古老の森 終結
前回の投稿からかなり時間が経ってしまいましたが、今回で古老の森編終わりです。
望達五人は魔物から逃げ、森の外れにある小高い丘の岩陰に身を潜めることにした。
落ち着いたところで、ユキの回復魔法で傷を癒したのだが、望は奴とは別の脅威を現在進行形で味わっていた。
「で、作戦を立てる前に聞きたいんだけど、この子誰?」
冷たい声色でユキは聞いてくる。
軽蔑した眼差しを向けてくる彼女の体からは冷気が出ていて、怒っているのが見て取れる。
なぜなら、少女に抱きつかれているこの状況とお兄ちゃんという呼び方から完全に変態扱いされたからである。
「え〜とですね、ユキさん。色々と説明することはあるんですが、どこから説明すればいいか…。」
正座の望が手をあちこちに動かしながら、早口で説明しようとする姿は不倫の言い訳をする夫のようで、非常に滑稽な姿だ。
どうすれば、俺は命を取られずに済むのだろうか…。
すると、隣に座る少女はグイグイと袖を引っ張り、「私に任せて。」と目を輝かせながら囁いて来る。
嫌な予感はするが望は、藁にも縋る想いで、首を縦に振る。
少女はスッと立ち上がると、赤い瞳で白銀の女神を見つめる。
そして、幼い顔立ちには似合わない不敵な笑みを浮かべ、口を開く。
「初めまして皆さん。私は彼の妻でアイと言います。これから宜しくお願いしますね。」
その言葉で、場が凍りつき、沈黙が訪れる。
………終わった。
「えぇぇぇ!!!」次の瞬間には驚きが爆発となって響き渡る。
「いやいやいや!!!ちょっ⁉︎お前、何言ってるんだよ?」驚きのあまり声が裏返る。
「むぅ!何って、そのままの意味だけど!それより、お前じゃなくてアイでしょ!
あっ、他の紹介のが良かった?彼女?お嫁さん?奥さん?もしかして、性奴隷⁉︎あんなことまでしたんだから、そういう関係になるのは当然の結果だよね。」
一体この子は何の話をしてるんだ⁉︎
「ふふっ。」一瞬だけ悪い笑顔が望に向けられる。
え…笑った?今笑ったよな⁉︎こんな性格の悪そうな子供を信じた俺が馬鹿だった!!
ユートとマリアの痛い視線からして本気で信じているらしい。なんてこった…。どうやら、この場に俺の味方はいないらしい。
「いや、違うんだ!この子とはさっき会ったばかりで、今のは嘘なんだよ!」
さっき会ったばかり?いや、はっきりと思い出せないけど、前にどこかで会ったことがあるような気が…。
いやいや!今はそんなことより、誤解を解くのが先だろ!
「ねぇ、あなた悪魔でしょ?」
俺が聞いたことのないユキの冷たい声が、魔法をかけたかのように空間を凍結させる。
敵を前にしたかのように、睨み合ったまま、一切引こうとはしないユキとアイを見ているとバチバチと火花が散っているように見えるのは気のせいだろうか。
「だったら、どうするの?」笑みは崩さず、そう告げる少女。
「望に何をしたの?返答次第では、ただでは済まないわよ。」
まさに一触触発、絶体絶命、危機的状況の二人の間に割って入る望。
「ちょっと待てって!!今は仲間同士で争っている場合じゃないだろ?」
「仲間?悪魔かもしれない子を仲間とは思えないわ!危険な存在かもしれないのに!」
望は小さな少女をじっと見つめた。
「俺はさっきアイに助けられたんだ。悪い奴が誰かを助けたりするわけないだろ?
