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「デイジーの居場所? 王都のどこかじゃないのですか?」
小馬鹿にしたような笑みを浮かべながらディオスを見やり、エミールはもう用はないと言うように手にした書物に視線を落とした。
エミールは、デイジーに次ぐ水の塔の2番目の魔法使いだ。
向上心にあふれた彼は、目の上のたんこぶであるデイジーを毛嫌いし、弟子のディオスをも疎んじている。ディオスとて、エミールを好きではない。
彼は、確かに水の魔法使いの実力者ではある。その能力を否定する気はないが、ディオスにとって、彼の魔法は一言で言えば、「つまらない」だった。勤勉で確実。独創的なところが一切なく、堅実を絵にかいたような魔法。技は多いし完成度も高いが、それらはすべて過去の文献に載っている物ばかり。失敗はないが、大きな成功はない。古いものをなぞるばかりで、新しいものがないのだ。それでは、いつまでたってもあの、独創的で独善的、破天荒なデイジーには、敵わぬどころか追いつかないだろうと思う。
だが今は、そんな個人の好き嫌いに構ってはいられない状況だった。
デイジーにとって、まったく眼中にないエミールに、自身の居所を伝えているとも思えなかったが、仮にも水の2番である。今は、どんな些細な可能性もつぶさないわけにはいかなかった。
ディオスは引きつりそうになる顔をなんとか平静に保ちつつ、もう一度同じ問いを重ねる。
「エミール殿は、師匠の居所をご存じないわけですね」
「弟子の君が知らないのに、私が知るはずもないでしょう。
何ですか。デイジーにすがらなければならないようなへまでもやらかしましたか?」
ふと、興味がわいたと言うように、エミールはディオスに視線を戻す。
獲物を狙う肉食獣の目だった。
実力もあり、そこそこ端正な顔立ちをしているにもかかわらず、彼に全く重みを感じないどころか、軽薄にすら見えるのは、ディオスの主観による偏見というわけではないだろう。
彼が、その浅慮を隠さないからだ。彼は隙あらば、ディオスの、ひいてはデイジーをその地位から引きずり落とそうと粗さがしに余念がない。
「私に用があるわけではありません。塔長がお探しなのですよ」
「……ふうん」
とたんに、興味をなくすエミール。
そんなところが、浅はかだと思う。
今は、あの、塔長が、あの、奇人デイジーを必要としているという、特異な状況なのだ。
少しでも目端が利く人間ならば、ここで自分を売り込む方法を探るだろう。
「それでは、失礼します」
軽く会釈をして踵を返す。
やはり、誰かを王都にやって探すべきか、と考えを巡らす。捕まえられるかは運次第。
運、と考えて、眉間にしわがよる。ディオスに唯一足りないものが、その「運」だと彼は思う。
「まったく君も、とんだ師匠についたものですね」
背後から聞こえた声に、聞こえないふりで歩を速める。
――貴方などよりよっぽどましですよ。
さらに眉間のしわが深くなっていた。
「カルナリスったら、また腕を上げたわね」
手元の濃い緑のスカーフを眺めながら、水の魔法使いのミリィはしみじみとした口調で呟いた。
「また、カルナリスからたかったのか?」
「あら嫌だ、材料費は提供してよ?」
兄弟弟子であるクロイの言葉に、ミリィはふふん、と鼻で笑って返す。
そんな小生意気な態度が実にしっくりとくる、目鼻立ちのはっきりとした、気の強そうな美少女である。カルナリスいわく、「妖精のよう」に可憐な、ただし、いかにもいたずら好きなイメージをもっている。
「それでは対価とは言えない」
「いいのよ。私が身に着ける、ってことが大事なんですもの」
ふわりとスカーフを首元に巻きつけ、ミリィはニコリとほほ笑む。
まるで妖精の羽のように軽やかで、華やかだ。
