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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第一部 消失する日常

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十五話 空気の読める男

 真っ直ぐな道を電動車が疾駆していた。

 その速度は速い。近年出回るようになった電動車とは比較にならない速度だ。


 電動車――その名の通り電気を動力にして走る車だが、まだまだ普及率は低い。


 一台あたりの価格や維持費が高額であることに加えて、致命的なのは実用性に乏しい速度の遅さだ。将来的には移動手段の中心となる可能性はあるが、現状では富裕層が道楽で利用する乗り物でしかない。


 しかしこの電動車は違う。


 既存の電動車とは比較にならない。

 主流である馬車と比べても圧倒的に速い。


 軍が保有する輸送車は〔影〕が走行をサポートしているという話を聞いた事があるが、確かにこの速度は既存の技術だけでは手が届かない域にある。

 軍事機密なので詳細は分からないが、これほど有益な影ともなると召喚者はさぞ重宝されている事だろう。


 だがしかし、影の有用性という話なら友人のメガネ君も負けていない。


 昨日などは影を召喚した当日にも関わらず、早くも軍から治療依頼を受けているという人気ぶりだったのだ。


 メガネ君は貴重な治癒石の持ち主。

 毎日の余剰魔力を残すことがないように、既に今後の予定まで細かく打診されているとの事だ。本人は戸惑っている様子だが、しばらくすれば――『ゼニや! 笑いが止まらんでしかし!』と慣れてくる事だろう。