だから、俺はアイを信じたい。」
「お兄ちゃん…。」
俯いている少女が喜んでいるように見えた望は、その頭を優しく撫でる。
「望でいいよ。俺もアイって呼ぶから、これからよろしくな。」
俯く少女ははっとして、頭を撫でる彼の顔を見て、先程とは別の優しい笑みを見せた。
この子、こんな可愛い顔すんのかよ。マジで、人の心を惑わす悪魔なんじゃないか。
ユキの大きな溜め息が聞こえ、「もう、いいわ。」と一言。
納得はしていないようだが、一緒にいることを許してくれたようだ。
望は胸を撫で下ろし、ユキに礼を言う。
「ありがとうな。」
「全く、お人好しも程々にしてよね。」
呆れた様子で彼女はそう言うが、望には少し笑っているように見えた。
「なぁ、お前今笑ってないか?」
望の言葉にユキは驚いた様子で、顔を触り、自分が微笑んでいることに気付いたらしく、頬を赤らめる。
「こ、これは…あんたが、いい奴だなって…思ったからで…。
ただ、それだけよ!大した意味はないわ!」
今にも武力行使を実行せんと殴りかかろうとするユキをなだめるように、望は手のひらを前に出す。
「わ、分かったから落ち着けよ。恥ずかしいからって暴力に訴えるのは良くないぞ?
女神なんだから広い心を持とうぜ?な?」
どうやらその言葉が悪かったらしく、素晴らしい右ストレートを顔面に食らい、仰向けに倒れていく。
そして、倒れている俺のことはどうでもいいのか、咳払いをして、何事も無かったかのようにユキは話を切り出す。
「それでこの後の事なんだけど、私の考えは、今は逃げるしかないと思うの。」
その言葉に全員が驚きの声を出す。そっちに驚くのもいいけど、誰も俺には触れないのか…?
「ちょ、ちょっと待ってください!」そう言って立ち上がったマリアの声は震えていた。
「マリアちゃん…あなたの気持ちは分かるけど、今の私たちにはあれに勝てる力が無いの。
ごめんなさい…あなたのご両親を助けられなくて…。」
マリアも分かっているのだろう。それでも、なんとかしたい…ユキだって同じ気持ちのはずだ。
だったら、俺がするべきことは決まっている。
「はぁ…全く、らしくないな。ホントに俺らしくない…。」
仰向けで倒れている望はぼそりと呟くと、ゆっくりと起き上がる。
前の世界では人助けなんて出来なかった俺が、こっちに来てからはらしくないことばかりしてるな。
……今度は、今度こそは出来るかな。俺にも。
「望…どうしたの?」そんな彼に不思議そうな顔で尋ねるユキ。
しかし、望はユキの問いには答えず、佇むマリアに顔を向ける。
「マリア、俺があの木の化け物を倒してやるよ。」
一瞬の沈黙の後、ユキの怒声が響く。
「望⁉︎あんた、何言ってるか分かってるの?気持ちは分かるけど、死にに行くようなものよ!
さっきの戦闘で分かったでしょ?お人好しも大概にして!」
「俺だって、馬鹿なこと言ってるのは分かってる。だけど、俺がお前の言う勇者なら出来るはずだ!」
「あなた、自分で違うって…無茶すぎるわ。希望的観測にもほどがある。」
「そうかもしれない。俺一人じゃ無理かも…。だから、みんなの力を貸してくれ!
無理を言ってるのは分かっている。でも、俺を信じてくれ!頼む!」
頭を下げる望。その姿に、誰も何も言葉が出てこない。
沈黙がしばらく続き、小さな手のひらが彼の頬にそっと触れる。
目の前には、炎のような赤い髪と赤い瞳、華奢で小さい体躯からは想像出来ないほどに自信に満ちた顔をしている。
「アイ…。」
「私は望の力になるよ。だって、望は私のモノだから。」
微笑む少女に続き、少年の声が聞こえる。
「俺もやられっぱなしは嫌だからな…手を貸すよ。」
「ちょっと、本気で言ってるの?もしかしたら…死ぬかもしれないのに。」
「大丈夫だ。そんなことにならないために、力を合わせるんだ!だから、ユキも力を貸してくれ。」
「望…。」
望の真っ直ぐな言葉がユキの気持ち、考えを揺れ動かす。
もしかしたら、彼なら、望なら本当に出来るんじゃないか。本当に勇者でみんなを救えるんじゃないか。
何の根拠も、戦える力も、勝てる保証もない。だけど、希望という可能性はある。
望と初めて出会ったあの時と同じ感情が、希望が、彼女の中で湧き上がる。
ユキは大きなため息と共に、一つ呼吸をして、口を開く。
「はぁ…全く、仕方ないわね。手伝ってあげるわ!
