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魔法使いの弟子2 ~はた迷惑な師匠の話~  作者: りく
第1章 水使いの不在
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 雲一つない晴れ渡った青空。

青々と茂った野菜畑。その上を、キラキラと水の粒が落ちていき、日の光を受けて虹の橋が立つ。

 大地が潤い、緑に命の水がいきわたる。

 畑の野菜から、喜びの音楽が聞こえてくるようだ。


「うん、完璧」


「どこがだ。

 畑全体に水をやるつもりだったんだろうが、お前の視界に入らない部分には水が届かないようだな。仕方なく4段階に区切って水やりしたものの、その都度水の量が違う。あっちは1度。ここは3回水やりしたな。どうして均等に水やりができないんだ。そもそも、視界に頼りっきりなのが問題だ。

 お前は土属性だけは普通レベルなんだから、見なくったってどこら辺でどのくらいの水を求めているのかわかるはずだろう。わかっているのに水が届かないのは、水の魔法の鍛錬不足だ。仮にも4属性を扱う光の魔法使いを目指しているなら、不得意をなくせ。苦手意識を持つな」


「えっと、クロイ先輩」


 いつの間にやら背後に立って、カルナリスの水やりの様子をじっくりと観察していたであろう水の魔法使いのクロイに、振り向いた彼女は盛大に顔をひきつらせた。


 せっかくの自画自賛だったが、あっという間に全否定だ。まったくもってクロイの言うことは正論で、反論の余地がない。


「水にだって、水の望む流れというものがある」


 ふわりとクロイの手からあふれ出る水の柱は、クロイの周りを緩やかな螺旋を描いて上昇していく。

 キラキラと水の粒が舞う。水が踊っているようだった。

 まるで宝石を纏ったかのように煌めく水の柱の中に、銀の髪、空色の瞳の美貌の青年が立っているのは、ため息が出てしまうくらい絵になる光景だった。


 天使のような子供が、成長とともに普通の大人になってしまうことはよくあるが、この水の魔法使いは、成長とともに美貌が増している。

 いい加減見慣れたはずのカルナリスでさえ、改めて格好いいなあと、ついつい見惚れてしまうほどだった。


 すっかり油断していた彼女は、だからいつものように何も考えずに、クロイへと無造作に手を伸ばした。


「ばかっ」


 クロイが魔法を消すより早く、カルナリスは水の柱に触れていた。






 魔法にも、相性というものがある。

 例えば、水と火や、土と風は反発しあう。しかし、水と水なら相性がいいのか、と言えばそういうわけでもない。使い手同士の相性というものがあり、相性が悪ければ、同じ水同士でも反発する。むしろ相性がいいことの方が少ない。特に、水と水、火と火の組み合わせは相性が合うことの方が稀だ。

 だから、通常別の人間が使った魔法に干渉することは危険だとされている。暴走してしまうのだ。


 当然、カルナリスもそのことは知っていた。知識としては、だが。


「うわわっ」


 水柱が勢いを増し、クロイとカルナリス二人を包み込むように太く、巨大となっていった。

 カルナリスの体が暴力的な勢いの水流に流され、足が地面から離れる。


「むわっもほっ」


 口の中を水が容赦なく入り込み、言葉を紡げない。浮かび上がって水中をもがく彼女の手を、クロイが乱暴に握りしめ、力任せに彼女の体を自分に引き寄せた。


「この、あほうがっ」


 なんでこの水の中しゃべれるの、なんてのんきに考えていたカルナリスの体から、すうっと水の圧力が消え、代わりに頭上に容赦ない拳骨が落とされた。


「ったあ!」

「ばかかっ」

「………す、すみません」 


 ずぶ濡れで水を滴らせ、目のふちを怒りでわずかに紅く染めたクロイが、すぐ真上からカルナリスをねめつけている。二人の身長差は、ゆうに頭一つ分以上あるので、本来ならこんなに近くにクロイの顔が近づくことはない。


 カルナリスは今、クロイに片手で抱き寄せられたまま、地に足がついていなかった。

 間近で見るクロイは、まさしく水も滴るいい男、であったが、ここでそんなことを口にすれば、さらなる被害が待っている。

 フェロモン駄々漏れのクロイから、思わずカルナリスは思いっきり目を逸らせた。美形に慣れたと言っても、さすがに色気過剰で気恥ずかしい。うっかりしていたが、カルナリスも一応は、花も恥じらう年頃の乙女、のはずである。だからこれは、正常な反応だ。たぶん、きっと。


「えっと、あ、あの、その、うっかりしてましたが、そう、ちょうどよかった」

 ぐいっとクロイの胸を押しやり、地に足を着けたカルナリスは、ごそごそと灰のローブの懐から、小さな包みを取り出した。

 表面は濡れているが、中身は何とか無事そうであるのを確認してから、カルナリスはそれをクロイに差し出す。


「これ、使ってください」


 クロイは黙ったまま包みを受け取ると、中から薄青のハンカチを取り出した。肌触りの良い布地に、細い銀の糸で細かな刺繍が施されている。


「魔力増幅の紋様を織り込んでみました」


 自慢げに見上げるカルナリスを見て、クロイが盛大な溜息を吐く。


「人の魔法に迂闊に手を出すなと教えられなかったか?」

「えっと、はい、教わりましたね」

「下手するとずぶ濡れになるだけじゃ済まないんだ」


 まるでわかっていなさそうなのんきな顔のカルナリスに、クロイはさらに深く息を吐く。


「使い手の相性が悪ければ、水魔法を使っていたのに、爆発したり、地面が陥没したりといったことも起こる」

「へ?」

「上位の魔法使いが、下位の魔法使いを抑えこむことはできるが、そうでなければ何が起こるか保証できない。

 いいか、2度と人の魔法に干渉するな」

「あ、はい」


 カルナリスの鈍い反応に、クロイは眉間のしわを深くする。

 つい先ほどのカルナリスが、クロイの魔法に干渉しようとしたわけではないことはわかっている。でも、だからこそ危険なのだ。


 カルナリスは、無意識で他人の魔力に共鳴しやすい。


「初級魔法書第2巻実技編を読んで、俺が帰ってくるまでに要点をまとめてレポートにしておけ」

「え? ちょっ、初級魔法書って、1冊だけでも1,000ページを超えますよ! 2巻を全部読み直すんですか? え? ちょっ、え?」


 カルナリスは両手で頬を抑えて絶叫する。その様子をふん、と鼻で笑ってから、クロイはカルナリスを置いてその場を去っていった。去り際に、カルナリスから渡されたハンカチを、ローブの下の胸ポケットに丁寧にしまう。 


「え、え、えーっ?」

 呆然と叫ぶカルナリスは、何時の間にか自分が魔法で水気を取られていたことにも気づかず、クロイが、「俺が帰ってくるまで」といったセリフの意味を考えることもできなかった。 



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