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魔法使いの弟子2 ~はた迷惑な師匠の話~  作者: りく
第1章 水使いの不在
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「こんにちは」


 にこにこと笑顔を浮かべながら声をかけてきた薄幸の美少年に、カルナリスは青白い顔を向けた。


「えっと、お元気じゃなさそうですね。寝不足、ですか?」

「そういう君は、肌つやよさそうですね」


 つい先日知り合った、名前も知らない彼の一見した印象は、まさしく薄幸の美少年。

 病弱と言われれば思わずうなずきそうな彼だが、その肌色こそ白いものの、つるっつるのすべっすべである。

 まさに、睡眠たっぷりとった健康優良児。

 対して、昨晩、頑張って初級魔法書を200ページまで読んで寝不足気味のカルナリスは、目の下に隈をこさえ、見るからに不健康そうだった。

 カルナリスの口調に、若干の妬みが紛れていても仕方ない。


「どうしたんですか?」

「いえね、ちょっと宿題が……」


 クロイはあくまでもただの先輩。レポート出せと言われて、はいどうぞと出すいわれはない。

 だがしかし、である。

 彼は仮にも、3か月とはいえ兄弟弟子として面倒を見てもらった先輩でもあり、それなりに恩もある。ましてや、クロイが言ったことは、意地悪とかではなく、カルナリスのためでもあるのだ。

 そして、なにより。


 レポート出さなきゃ後が怖い。


 はたして、どんな無理難題を要求されるか知れたものではないのだ。これまでの決して短くはない付き合いの中で、カルナリスも学習している。


 水の弟子たちに逆らってはいけない。


 そんなわけで、カルナリスは追い込まれていた。テストでもないのに、いまさら分厚くて小難しい魔法書を読みなおすのは難しい。頭に入ってこないのだ。だが、怒ったクロイは怖い。

 だから、寝不足でちょっとばかり判断能力が低下していたカルナリスは、気づけば、聞かれもしないのに、つい昨日起こったクロイとのやり取りをべらべらと目の前の少年に話していたのである。








「なるほど、確かに無自覚は危険ですね」


 ぐさり、と至極当然のようにつぶやかれた言葉が、カルナリスの胸に深く突き刺さる。

 少年は、カルナリスをじっと見ながら、うんうんと一人納得したようにうなずいている。


「土と水の相性がいいようですね」

「はあ」

「特に土は、無自覚に触れれば、吸い取ってしまいそう……」


 そう言って、少年はまじまじとカルナリスを見やり、ツツツ、と距離を取った。


「え、なぜそこで逃げるの?」

「あの、僕の魔力を吸われると、非常に不具合がありまして」


 申し訳なさそうに謝る少年。謝りながらも、カルナリスとの距離はさらに遠くなっていく。


「え、君、大地の魔法使いなの?」

「えっと、ちょっと違うんですが」


 困ったように言う少年に、深く追求することはせず、カルナリスは質問を変える。


「じゃあじゃあ、私はクロイ先輩の魔力を吸い取っちゃったってこと? 無自覚で?

