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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第一部 消失する日常

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十四話 成長するモヤモヤ

 一夜明け、目覚めた僕は違和感を覚えていた。

 僕の部屋には眩しい朝の光が差し込んでいる――そう、今は朝だ。


 これは常人にとっては正常な事だが、不眠症の僕にとっては異常な事だ。


 僕の眠りは浅い。毎日毎晩、何度も夜中に悪夢で目が覚めてしまうのだ。

 寝て起きたら朝だった、という理想的な状態は十年間ついぞ無かった事態だ。


 これまでの僕と違う条件は影召喚をしたことだけだが、もしかしてフェリが僕のストレス的なものを持っていってくれたのだろうか?


 そういえばフェリの姿が見えない。

 就寝前には横になった僕の上でモワモワしていたのだが……いかにも悪夢を観そうな状況だと思っていたのは内緒だ。


 ひょっとして、僕が寝ている間に身体の中へ戻ってくれたのだろうか?


 いや、この力が衰えている感覚からすると魔力が回復している感じではない。

 おそらくフェリはまだ召喚状態にあるはずだ。


 僕はいつになく頭がスッキリした状態で周囲を見渡す。……すると、寝る前には存在しなかったモノを枕元に発見した。


 ()()()()()


 成人の頭部ほどの球だ。

 解放玉に少し似ているが、この球体には見た者を吸い込むような幻惑感がない。

 どこか存在の希薄さを感じさせた解放玉とは違って、この球体には生命を感じさせるような闇の輝きがある。


 これはなんだろう? と、疑問に思いながら手を伸ばすと、僕の指が触れた瞬間――球体は弾かれたように飛び立った!


「おわっ!?」


 思わぬ激的な反応に、驚きの声を上げる僕。

 球体の方も驚いているかのように部屋を飛び回っていたが、しばらくするとふよふよと僕の眼前で静止した。


「……も、もしかしてフェリなのかな?」


 空に浮かぶ怪しげな物体に心当たりは少ない。

 必然的思考で容疑者の名前を挙げると、球体は同意するように上下に動いた。


「どうしたの、そんなに丸くなっちゃって? もしかして年を取ると丸くなるってやつかな? はははっ……」


 僕のモーニングジョークの直後、フェリが空中でピタリと静止した。

 おや、どうしたのかな? と思ったのも束の間――黒い砲弾が僕に迫る!


「っごふっ!?」


 暴力的な砲弾は鳩尾(みぞおち)にめり込んだ。

 呻き声を上げてベッドに倒れ込む僕。

 強制的な二度寝をしつつも、僕の頭は目まぐるしく思考していた。


 昨日までは気体だったのに、なぜ一晩経ったら球体に変化しているのだろう?

 しかも形が変化しているだけではなく、球体には触った感触があった。


 そう、フェリが()()()しているのだ。


 寝起きは気体から固体に変化するのかな?

 ……いや、違う。もしかして――


「ひょっとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 僕の問い掛けに、フェリは『そう』と答えるように上下運動を行った。


 なんてことだろう……昨晩の懇願には応えてくれなかったと思っていたが、実際にはそうでは無かった。フェリは僕の要望に応えようと努力してくれたのだ。


 嬉しい。すごく嬉しい。

 プライドの高いフェリが、文字通り自分を曲げて僕の為に行動してくれたのだ。

 これが嬉しくないはずがない。


 そうなるとフェリが鳩尾に『ストライク!』してきたのも無理はない。

 せっかく僕の為に形状変化をしてくれたというのに『一晩で随分老けたねぇ』などと、僕はからかってしまったのだ。


 まったく恥ずべき事だ。

 これでは僕が攻撃されるのも当然――いや、もっとボコボコにしてほしい!


 ――おっと、いかんいかん。


 これでは被虐趣味疑惑が再浮上してしまう。

 そんな事より何よりも、お礼を言わなくては。


「ありがとうフェリ。すごく嬉しいよ!」


 僕が感極まって浮遊する球体を抱き締めようとすると、フェリは慌てたように天井近くに逃げてしまった。


 ふむ、どうやら僕の影は照れ屋さんらしい。


 ……いや、考えてみればフェリは異性体だ。

 しかも現在は物質化しているのだ。


 頭を撫でるつもりで気軽に触ってしまうと『そこはお尻!』というセクハラ行為にもなりかねない。自分の影が相手でも軽率な行動は慎むべきだろう。


 ――――。


「おはようアロン君。……それが、アロン君の影なの?」


 朝食を終えて(くつろ)いでいると、恒例の如くレイリアさんが迎えにきてくれた。


 朝の挨拶の直後、レイリアさんは僕の上空で浮いている球体について言及する。

 弟分の上に漆黒の球体が浮かんでいるのだから、レイリアさんの目に留まらないはずがない。しかも僕の頭ほどもある球体なので尚更だ。



 そう、そうなのだ。僕の為に変形してくれたフェリの気持ちは嬉しい。

 しかし、目立つという意味では全く変わっていないのだ……!


