を吹き込まれたように猛然と走り出す。


 熊らしからぬ二足歩行。

 巨大な体躯という事もあって、思わず気圧されてしまいそうな迫力だ。


 僅かに怯んだモブ君だったが、それでも果敢に「ッカァーッ!」とカマ吉のカマを振るう。直後、白熊の足にナイフで切られたような傷が生まれた。

 しかし白熊は止まらない。


 白熊は傷付いた足を物ともせずに、そのままカマキリを踏み潰してしまった。


「カマ吉ぃっっ……!」


 相棒が潰されて絶叫するモブ君。

 うむ、再召喚可能であっても消滅を悼んでいるのが好感の持てるところだ。


 学生相手に容赦の無い攻撃ではあったが、この模擬戦は能力を測るだけでなく、影を手に入れて慢心している学生の鼻を折るという意図も感じられる。

 相当な使い手である軍事教官が相手を務めているのはその為だろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、十七話〔偽装する模擬戦〕

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