 メガネ君を取り巻く環境は、クラス内においても大きな変化が起きている。

 本来なら輸送車でも僕と一緒にいるはずのメガネ君だが、現在はクラスの女子に囲まれて遠い人になっているのだ。


 学園生でありながら軍に依頼を受けて報酬を貰っているという立場なので、その将来性に目を付けた女生徒たちが肉食獣のように群がっているのである。

 寂しくはあるが、友人が人気者になっているので素直に喜ばしい。


 そしてメガネ君が時の人となって離れていても、今の僕は一人ではない。


「けっ、メガネの野郎……」

「まぁまぁモブ君。ほら、ドーナツ揚げてきたんだけど食べないかな?」

「おっ、気が利くじゃねぇか」


 今日は影の測定ということで、希少種なモブ君も連日のお目見えなのだ。


 昨日はフェリに襲われ掛けてから委縮していたのだが、一晩経っただけでモブ君はすっかり調子を取り戻しているようだ。

 まだ両手を添え木で固定されているので動きがカクカクしてはいるものの、本人は気にした素振りもなく「うめぇな!」と上機嫌でドーナツを食べてくれている。


 僕の近くに居るのはモブ君だけではない。


「モブは意外と大物だな……」


 呆れた顔すらも異性を騒がせる整った容姿。

 自信家で実力も伴っているというこの男が座れば、輸送車の座席であっても王が座る玉座のように感じさせるものがある。


「ガウスもどうかな? ほら、ほらほら」

「っ、無理矢理口に押し込もうとすんじゃねぇ!」


 文句を言いながらも食べ終えて、「もらうぜ」と二個目に手を伸ばすガウス。

 クラスの人気者であるガウスだが、今日ばかりは日陰者グループに入っている。


 輸送車に乗る前から僕と話していたので級友が近付いてこなかったという裏事情はあるが、結果的には悪くないので悲しむ必要は無いのだ。


「フェリも食べるかな?」


 高速で流れていく景色に興味があるのか、小さな子供のように窓へ張り付いているフェリにも声を掛ける。


 フェリは輸送車に乗り込むなりモヤモヤ形態に戻っているが、外部からの視線に晒されるわけでもないので問題は無い。

 むしろ黒い靄が窓を覆っているわけなので、外から車内が見えなくなっているほどである。……そう、僕の席から外の景色が見えないのだ。


 窓際を占領していたフェリは、僕のドーナツの誘いにフラフラと飛んでくる。


 ガウスが「物を食えるのかよ……」と若干引いた声を上げる中、フェリは気にすることなくドーナツを取り込んでいく。


 黒猫のシュカもここに居れば餌付けしたかったが、こればかりは仕方がない。

 目的地である施設に到着すればまた黒猫に会えるので、その時は猫可愛がりさせてもらうとしよう。


 ――――。


 武国の保有する施設。

 首都から離れた山中に建造しているだけあって、想像以上に大規模な施設だ。

 もっとも、僕たちは影の能力計測の為に訪れているが、普段は軍の演習場として活用されている場所だ。


 わざわざ国境近くに建造しているのは軍事力を誇示したいという意図も感じられるので、示威目的で必要以上に大きな施設を造っている可能性もあるだろう。


「思ったより早く着いたね。この調子なら夕飯前には帰れそうだから嬉しいよ」

「ああ、あの輸送車は使えるな。あれは……〔タイヤ〕の影か」


 何の気なしにガウスへ話し掛けると、親友からは思わぬ答えが返ってきた。

 電動車の走行を影がサポートしていたことは濃厚だったが、ガウスはタイヤの影によるものと見たようだ。


 しかしなるほど……電動車のモーターに影を代用しているのかな? と考えていたが、確かにタイヤの方が可能性として高い。


 道具系の影では複雑な機構は珍しいが、魔力で回転するタイヤなら実際に在りそうなところだ。以前に〔その場で延々と回り続けるコマ〕というシュールな影を見たことがあるが、影の種別としてはこれに近いだろう。


 道具型の影であれば複数同時召喚する事も難しくないので充分にあり得る。

 四輪全てと言わずとも、二輪だけを影に置き換えるだけで事足りるのだ。


「ほぅ……よく分かったな小僧」


 ガウスの推測は、突然聞こえてきた野太い声によって肯定された。


 僕とガウスの会話に入ってきたのは巨漢の男。

 年齢の割に大柄なガウスを『小僧』と呼ぶだけあって、声の持ち主は二メートルを超えている大柄な男だ。


 一見すると山賊……いや、猟師のような容姿をしているが、一応はパツンパツンの軍服を着ているので軍人なのだろう。


 そして輸送車の仕組みは機密だと耳にしていたが、ガウスの言葉をあっさり認めている事からすると公然の秘密であるらしい。

 とりあえず、ガウスに感心しているおじさんに一言言ってあげなくては。


「ふふ……おじさん、このガウスを侮ってはいけませんよ。このイケメンボーイはそんじょそこらの凡百の輩とは一味違いますから」

「なんでアロンが偉そうなんだよ……。それに妙な呼び名をするんじゃねぇ」


 僕の自慢の親友を誇らしげに語ると、当のガウスから『もっと俺を褒めろよ!』と指摘が入ってしまった。

 そう、僕はガウスの言外の言葉を読み取ることが大の得意なのだ。


 長所が多過ぎて語りきれないのが短所とは、まったく贅沢な男である。


「ほぅ、お前がガウスか。今年は異性体の影持ちが現れたとは聞いていたが、早速会えるとは思わなかったぞ」


 流石はガウス。

 初対面の人間にも当然の如く名を知られている。

 武国全体でも異性体持ちは十人に満たないので軍でも話題になっているのかも知れないが……僕の名も知られているのだろうか?


 巨漢のおじさんは満足そうに頷いた後、クラスメイト全員に届く声を上げる。


「ワシが生物型の担当だ。該当する者はワシに付いて来い」


 ふむ、なるほど。

 いかにも武闘派といったおじさんが生物型の担当という事は、おじさんと模擬戦でもして影の能力を測るのかも知れない。

 生物型の中には戦闘に不向きな個体もいるが、このクラスの生物型持ちはガウスとモブ君だけなので問題は無いだろう。


 しかし、気になる事がある。


「あの……僕もおじさんに付いていけば良いのでしょうか?」


 そう、フェリは前代未聞の気体型だ。

 感覚的にはフェリは戦闘向きだと思うが、種別で呼ばれていないので勝手に付いていくのも憚られるのである。


 僕は気体型のパートナーを持つ男。

 そして場の空気も読める男だ。


 自己判断で勝手な行動を取るような軽率な真似はしないのだ。


「んん? そうか、けったいな影持ちがおるという話だったな……。よう分からんが、ワシのとこで構わんぞ」


 当然の如くフェリの事も知られていたようだが、その評価は微妙だ。

 しかし前例がない存在なので、判断材料に乏しいところは仕方がない。


 そのフェリはと言えば、輸送車に興味を持っているのかモワモワしながら車の周りを回っている。僕の目には好奇心旺盛な子供のように見えるが、客観的に見れば輸送車に呪いを掛けているように見えるのも仕方がない。


「フェリ、そろそろ行こうか」


 僕が声を掛けると、フェリは満足そうなモクモクした様子で近寄ってきた。


 不吉な黒い靄に怯えていたのか、車中にいた軍人さんが安堵の表情を浮かべているのが視界の隅に映る。……なにやら申し訳ない気持ちだ。


 このフェリの自由奔放ぶりからすると『なるべく目立たないように』という僕のお願いを完全に忘れている気配である。

 まぁしかし、この演習場内なら外部の目から見えないので構わないだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、十六話〔活躍する昆虫〕

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