 だが、フェリは朝食時にはお馴染みの(もや)に戻っていたが、観察する限りではモヤモヤ形態の方が好みであるような印象を受けた。

 つまり、フェリにとっての黒球形態は無理をしている状態という事だ。……そう考えれば、不満など言えるはずがない。


「おはようございます。そうなんですよ、こちらが僕の影のフェリです」

「やっぱりそうなのね……。報告で聞いていた話とは形状が違ってるけど、形を自由に変えられるのかな?」


 異性体が召喚されたという事実。

 これは中々のビッグニュースなので、レイリアさんの耳にも届いていたようだ。


 ちなみにレイリアさんは我が家の夕食に参加することが度々あるのだが、昨晩は家の用事で来れなかったのでフェリの紹介ができなかったのだ。

 彼女はランズバルト家の一人娘として忙しい身なので仕方がないところだろう。


「はい、そのようですね。フェリは賢くて優しい影なんですよ」


 僕が上機嫌で撫でようとすると、フェリはお約束のようにススッと逃げた。


 いかんいかん、軽々しく触るのは控えようと決めたばかりなのに無意識の内にやってしまった。これでは『今日もいいお尻してるねぇ』などと言いながら部下のお尻を触るセクハラ上司と変わらないではないか。


「そう……異性体、なのよね?」

「そうですよ。兄さんの魔力を根こそぎ奪っている無駄飯食らいの異性体です」


 レイリアさんの質問に答えたのはリスティだ。


 その答えに(とげ)が含まれているように感じるのは気のせいではない。

 お兄ちゃんっ子なので、僕が弱体化しているのが心配で仕方がないのだろう。


 リスティは〔影処分計画〕に同意を求めるように事情を説明している。

 ふふ……いくらなんでも、そんな意見に同意する人間はいないというのに。


「――アロン君の影を消しましょう」


 ま、まさかの賛成意見……!?


 昨日の今日で飛躍的な進化をしているフェリに対する反応とは思えない。

 リスティと同様、お姉さんとして弟分の身体能力低下が不安なのだろうか?


「心配しなくても大丈夫よ。アロン君は私がずっと守ってあげるから、邪魔な異性体の影なんか必要ないわ」

「ま、待ってください。僕とフェリはもう家族のようなものなんです」


 笑顔のレイリアさんへ必死に説明する僕。

 レイリアさんとリスティが本気で組めば〔フェリ抹消計画〕が現実味を帯びてしまうのが恐ろしいところなのだ。


 僕がフェリを『家族』と表現すると、お姉さん的に刺激されるものがあったのか、眉をピクリと動かすレイリアさん。

 だが僕の必死さが伝わったらしく、最終的には「仕方ないわね……」とフェリの処分を思い留まってくれた。


 しかしなんだろう……捨て犬を拾ってきた子供が親に許可を求めたかのようだ。

 自分の影の存続を求めただけなのに、なんとも不思議な話ではある。


「今日は影の測定に行くのよね? 危ない事があったらガウス君を盾にしないと駄目よ?」


 さすがに学園の先輩だけあって、僕の今後の予定を熟知している。


 そしてレイリアさんは僕の身を案じてくれているが、彼女は僕が神国と因縁があることは知らないので、純粋に弱体化を心配してくれているのだろう。


 さりげなくガウスの扱いが雑ではあるが、レイリアさんにとっては同じ道場の後輩だ。多少ガウスに厳しくなるのも仕方がない。


「嫌だなぁ、親友を盾にはしませんよ。それにしても、レイリアさんとリスティが同じ事を言うなんて……やっぱり二人は気が合いますねぇ」


 昨晩のリスティも〔ガウスシールド〕を推していたのは記憶に新しい。

 道場仲間であるガウスの評価が高いのもあるだろうが、二人は実の姉妹のように仲が良いので意見が合うのだろう。


 僕からの共通点の指摘に、二人からは全く嬉しそうな気配が感じられないが……もちろん僕は誤解などしない。

 これは不快などではなく照れているだけだ。


 さて、それはそれとしてだ。


「フェリ。上に浮いてると注目を集めちゃうから、ここに来てくれないかな?」


 このフェリさんを、僕の頭の上でプカプカ浮いているままにはしておけない。

 せめて僕の手元であれば、両手に黒球を抱えているように見えるのだ。


 唯一の欠点は……大きな黒い球を持って歩いていると〔怪しげな宗教〕に傾倒しているかのようにも見えることだが、それくらいなら許容範囲だろう。


 僕の呼び掛けに応えて、フェリがスーッと僕の胸元へと飛来する。

 フェリは気難しいが、嫌がることを見極めてしまえば存外に素直なのだ。


 だから間近で黒球が浮いていても僕は触ったりしない。黒球を両手で抱えているようなフリをするだけである。

 息がかかるほどに近い距離であっても物理的接触がなければ構わないのか、フェリは大人しくふわふわしている。


 そんなフェリへ、レイリアさんたちが冷たい視線を注いでいる気がするのは錯覚だ。きっと賢くて素直なフェリに感心しているのだろう。

 うむ、素晴らしいパートナーを得られて嬉しい限りである。


明日も夜に投稿予定。

次回、十五話〔空気の読める男〕

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