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影使いと反逆の王 ~相棒は黒いモヤ~  作者: 覚山覚
第一部 消失する日常
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十話 漆黒のパートナー

「――エルブロード、アロン=エルブロード!」


 ようやく僕の番が回ってきた。


 級友たちの談笑がピタリと止まり、なぜか不安そうな顔で一斉に解放玉から距離を取った。……メガネ君まで警戒している様子なのが悲しい。


 モブ君はカマ吉をゲットした事で調子を取り戻したのか、「生物型が出たらオレの子分にしてやるぜ!」などと絶好調な発言を放っている。

 うむ、僕に遠慮をしないモブ君がちょっと好きになってきたぞ。


 そして親友のガウスはと言えば、太々しい態度で床にあぐらをかいたまま『健闘を祈るぜ』とばかりに軽く手を上げた。

 数少ない友人たちの激励に背中を押されて、僕は解放玉の前に立つ。


 ――――長かった。


 この国を訪れた最大の目的が影を得ることだったが、ここまでで十年だ。

 十年越しで、ようやく悲願が叶う時が訪れた。


 当時五歳だった僕も、もう十五歳となってしまった。リスティが影を得るまではこの国に滞在するつもりだが、今日で目的の半分は達成される事になる。


 ちなみに――外来向けにも定期的に解放玉が公開されているのだが、僕は学園生として影を得ることを望んだ。


 学園生以外が影召喚を希望すると手続きが面倒という理由はあるが、それだけではない。何よりも大きな理由は、僕が学園生活に憧れを抱いていたからだ。


 閉鎖的な環境で生まれ育った僕にとっては、まさに夢物語のような場所だ。

 影を得る為に学園へ通うのが好都合となれば、僕が学園に通わない理由はない。


 念願の学園生活は順風満帆と言い難いが……しかし、学園生活が不調であったとしても、影召喚だけは是が非でも成功させなければならない。


 異性体の影が欲しいなどと贅沢は言わない。

 生物型でも道具型でも構わない。戦闘向けの影でさえあれば、何でも構わない。


 僕とリスティには乗り越えるべき壁がある。

 日常生活で役立つような影を手に入れたところで、何の足しにもならないのだ。


 そういった意味では、メガネ君の治癒石なども羨ましい。

 直接戦闘には使えなくとも、怪我の治療が出来るというのは大きなメリットだ。


 僕の理想は武器型、次点で戦闘向けの生物型だ。

 願うというよりは懇願するような気持ちで、僕は解放玉に手を伸ばす。


 そして、解放玉に触れた直後――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 全身から力が抜けていき、思わず立っていられなくなって膝を突いてしまう。


 ――おかしい。これは明らかに異常だ。


 解放玉とは、人体に大きな効果を及ぼすようなものでは無かったはずだ。

 召喚コストが最も高いと言われている〔生物型の異性体〕でさえ、保有魔力の六割程度だと聞いている。現にガウスは召喚直後にもピンピンしているのだ。


 だが、これはどう考えても保有魔力の六割などという程度ではない。


 常人より遥かに多いはずの僕の魔力がゴッソリ持っていかれている。全身の脱力感からすると、身体強化に回している魔力まで消費されているのは間違いない。


 しかし、これは僥倖(ぎょうこう)でもある。


 なにしろこれほど膨大な魔力を消費して召喚された影だ。想定外の召喚コストではあったが、それに見合っただけの影が召喚されている可能性は高い。

 強力な影を求めている僕にとっては理想的だと言えるだろう。


 僕は膝を突いたままの状態で周囲を見渡す。

 そして、一目瞭然な〔異変〕を発見した。


 黒い(もや)

 そこには、成人男性を包み込めるほどの大きな黒い靄が存在していた。


 これは、一体なんだろう……?


 この靄の中から僕の影が『ジャジャジャーン!』と登場するのだろうか?

 僕はワクワクしながらその時を待つ。


 ――――もやもや。


 しかし予想に反して靄に変化は見られない。

 いつまで待っても、黒い靄はその場でモヤモヤと漂っているのみだ。


 異様な光景にクラスメイトたちが騒いでいるが、黒い靄はざわめきを意に介すことなく、不完全燃焼で発生する煙のように在り続けている。


 そんな喧騒の中――突拍子もない発想が脳裏(のうり)(よぎ)った。


 影には様々な種別が存在するが、魔力を物質化するという点で共通している。

 しかし、そもそも魔力を物質化しているという現象が不自然なのであって、本来魔力とは目に映らない、形を持たない概念だ。

 ならば、影の中にも不定形のものがあってもおかしくないのではないか?


 つまるところ、この靄から影が出現するのではなく――()()()()()()()()()()()()()()()()、という事だ。


 道具型でもなければ生物型でもない。

 言うなれば、〔気体型〕だ。


 そのような影は聞いたことがないが、この黒い靄とは魔力的に繋がっている感覚があるので仮説は当たっているような気がする。


 それにしても……影は召喚者のパーソナリティに影響されると聞く。

 このモヤモヤからすると、まるで僕が欲求不満の塊のようではないだろうか?