私が召喚した勇者だものね。責任とって、みんなを救いなさい!期待してるから!」
「おう、任せておけ!」胸をドンと叩き、マリアに笑いかける。
ユキもユートもアイもマリアに微笑みかけている。
「みなさん…ありがとうございます!」
少女の声は震え、涙が頬を伝い、零れ落ちているのが見えた。
こんな時にどんな言葉をかければいいのか俺には分からない。だけど、気持ちを伝えることは出来るはずだ。
望はマリアの前で膝をつき、彼女の頭をそっと優しく撫でる。
「絶対、救ってみせるから。だから、もう泣かなくていいよ。」
涙をいっぱいに溜めた瞳を拭い、鼻をすする。
涙でくしゃくしゃだった顔にはいつもの優しい笑顔が戻り、周りを元気で包み込む。
「さぁ、反撃開始だ!!」「おーー!!!」
望の掛け声で全員が拳を天高く突き上げる。それは勝鬨を上げる侍のようだった。
それは夢を見ているようなそうでないような気持ちのいい感覚だった。
しかし、彼女にとってそれが常で、夢も現実も彼女には存在しない。
彼女の存在が現実であり、それを見るものが夢なのだ。
重い瞼をゆっくりと開けると、長い睫毛が瞼の動きと同時に揺れ、宝石のような美しい瞳が現れる。
美しい顔立ちは少女にも成人女性にも見える。
成長途中の幼い身体つきに似つかわしくない女性の色気、妖艶さが彼女を見たものを虜にしてしまう。
白く絹のような艶かしい肌が露わになっている。つまり全裸だ。
彼女は全裸のまま暗闇の中に横たわっている。
暗闇に満たされた空間に赤黒い液体が広がり、鏡のように闇を映し出す。
大きな欠伸をして、赤黒い鏡面から体を起こす。柔らかい肌からそれが滴り落ちるが不思議と彼女の白い肌は汚れておらず、濡れてもいない。
艶のある白い肌を曝け出し、ゆっくりと立ち上がると大きな伸びをする。
その姿は人間そのものだが、雰囲気が人間のそれとはかけ離れ、異常さを醸し出している。
「そろそろあの人も起きてる頃だろうし、迎えに行こうかな。私の魔王様…。」
そう呟いた少女の背中には黒い翼が生え、臀部、人間でいう尾骨あたりには長く黒い尾が生えていた。
そこにはさっきまで存在したはずの巨大な樹氷と化した魔物の姿はなく、あるのは戦いにより荒れ果てた森だったものだけだ。
「どういうことだ⁉︎魔物がいなくなってる?」
全員が辺りを見渡すが、そこには魔物の姿はない。
「あれだけ大きいのに見つからないってことは逃げたんじゃねぇの?」
ユートの言葉が正しいことを願う一方で、こんなあっさり逃げるわけがないという不安が拭いきれない。
「望、どう思う?やっぱり逃げたのかしら…?」ユキの問いに望は首を振る。
「…俺は違うと思う。こういうのは敵が油断した隙を突くのが定石なんだ。
きっと、あの魔物は隠れて俺たちを見張っているに違いない。」
「見張っているって…どこからだよ?」
ユートはキョロキョロと周りを探すが、すぐに諦めて首を傾げる。
「こんな所のどこに隠れる場所があるんだよ?あんなにでかい図体してるんだぞ?」
そうだ。あいつはバカでかい巨木でこんな開けた場所じゃ隠れられるわけ無いんだ。俺の考えすぎか…?