スカーフの色は単純な緑ではなく、美しいグラデーションに染め上げられており、よく見れば、銀の糸で細かく施された刺繍が、光に反射してキラキラ輝く。ただの刺繍ではない。魔法の呪文が織り込まれた、特別性のスカーフだ。
「あいつは、紋様師にでも職替えするつもりか」
思わず眉間にしわを寄せて、クロイは不満げな口ぶりで呟く。
魔法の呪文や魔法陣を、特殊な技法で織り込む技術者を紋様師という。
紋様師が織った布を媒介にすれば、わずかな魔力で様々な魔法を使うことが可能だ。
しかし、現実的に、魔法使いが実用可能な力を持つ布を織れる紋様師はほとんどいない。せいぜい、ローブを強化したり、気休め程度の護符を織り込む程度が一般的だ。
そのような中で、特に能力の高い紋様作家に、カルナリスは妙に気に入られ、技術を伝授されており、たまに上手くできた試作品が水の弟子たちの元に転がり込んでくる。
「魔法具師でも十分やっていけそうよ?」
ちらりとみせたのは、右手の腕輪。やはり細やかな細工が施された優美な品だ。何処をどうやったら、あの大雑把な性格のカルナリスの手が生み出すのか不思議なほど、繊細でもある。
「それも魔法具か?」
「そう。ユアンの細工をまねながら、ちょっとした守護の守りがついた優れもの!
まあ、まだ単純な水難避けってのが難点だけれど」
「水難避け。――阿呆か」
水の魔法使いに水難避け。まったくもって意味がない。
「実験作品だから材料費のみのお手頃価格。細工はまさしくユアンそのもので、アクセサリとしてなら申し分ないでしょう?」
「あいつは魔法使いだろうが」
苦々しい口調に、ミリィは微笑む。
「選択肢が多いっていうのは、羨ましいけれど悩みどころでもあるわね。
特にあの子は、素直で流されやすいから」
「先輩として、アドバイスでもしてやったらどうだ?」
ミリィの首元からスカーフを抜き取り、微かに目を眇めながらクロイは紋様を読み解いていく。
もともと、カルナリスの手先は器用で、設計さえ間違えなければ、作品の完成度は高い。紋様師でも、魔法具師でも、十分やっていけるだけの技術はあるだろう。
問題なのは、彼女は魔法の呪文を紋様に変換する設計が得意でないという点だ。
魔力を増幅させるローブを作って、彼女が魔力を暴走させた時は、クロイは散々な目にあっている。
「悩めば悩むほど、得たものは多いのよ。
まあでも、クロイが相談に乗って差し上げたら?」
ふん、と鼻を鳴らし、クロイは持っていたスカーフを投げ返す。
「……あら、師匠?」
ミリィがクロイに何か言葉を返そうとした時、二人がいた共有ルームの扉が開き、師匠のディオスが姿を現した。
「クロイ、君に今すぐ王都に行ってもらいたい」
苦虫を噛み潰したような表情なのは、最近のディオスのデフォルトだ。それでも、ミリィが僅かにいぶかしげに師匠を見やったのは、常にも増してディオスが不機嫌に見えたからだろう。
「王都、ですか?」
クロイもいぶかしげに師匠を見やる。
王都とディオスが結びつかない。もちろん、魔法使いによっては王都とつながりを持つものも少なくないが、ディオスは塔での研究を第一とする魔法使いだ。
「そう、大変不本意なのですが、何とか師匠を捕まえねばなりません」
「師匠の師匠というと、あの?」
「そうです。王都のどかかにいるであろうデイジー師匠です。
私が探しに行くべきでしょうが、私が行けば、あの人は間違いなくでてきません」
眉間のしわを深くしながら、ディオスは苦々しげに続ける。
興に乗れば、君の前になら姿を現すかもしれません、と。
クロイとミリィは、今までディオスの師匠に会ったことがなかった。おそらく、彼らの世代で、伝説の水のトップを見た魔法使いは存在しない。
二人は、思わず顔を見合わせる。
「その、クロイの前に姿を現さなかったらどうなるのですか?」
ミリィが、クロイの気持ちを代弁して問いかける。
「……理の塔が崩壊します」