 しかも漆黒の靄という事で、そこはかとなく邪悪な印象を与えてしまう気が……いや、自分の影を否定してはいけない!


 影は自身の分身のような存在だ。

 自分を否定してはいけない。

 どのような外見をしていようとも、大らかな心で快く受け入れるのみだろう。


「よし、君の名前はモヤ次郎だ!」


 早くも黒い靄に命名してしまう僕。


 二人目でも無いのに次郎と名づけるあたり、僕の高いネーミングセンスが窺い知れるというものである。もしも靄に感情が存在したのならば『嬉しいモヤぁ!』と大歓喜していたに違いない。


「…………」


 僕の名付けを受けた直後、黒い靄がゆらゆらとこちらに向かってきた。


 これはどうした事だろう……?

 僕は影を操作した覚えはないのに、靄が勝手に動いているような気がする。

 まだ慣れていないので無意識の内に影を操っているのだろうか?


 僕がぼんやりと観察していると、モヤモヤは僕の頭部をゆっくりと包み込む。

 そして――握り潰すように締め付けた!


「いだだっ……!」


 ば、ばかな……自分の影に攻撃されている!?

 こんな事は意識の片隅でも想像したつもりはなかったのに……!


 いや……意識していないだけで僕には被虐願望があったのだろうか?

 僕が自身の隠された性癖に戦慄していると、締め付けは唐突に止まった。


 訳も分からずに混乱している中、ガウスのよく通る声が部屋に響いた。


「アロン……もしかしてそれ、()()()なんじゃねぇのか?」


 異性体?

 生物型ならともかく、この黒い靄は気体だ。

 果たして気体に性別が存在するのだろうか?


 しかし、異性体だと考えれば不可解な点に説明がつくことも確かだ。

 異常なまでに過大な魔力コスト。なぜか僕を攻撃するという不自然な行動。


 いや、待てよ。


 異性体だと考えれば、この靄は独立した意思を持っているという事になる。

 そう考えると、モヤモヤが攻撃してきた理由にも見当がつけられるのだ。


 モヤ次郎――そう、この靄は男向けの名前に腹を立てたのではないだろうか?


 一連の行動には苛立ちのようなものが感じられたので可能性はある。

 よし、ここは意思を持っている存在だと仮定して直接聞いてみるとしよう。


「もしかして、『モヤ次郎』という名前が気に入らなかったのかな?」

「…………」


 うむ、全く分からない……!

 もやもやと漂う様相からは感情が全く読み取れない。当然である。


 しかし……なんとなくだが、攻撃的意思が揺らいでいるような気がしないこともない。少なくとも攻撃はされていないので『イエス』と考えるのが正解だろうか。


 こうなれば、探り探り話を進めていくのみだ。


「じゃあ別の名前を考えるね。モヤ花子、モヤガール……」


 名前の候補を列挙していくと、名前を出す度にゆらりと近付く気配がする。


 これは、間違いない。

 どこに耳があるのかも分からないが、明らかに僕の言葉を理解している節がある。気に食わない名前を付けられそうになると、すかさず実力行使に出ようという雰囲気が感じられるのだ。


 なぜ自分の影に脅されているのかという疑問はあるが、これは実に喜ばしい。

 僕は強力な影を求めていたので、異性体の影となれば文句無しの影だろう。


 ここはパートナーとして秀逸な名前を付けてあげたいところである。


「モヤ桜、モヤ杏、モヤ椿……」


 おかしい……女性が喜びそうな〔花シリーズ〕で攻めているのに満足する気配がない。満足するどころか、攻撃態勢で構えているように黒い靄が上半身を覆っている有様だ。


 この様子を外部から見ると、黒い靄に包まれた僕がブツブツ名前を呟いている形である――呪われているかのようだ!


 膠着(こうちゃく)状態から一向に進展しない中、視界の外から救いの声が届く。


「なんでアロンは『モヤ』に(こだわ)ってんだよ……」


 どこか呆れた口調のガウスの声だ。

 しかしなるほど。一向に同意を得られないのは『モヤ』というフレーズがお気に召さなかったという事なのか。

 女性に大人気であるガウスのアドバイスだけに信憑性(しんぴょうせい)は高い。


 そして――モヤという単語を脳内から除外すると、不思議にもすんなりと頭に浮かんできた言葉があった。


「フェリ……フェリなんて名前はどうかな?」


 黒い靄に包まれたまま僕が提案すると、呪っているように憑りついていた靄が、ふわふわと僕の眼前に移動した。

 なんとなくだが、名付けに満足してくれたような気配が感じられる。


「うんうん。これからよろしくね、フェリ」


 思わず嬉しくなって笑顔で手を差し出すと、黒い靄は戸惑うように揺らめく。

 そして、どこか緊張しているように恐る恐る僕の腕に覆い被さり――僕の手はふわりと優しい感触に包まれた。


 僕に攻撃してきた時と比べると、どこか照れているような遠慮がちな動きだ。


 うむ……最初はどうなる事かと思ったが、こうして見ると中々に可愛い影だ。

 意思疎通は難しそうだが、これから先も上手くやっていけそうな気がする。


明日も夜に投稿予定。

次回、十一話〔疎通する意思〕

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