「……違う。下だ。」「えっ?」ユキが真下を見つめる。
「奴は地面の下にいる!俺達はあいつの罠に掛かっていたんだ。みんな逃げろ!」
望の判断は早く正しかった。しかし、この場所に来た時点で、彼らはすでに奴のクモの巣に足を絡め取られていた。
望の逃げろという叫びとほぼ同時に、足元が振動し、地面に細かな亀裂が走っていく。
そして、その亀裂から何百という木の根が槍のようになって彼らを串刺しにすべく突き出てくる。
一瞬の出来事で誰が死んでもおかしくない。望も自分が死んだと思っていた。
だが、体に痛みは無く、力いっぱい瞑った目をゆっくり開くと、そこには不思議な光景が広がっていた。
望達は白く輝く壁に囲まれ、突き出す槍から彼らを守っているのだ。
「間に合った…。ったく、もっと早く気付きなさいよね。」
「これは…?」
「守護の魔法、障壁よ。」
「助かった…ありがとうな。」
「まぁ、あんたが気付かなかったら、今頃串刺しの刑だし…お互い様よ。
でも、感謝しなさい!敬いなさい!!崇めなさい!!!」
はいはいと流す望にユキは膨れっ面で摑みかかる。
「ま、まさか詠唱無しに魔法使えるとか…一体何者なんだよ⁉︎」
驚きの声を上げるユートとマリア。ゲームだと魔法なんかは珍しくないが、この世界ではそうでもないらしい。
「えぇと、それはだな…。」
「そういう話は後にして!そろそろ魔法が解けるわ!」
彼らを守っていた白い障壁はひび割れていき、ガラスの割れるような音と共に砕け散る。
砕けた破片は雪が溶けるように消え、守りが消えた彼ら再び槍が襲う。
一斉に逃げ出す望達だが、望の後ろを走っていたユキが魔法使用による疲れからか足がもつれ、転んでしまう。
「ユキ!」
彼女の様子に気付き、振り返った望は彼女へ手を伸ばす。
「掴まれ!」「……うん!」
ユキの手を取り、再び走る出すが、槍はすぐ後ろに迫っていた。
「望、私がもう一度止めるから先に逃げて!」
「お前はどうするんだよ⁉︎」
「私のことはいいから!私があなたを巻き込んだ。これ以上迷惑かけられないわ。」
「はぁ…このバカ!今更、何言ってんだ!
みんなで帰らなきゃ、意味ねぇだろ。お前の召喚した勇者を信じろよ!
どんな絶望的な状況だって、希望に変えてやる!勇者ってのは、どんな作品でもそういうもんだからな。」
ユキを掴む手に急に痛みが走る。
「バカって何よ!ったく、作品ってとこが頼りにならないけど…。
で、この状況どうするのよ?相手は巨大で攻撃的、しかも土中に隠れてるのよ?」
「今はとにかく逃げる!話はそれからだ!」
望にグイッと引っ張られ、バランスを崩したユキだが、体がふわりと浮いたかと思うと、次の瞬間には彼に抱きかかえられている。そう、お姫様抱っこだ。
「ちょ、ちょっと何これ!」
「しばらく我慢してくれ!しっかり掴まってろよ!」
そう言った望の体が黒い輝きを帯びると、ユキの体に押さえつけられたかのような強い力がかかり、周りの景色が一気に変わる。
大きなジャンプをした望の体は空中に舞い上がり、落ちていく。
「きゃーーーーー!!!!!
このバカ!あとで覚えてなさいよーーー!!!!」
内臓が跳び上がるような感覚を覚えたユキは望の体に必死にしがみ付く。
飛ぶことはあっても落ちることはなかったユキにとって、初めての感覚だった。
何メートル落ちたか分からないが、短い空の旅を終えた二人は木の生い茂る森へ落下し、それらをクッションに地面へ着地。というか、落下した。
折れた枝葉が倒れている二人へ降り注ぐ。どうやら、魔物からは逃げることが出来たらしい。
「死ぬかと思ったぁ…。」
溜息交じりの望の言葉を聞いたユキは、ムクッと起き上がり、うつ伏せの望の腹に拳を叩きつける。
「フンゴッ!」「それはこっちのセリフよ!!」
絶対なんか潰れた…絶対潰れたよこれ…。
顔面蒼白の望に言葉を続けるユキ。
「私をほっといて逃げれば良かったのに…。二度死にかけたわ。」
「昔の知り合いに正義感の強いバカがいたんだけど、そいつのせいかもな。
今でも、手を伸ばして助けたくなるんだよ。」
「そう、ありがとう…。」
「おう…。」小さくか細い言葉は確かに望の耳に届き、彼の心を温めた。助けて良かったと。
「あいつらどこに飛んで行ったんだよ。」
望とユキとは別々に逃げたユート達は二人が上空を落ちていくのを確認し、合流しようと探していた。
「あっちよ。」
赤髪の少女、アイが森の奥を指差し、歩き始める。
「おい、なんでそっちだって分かるんだよ?」
「望を感じるから。彼の匂い、息遣い、心臓の鼓動…伝わってくるの。」
「なんでそんなことが分かるんだ…。お前、あいつに何かしてあるんだろ?」
ユートの手が剣に伸びる。その時、マリアが二人の間に入る。
「二人とも、やめて下さい。今はケンカしてる場合じゃなく、望さん達を探さないと。」
不満そうなユートは舌打ちをして、剣にかけた手を離す。
「それもそうだな。行こう。」
歩き出そうとするユートをアイが引き止める。
「待って、探す必要がなくなったみたい。」
「え?どういう意味だよ?」
「あれ。」
アイが指差す方向を見ていると影から人影が二つ現れ、何やら言い争いしているようであった。
「だから、朝はパンか食べないんじゃね?日本人は時間ないからな。」
「それ、どこ情報よ?あんただけじゃないの?