 でも、それだと、水柱が大きくなるのって変じゃない?」

「魔力を吸い取ると言うのは、イコール力を弱めることではないんですよ」

「え? なんで?」

 不思議そうに首を傾げるカルナリスに、少年は困ったように眉根を寄せる。


「魔力は、魔法の出力を操るだけではないのです。もちろん、魔力が大きければ、出力も大きくなりますが、その分、暴走しないように調整するにも魔力は消費されます」

「えっと、そうなの?」

 少年はじっとカルナリスを見つめる。その眼差しは、どこか冷たい。


「2巻だけでは不十分ですね」

「えっと?」


 怪しい雲行きに、カルナリスが若干少年から距離を取った。ちょうど同じだけの距離を、少年がつめてくる。


「なぜ、貴女は一度に畑に水をあげることができないのでしょう」

「うっ」


 自分の欠点を指摘されて、気まずさに少年から視線を逸らそうとしたが、逸らせない。


「よく考えてみてください。どこら辺の土が、どれだけの水を必要としているのか、貴女はイメージできますか?」

「それは、わかるけど」


 畑のことなら、すぐそばにいなくても、カルナリスには我がことのように把握できる。


「では、この畑に、一度で必要な分だけの水をあげるにはどうすればいいのでしょう」

「一度じゃ無理だよ。だって、全然水の量が違うもの」


 同じ野菜を育てているわけではない。育てている野菜によって、欲している水の量が違うのだ。例えば、同じだけの水の量を畑全体にやるのであれば、カルナリスにでもできるのだ。


「貴女は、全ての魔法を使うことができる。水だけでなく、火や風の魔力を組み合わせれば、水遣りなんて自在です。実際、これだけの大きさの畑を育てているのです。貴女は無意識で風魔法を組み合わせているはずです」


 カルナリスは、まじまじと少年を見つめる。

 水遣りに水魔法以外を使うというのは、ちょっと想像できなかったが、それを素直に言ってしまったら、もっと困ったことになりそうだと本能が告げ、カルナリスは押し黙る。

 もちろん、そんなカルナリスの想いなど、少年に届くはずもない。


「1巻も読み直すべきです。それから、貴女は付本の5巻も読まないとだめですね」

「ふ、ふほん?」


 聞いたことのない単語に、カルナリスは冷や汗を浮かべる。

 5巻って何。それってつまり、1~4巻もあるってことだ。


「水魔法を暴走させたと言うのなら、貴女は無意識に魔法を調整するために消費していた魔力を吸い取ってしまったということです。

 魔力を吸い取るなら、出力用の魔力を吸い取らなければいけない。もしくは、出力用の魔力に、反対の魔力をぶつけて相殺させる必要がある。

 ですがそれも、魔法の仕組みをよく理解していなければできません」


 カルナリスの背中を、冷たい汗が伝っていく。

 少年の言っていることが、難しくて理解できない。


「1巻には、さらりとしか書いていません。そもそも、1つの魔力しか使わない魔法使いには、それで十分ですから。

 ですが、貴女は違います」


 少年は、まるで遠い昔を思い出すかのように、視線をわずかに上に向け、一生懸命に何かを思い出そうとしている。


「付本の5巻は、研究者向けに、魔法の仕組みが細かく載っています。ただ、光や闇の魔法使い向けに、もっと良い本があったはず……」


 少年があまりに真剣すぎて、いやいや、もう本の紹介はいいよ、とは言えない雰囲気だ。

 だが困る。

 カルナリスは本が苦手だ。実戦で覚えるタイプなのだ。

 だからこそ、いつまでたっても細かい調整が苦手ともいう。 


「そうだ。そう。

 塔長の部屋にあったはずです。タイトルは忘れてしまいましたが、古い本で、3代目の塔長が書いた本に、効率の良い魔法の潰し方があったはずですよ」


 魔法の潰し方って何。いつのまにそんなぶっそうな話になったの。


 声にならない言葉を胸にしつつ、カルナリスは引きつった笑いを浮かべる。


「光の魔法使いとして、どう注意すべきか。他の魔法使いとどう違うのか、比べてみれば勉強になりますよ」


 キラキラした瞳で語る少年は、研究に没頭しているときの師匠や、新しい魔法具造りに熱中しているときのチルナを髣髴させる。


 多分きっと、少年の言うとおりなんだろうとは思う。思う、が。


「とても良いレポートが出来上がると思います」


 にっこり笑った少年からは、悪意は読み取れない。

 カルナリスにはちょっと眩しいくらいの笑顔の少年から視線を逸らし、遠くを見やる。


「うん、ありがとう。参考にしてみるね」


 カルナリスには、それ以外のセリフを口にすることはできなかった。







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