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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第一部 消失する日常
13/73

十三話 立ち込める暗雲

 渋々ながらもフェリの存続を認めてもらったところで、家族会議は終了だ。

 ここからは一家団欒の時間である。


「話も(まと)まったことだし、晩ご飯作っちゃうね。……フェリも食べるのかな?」


 一般に知られている異性体は食事が可能だ。

 異性体は召喚コストだけでなく召喚維持のコストも高いが、食事の摂取により魔力消費を抑えることが可能だと言われているのだ。


 だが、()()()()()()だ。


 生物型の異性体であれば食事も不自然ではないが、気体が食事をする光景となると想像もできない。フェリは僕の身体に戻ってくれないので、食事による補給が可能かどうかは大きな問題となる。


「…………」


 僕の問い掛けに、フェリは上下に揺れた。

 察するに『もちろん食べる』と同意したようだが……どのように食べるつもりなのか、謎は深まるばかりである。


「そ、そっか。うん、分かったよ。――はい、人参と玉ねぎだよ」


 試しに食材をそのまま食卓に置いてみる。


 (もや)がガジガジ(かじ)っていくのかな……?

 それはそれで昆虫みたいで愛らしいなぁ……などと呑気に心中で考えていると、フェリはなぜか僕の方に迫ってきた。


「どうしたの……ぁだだっ!」


 フェリは野菜には目もくれず、僕の肩に噛みつくかの如く圧迫してきた。


 まさか、僕を食事にするつもりなのか……?

 僕が内心で戦慄していると、フェリは鬱憤が晴れたとばかりにスーッと離れた。


「兄さん……その影、小癪(こしゃく)にも食材の調理を望んでいるのでは?」


 フェリの不可解な行動に首を捻っていると、可愛い妹から助け船が出た。

 その発言にフェリへの敵愾心を感じるのが気になるが、一理ある意見だ。


 フェリに視線を向けてみると『こんな物が食べられるか!』と、なにやら憤慨しているようにも見えるのだ。


 しかしフェリが知性を持つ生物だと考えれば、これは僕が浅慮だった。

 調理どころか野菜の皮すら剥かずに提供するとは、言語道断の怠慢である。


 お詫びの気持ちも込めて、今度こそフェリの期待に応えてみせよう。


 ――――。


 テーブルに置かれたハンバーグ。

 そのハンバーグを、大きな黒い靄がぼわぁっと包み込んだ。


 しばらくしてフェリが離れると、僅かにハンバーグの部位が欠損していた。


「はぁぁ……凄いね。フェリは本当に食事が出来るんだね」

「この影は一体どうなっているのでしょうか」


 リスティが呆れているのか感心しているのか分からない感想を漏らしているが、しかしそれも無理はない。


 フェリの事を知れば知るほど疑問が増えていく。


 気体を圧縮させて圧迫攻撃をするくらいなら理解の及ぶところだが、物体の消失となると物理法則も何もあったものではない。……そもそも気体が意思を持っている時点で常識の埒外にいるのだが。


「そういえば兄さん、明日は園外に遠出するんですよね?」

「うん。影の能力測定だね」


 今日の影召喚では能力の申告を行っているが、あくまでもそれは触りだけだ。


 僕やガウスのような異性体持ちは当然として、通常の影であっても今回の申告だけでは十全とは言えない。道具型の影などであれば能力の把握自体は可能だが、その力の程は実際に試してみないと分からないのだ。


 そして影の能力測定を本格的に行うとなると、学園の敷地内では手狭だ。

 影には移動系の道具もあったりするので、能力測定をするとなると最低限の空間は必要不可欠となるのである。


 そんなわけで――明日は、国が保有する施設へお出掛けの予定となっている。


 クラス単位で訪問するという事で、僕たちのクラスはその第一陣だ。

 遠方の施設なのでガウスなどは『面倒だな』とボヤいていたが、クラス総出で遠足に行くようなものなので個人的には楽しみにしている。


 だが、リスティの顔は浮かないものだ。


「武国が能力測定に使用している施設……ここから北に位置する演習場ですか」


 リスティの懸念は僕には分かる。

 僕たちが暮らしている武国の首都から北に向かうという事は、武国の北にある〔神国〕に近付くという事を意味する。


 そして神国は、()()()()()()()()()()()()