それに朝はガッツリご飯食べないと体がもたないわよ。」
「余計なお世話だ。あれ?お前らこんなとこにいたのか!探したぞ。」
「それはこっちのセリフだ!!」「それはこっちのセリフです!!」
ユートとマリアの合わせたかのような怒声に仰け反る望。
「えぇっ⁉︎なんで怒ってんだよ?それに同じようなことがさっきもあったような…。」
「怒っている理由、分からないんですか?心配したからに決まってるじゃないですか!」
「そ、そうですよね。すみません…。」
こんなに怒られるようなことしたっけなぁ。ユキを助けに行って、空から落下して…確かに怒られても文句は言えないことしてるな。
「望…。」
そこには小さな少女の姿があった。
「アイ…ごめんな、心配かけたみたいで。」
少女の頭を優しく撫でると、ぎゅっと抱きついてくるアイ。
後ろから咳払いが聞こえ、ユキの声が続いて聞こえる。
「脅威が去ったわけじゃないんだから、その辺にして作戦会議よ。
私達は、時間をかけずに、一撃のもとにあれを葬らなければならないわ。
でも、奴は土中に身を隠し、こちらを殺そうとしている。全く、卑怯で賢い奴だわ。」
「それで、どうやって引きずり出すかだよな。」
「私の魔法が使えれば、簡単なんだけど、魔力が足りないし…。」
「じゃ、私がやるわ。」そう言ったのはアイだった。
「できるのか⁉︎」
「一撃であいつを地上に引きずり出せばいいんでしょ?
で、出てきたあとはどうするの?」
「俺とユキが仕留める!ユートはマリアを守っていてくれ。今度こそ、奴を倒す。」
木々を掻き分け、森を抜けると、地面にいくつも穴が空き、荒れた場所が現れた。
先程、望達が襲われた場所に彼らは戻ってきたのだ。
そして、一人の少女がそこに立っていた。
赤い髪に赤い瞳、幼い見た目の中にどこか人間離れした雰囲気を秘めている。
「それじゃ、望の為に頑張ろうかな。彼のお陰で開いた封印だし、恩返ししないとね。」
少女は大きく深呼吸をし、言葉を連ねる。
「我は、罪と罰、秩序と正義を司るものなり。闇と光の扉を開く時が来た。
大地の精霊さん達、出番だよ。
震えろ、震えろ、大地の化身。全てを砕き、押し潰す。あなたの力を示しなさい!
おいで、泥巨人の王 ゴーレムキング!」
大地の底から伝わる振動。歪み、砕かれ、地中からそれが現れる。
それは巨大な腕だった。人と同じように指があり、砂や泥、岩石で構成されている。
「うーん…やっぱ、魔力が足りてないのか。完全には召喚できなかったみたい。」
少女の前に現れた腕は拳を握るとそれを地面に叩きつける。
空気、大地を伝わる衝撃と爆音。地面が崩壊し、吹き飛び、土が舞い上がり、視界を覆う。
空中に散った小さな瓦礫が落下し、コツンッという軽い音が辺りでいつくも響いている。
そこには巨大なクレーターが出来ており、中心にはゴーレムの腕がめり込んでいた。
「見つけた。あとはよろしくね、望。」
その言葉が終わると同時に、ゴーレムの腕が地中から引き抜かれ、その手には巨大な種子のような物体が握られていた。
引き抜いた瞬間に、再び、瓦礫がばら撒かれ、落下する。
「これが木の魔物の正体だよ!」
アイの声で望とユキが森から飛び出す。
「あれがバカデカい木の正体だったのか⁉︎信じられない…。」
「今はトドメを刺すのが先よ!」
空中にゴーレムの腕に掴まれた種子が掲げられ、ユキはそれに手のひらを向け、呪文を唱え始める。
「空気よ、水よ、風よ、我に従い、その力を解き放て。
凍えろ、蝕め、貫き殺せ!氷の刃を受け入れろ!」
呪文の最中に種子が成長を始め、ゴーレムの腕に絡みつくように根を伸ばしていく。
岩石の表面を侵食し、腕を食おうと成長し続ける種子。
ヒビが入り、砕け始めていくゴーレム。
「マズイ!ユキ、まだなのか?」
ユキの額から汗が滴り落ちる。
「任せなさい!さっきのお返しに串刺しになってくたばりなさい!!
フリーズイーター…アイスブラストスピアーーー!!!」
空気中の水分が集まり、固まり、鋭く尖った氷の槍が作られる。それは空気を貫き、凍えさせ、さらに鋭く巨大に成長しながら、種子に向かって飛んでいく。
空気が凍り、雹が降る。空気を切り裂く音と共に種子を貫き、傷口から氷が蝕み、全てを凍らせる。
ゴーレムの腕に絡みついた種子は一瞬にして、動きを止め、美しい氷のオブジェへと姿を変えた。
「やった…のか?」
冷気を出す氷像は一切動きを見せず、静寂が流れている。
はぁ…。と大きなため息を吐きながら、膝から崩れ落ち、座り込むユキ。
「もう、限界…。暫く動けないわ。」顔色は少し青白くなり、酷く疲れているようだ。
「大丈夫か?お前にばかり働かせてすまなかったな。」
「別にいいわよ。あの一撃で方が付いたならそれでいいじゃない。その代わり、あとで奢りね!」
こちらに指を突き出し、笑顔を向ける彼女に手を差し出す。
「わかったよ。お疲れ様。」
「あ、ありがとう。」
その手を掴もうとするユキは視界の端に何かの動きの捉え、そちらに目を向ける。
彼女の瞳に映ったのは、こちらに伸びてくる木の根だった。
仕留めたと思った種子は完全には死んではおらず、ゴーレムの凍っていない部分から根を伸ばし、こちらを狙っていたのだ。
ユキの瞳は大きく見開かれ、驚き、困惑、次の瞬間の自分の死…様々なことが頭の中を駆け巡り、動きを止める。
死とは無縁と思っていたが、それが目の前に迫り、牙を剥く。
体が冷たくなり、汗が溢れ出すのを感じる。
死が近づいてくるのは一瞬でも、長く感じられ、恐怖が精神を蝕んでいく。
私は終わったんだ…。
だが、彼女の体は横からの力に押され、動かない体は人形のように倒れていく。
軽い痛みの後、生温かいものが降りかかるのを感じた。
それは、べっとりとしていて、鮮やかな赤ではあるが、濃く、黒に近い赤だった。
「なんで…。」
そこには、腹部を貫かれた望が立っていた。
「無事で良かった。」
「なんでなのっ⁉︎なんで、そんな…。」
「なんでって…お前が死んだら、奢れなくなるだろ…。」
咳き込んだ望の口から大量の血が吐き出される。
「大丈夫だ…こいつは俺が、やる。」腹部を貫いている根を掴み、ニヤッと笑う望。
「これで…逃げられない。お前の全てを灰にしてやる。燃え尽きろ…!」