 しかし故郷と言っても、神国に対して好意的な感情は持っていない。

 懐かしの母国どころか、僕たちは身の危険を感じて神国の施設から逃げ出してきたくらいだ。今でも理由が無ければ近付こうとは思わない。


「うん。でも心配はいらないよ。北に向かうとは言っても、武国から出るわけじゃないからね」


 言外に不安を訴えるリスティに、僕は柔らかい笑顔で安心を届けた。

 ……しかし、リスティは難しい顔のままだ。


 神国を出た時のリスティは四歳の幼子に過ぎなかったが、この様子では苦い記憶が染み付いているらしい。


 妹の不安を取り除く為、僕は更に言葉を紡ぐ。


「あれから十年も経ってるんだよ? 神国だって僕たちの事なんか忘れてるよ」

「――いいえ。あの国は決して忘れていないはずです」


 僕の気休めは即座に否定された。

 僕も自分で言っておきながら説得力に欠けると思っていたので致し方ない。


 神国という国は常軌を逸している。

 僕の知っている神国であれば、十年前の脱国者であっても妄執に取り憑かれたように追い続けている事だろう。


 だが、こちらも神国の事を忘れた日は無い。


 神国で僕たちが育った施設。

 あそこは一般的な孤児院のような施設ではない。


 親のいない子供たちが集まっているという意味では同じだが、あの場所は〔国が使い捨てにする為の人材〕を育てている非人道的な施設だ。


 僕たち兄妹は幸運が積み重なった結果として脱走に成功したが、このまま全てを忘れて安穏と生きるわけにはいかない。

 神国の施設にはまだ子供たちが、共に育った友人たちが残されているのだ。

 友人たち――僕たちが果たすべき目的、力を求めている理由はそれだ。


 そう、僕とリスティが影という力を求めているのは、()()()()()()()の為だ。


 もちろんそれは容易な事ではないが、フェリをパートナーに得たことで計画は大きく前進したものと考えている。

 神国の持つ力は強大なのでリスティが心配することも理解出来るが……今回ばかりは取り越し苦労に過ぎないはずだ。


「僕たちは名前も変えて武国の民として暮らしているし、それでなくとも閉鎖的な神国では他国の情報に疎いからね。客観的に考えても、僕たちが捕捉されている可能性は相当に低いと思うよ」


 神国は、〔神王〕と呼ばれる男の独裁国家だ。


 国内外の出入りは厳しく制限されており、他国との交易も最小限に留めている。

 そんな閉鎖的な神国だ。他国に関する情報に疎くなるのは必然的だろう。


「それに僕たちには武国の軍も一緒だからね。対外的には終戦したことになってるから、いくら神国でも無茶な事はできないよ」


 かつて世界を巻き込んだ世界大戦は、五十年前に決着を迎えている。

 今でも水面下で各国の争いが継続していることは周知の事実だが、それでも表立って戦争行為をする国は存在していない。


 リスティもその事は分かっているはずだが、それでも気が進まない様子だ。


「武国に滞在している以上は行かざるを得ませんが……そうですね、なるべくガウスさんと一緒に行動するようにして下さい。何かの役には立つことでしょう」


 ガウスとは同じ道場だけあって、厳しいリスティですらその実力を認めている。

 親友が異性体を得たことも伝えてあるので、武国の軍人よりよほど頼りになる存在だと思っているのだろう。


 その発言から〔ガウスがリスティの部下〕であるかのようなニュアンスを感じなくもないが、可愛いリスティが上司ならガウスも文句は言うまい。


「ガウスを利用する気はないけど、その気はなくとも一緒に行動することになると思うよ」


 有事の際にガウスを頼るつもりはないが、親友同士で距離を置くつもりもない。

 そもそもからして、今回は危険な事態になる可能性そのものが低い。


 今回の目的地は国境に近い山中。

 神国が諜報員を派遣して情報収集を図る可能性くらいなら否定できないが、武力行使に及ぶ可能性となると極めて低いのだ。


 しかもそこには武国の軍も多数駐留している。

 リスティの心配は杞憂に過ぎないはずだろう。


「……そうですか。しかし、やはりその影には何らかの措置を取るべきです。顕在化したままでは兄さんの存在を喧伝しているようなものですから」


 これには全く返す言葉がない。

 黒い靄と行動していれば、諜報員でなくとも気になって仕方がないだろう。


 僕は食卓のフェリへと視線を向ける。


「フェリ……その、僕は目立つわけにはいかない立場なんだ。フェリの存在は目を引くから、普段は僕の中に潜んでいてほしいんだよ」


 学園での説得は失敗に終わったが、このままで良しとするわけにもいかない。

 フェリはハンバーグを平らげて機嫌が良さそうなモヤり具合だったので、ここぞとばかりに再トライである。


「…………」


 フェリはモクモクしたまま動かない。

 だが、どことなく『ふむ……』と考え込んでいるような気配が感じられる。


 もしかして、脈があるのだろうか……?


 僕が内心で期待しながら見詰めていると、フェリは意を決したように動き始め、なぜかテーブル上の湯呑みを包み込んだ。

 しばらくして、靄がゆっくりと下がると――湯呑みのお茶が消えている!


 うむ、僕の身体に戻ると見せかけておいて食後の一服をしただけだったようだ。


「……この影、もう処分した方がいいんじゃないですか?」


 リスティから処分案が再燃してしまった。

 だが、意思ある生命体に無理強いするわけにもいかない。フェリがどうしても嫌がるなら、僕の方が諦めざるを得ないだろう。


明日も夜に投稿予定。

次回、十四話〔成長するモヤモヤ〕

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