望の体が一瞬光ると、導火線に火が付いたように、ゴーレムの腕に向かって黒い火が走っていく。
そして、氷が割れるように溶け出し、中の種子が炎に包まれる。
しかし、炎に包まれた種子はゴーレムの腕を取り込み、再び巨大な木の姿へと急成長し、根を蠢かせ、暴れ回る。
根が突き刺さっている望はそれを引き抜かず、手で掴んだまま離そうとはせず、玩具のように振り回されている。
炎は勢いを増し、魔物を焼いていく。焼け焦げた臭いが森に充満し、煙が上空へ昇っていく。
すでに枝葉は焼け落ち、見える部分は黒く焦げ、灰に近づいている。
望を突き刺した根は完全に焼け落ち焦げたのかバキッという音と共に折れ、彼の体は空中に投げ出され、落下していく。
だが、地面と衝突する寸前、彼の体は風に包まれ、速度を落とし、その体は宙にふわりと浮き上がり、ユキとアイに受け止められる。
二人は望を抱きかかえたまま、その場に崩れ落ちるように座り込む。
薄れゆく意識の中、彼女達の声が聞こえ、ゆっくり目を開ける望。
「二人共…無事か?あいつはどうなった…?」
「大丈夫よ、あんたが倒したから…みんな無事。」
「そっか…。これで、胸張って…あいつに…。」
続きの言葉は聞こえなかった。
「そ、そんな…私が、こんな世界に連れて来なければ…。私のせいで…。」
ユキの瞳から大粒の涙が零れ落ち、望の頰を流れ落ちていく。
「死なせないっ!」
その言葉と共に立ち上がったアイは、鋭く尖った石を拾い、自らの腕を切り裂いた。
左腕から血液が飛び散り、赤く濡らす。激痛に顔を歪ませ、吐き出される声を圧し殺す。
体が一気に熱くなり、汗が噴き出してくる。
「ちょっと何してるのよ⁉︎」
ユキの声は届いてないのかアイは震える手で望の服を破り、彼の胸、心臓の辺りを血で丸く塗り潰し、更にその赤い丸を中心で分ける様に胸から腹にかけて一本の線を引いた。
「絶対に死なせないからっ!望は私のものなの…私の剣になるんだから、勝手に死ぬなんて…許さないっ!!」
「そんな簡単な魔法陣じゃ蘇生術どころか何もできな…。」
ユキの顔から悲しみは消え、困惑へと変わる。
「ちょっと…これ…。あんた何する気なの⁉︎」
幼い少女の顔は痛みによる疲労と失血で青ざめつつある。しかし、その赤い瞳は炎のように輝いている。
「契約よ。魂の契約…。私は望を救う。望の魂を喰らってでも…。
回れ回れ、回って、結べ。天の星々、地の最果て。
青き光は赤き器に注がれる。朽ちる赤きに滅びる青き。
我は言葉、我は力、我は支配…。
汝、白金 望…ここに血の烙印は押され、その血、その肉、その魂尽きるまで契約により、汝を我がものとする。」
言い終わると、アイは望の唇へ自分の唇を重ねる。
ユキはその光景に顔を赤くするが、目の前の出来事に恥ずかしさはすぐに消えたようだ。
唇を重ねた瞬間、望の胸の赤い印が輝き、傷が治癒していき、彼の心臓は再び鼓動を始めた。
それは、人の力では成し得ない、神の御業としか思えない出来事だった。
「アイ、あなた一体…何者なの?」
ユキがそう聞いた瞬間、アイは倒れ、意識を失った。
読んで頂いた皆様、ありがとうございます。楽しんで頂けましたでしょうか?
投稿がかなり空いてしまい、前回の話を読んで頂いた方にもう一度読んでもらえるか心配でなりません。
私生活や仕事とのバランスが取れず、書いては消してを繰り返していると、いつの間にか年を越していました。
本当は仕事より、こちらを優先してもっと真剣に取り組みたいと考えてはいるんですが、そうもいかないところが辛いところです。
そんなことはどうでもいいとして、今回自分でもちょっと無理矢理かなとは思ったのですが、今後の展開とか投稿ペースとか考えるとこの内容になってしまいました。
今更、投稿ペース気にしてんのかよって感じですが、、、笑
次回はもう少し早く投稿できるといいなと思います。
…はい、頑張りますよ。
長くなりましたが、宜しければ次も読んで頂けると嬉しいです!
コメントも受け付けてますよ!
それでは、失礼します。