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魔法使いの弟子2 ~はた迷惑な師匠の話~  作者: りく
第1章 水使いの不在
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 畑中に水やりを終え、カルナリスは満足そうに笑みを浮かべた。


 今春に植えたばかりの種は、順調にすくすくと芽を出し、勢いよく葉を広げている。

 今年は畑を少々拡大し、新しい作物に手を出したところだった。


 彼女が師匠と住む小屋の前にある、広大な広場だった場所。そこは、何年か前までは、野外訓練場の一つだったと聞く。野外訓練場は、一つの属性魔法しか使用できない、各魔術の塔内にある訓練場や実験室とは違い、属性の異なる者同士が訓練したり、複合魔法が使用できる場所だ。魔力の定まっていない魔法使いの卵たちが、各々の得意分野を自覚するための野外授業にも使用することもある。


 しかし、今彼女の目の前に広がるのは、一面の畑。野外訓練場だった名残など、どこにもない。


「うーん、充実しているなあ」


 毎年着々と広げていった畑は、確実に収穫を増やし、彼女の小遣い稼ぎに貢献している。

 一時期、莫大な借金を抱え込んでいると思い込んでいた彼女の趣味は、身の証明が果たされた今でも、相も変わらず小金稼ぎである。畑仕事自体が趣味なのではない。多分、違う。ここで、違うと言ってしまうことが良いのかは正直微妙だが。いや、畑仕事が趣味でも、年ごろの女子としては微妙だろう。そして、悲しいことに、彼女のこの残念な趣味はかなり広範囲の人々に知れ渡っている。


 満足気にぐるりと畑を見渡して、彼女は不穏な人影に気付いた。


 畑の向こうの木の陰から、大地の魔法使いの証である、茶のローブを着た魔法使いが、じっと緑一面の畑を見つめている。不穏極まりない眼差しである。


「むむっ」


 無断で畑を拡大して塔の敷地を侵略している自覚のある彼女は、無駄に防衛本能が発達している。それなりの実力のある大地の魔法使いにかかれば、彼女の苦労の結晶は、泡と消えてしまう。文字通り、収穫が完全に消されかねないのだ。

 不法占拠を言い当てられては言い逃れができない。収穫没収は勘弁願いたい。百歩譲っても、何とか畑の縮小で勘弁してもらいたい。それも、今回の収穫が済んでから。

 いや、本音を言えば、見逃してほしい、切実に。


 何とかごまかせないだろうか。


 必死に頭を働かせながら、カルナリスは巧妙に風の魔法を使って気配を殺し、不審人物に近づいていく。

 こういう、便利ではあるが、決して誇れたものではない魔法の腕は、着実に上昇している。気配を隠すのは得意だ。気配を探ることはできないが。

 じわじわと不審人物に近づく。

 見覚えのない魔法使いだった。わりと年の食ったおじさんである。じっと、親の仇でも見るかのように、畑を睨み据えている。

 何が気に食わないのだろうか。まさか、収穫間近なこのみずみずしいレール菜が嫌いなのだろうか。確かに、ちょっと苦みがあって、苦手とする子供も多い野菜だ。栄養価が高く、需要も高い野菜なのにもったいない。

 さらに近づく。

 おじさんは深い溜息をついた。気だるげに首を左右に振る。


「この畑に、何かご用ですか? 収穫をご希望ですか? レール菜は、まだちょっと収穫には早いですけど」


 にこにこ営業用スマイルを張り付け、逃げる隙を与えずに言い募る。


「あちらのナルの実は収穫できますよ。油で揚げるのがお勧めですが、炒めものでも、シチューの具にも良いです。おすすめです。ご試食、いかがです?」

「え? あ、いや、私は……」

「まさか、ナルの実もお好みではない?」


 カルナリスはナルの実が好きだ。収穫量は多いし、ほとんど失敗がない。色も形もいいから、良い値で売れる。もちろん、食べても美味しい。手軽に料理できるうえに、色味がよいから、見栄えがする。素晴らしい食材だ。 


「いや、嫌いではないが、うん。いや、すまんな。ちょっと様子を見に来ただけなんだ。失礼するよ」

 そそくさと、おじさん魔法使いはまるで逃げるように去っていく。

「え、ちょっと、おじさん?」

 年っぽいのに、逃げ足は速い。実は風の魔法使いかと思うほどの逃げ足の速さだ。


「なんだったんだろう、一体」

 取り敢えず、畑を奪おうという輩ではないのだろうか。いやいや、油断はできない。

「案山子を置く、ってのは人間相手じゃ意味がないし」


 ぷっ、と小さく噴き出す音が背後でした。


「誰?」

 まったく気配を感じなかった。いやもちろん、カルナリスに気配を感じるなんて技はないのだが。


「す、すみません。貴女の独り言が面白くて、つい」


 大地の魔法使いが立っていた木のすぐ裏から、そう言って笑いながら、ひょっこりと一人の少年が姿を現した。


 薄幸の美少年である。


 いや、まさしくそういう印象だったのだ。

 柔らかいウエーブの、プラチナブロンドの髪。透き通る様に蒼い、穏やかな光をたたえる大きな瞳。鼻筋がすっきりと通っていて、形の良い赤い唇に、控えめ、というより儚げな微笑を浮かべた少年だった。カルナリスより年下であろう、将来が楽しみな美少年だ。


「うわあ」


 カルナリスは、それなりに美しい人間を見慣れていた。彼女が一時期師事した水の魔法使いしかり、その弟子二人も、美少女で、美少年だった。

 だがしかし、である。彼らは一見して天使のようではあるものの、その性格が影響してか、「儚い」なんてイメージは微塵もない。


 こうして優しげで落ち着いた美少年を目にして初めて、これが本物だ、という気持ちがふつふつと沸き起こった。何をもって本物なのかは、カルナリスにしても意味不明なのだが。


「うわあ」


 もう一度呟く。それ以外の言葉が出てこなかった。水の弟子の彼がいれば、「やはり阿呆は語彙が少ない」とかなんとか言われそうである。ついでに、水の弟子の彼女なら、「まあ、おかわいそうに」とか言って盛大に溜息をくれちゃいそうである。


 ぼんやりと美貌の少年を眺めていれば、水の弟子二人よりももっと衝撃的な爆弾発言をいただく羽目になった。


「あの、君は、闇の魔法使いの方ですか?」

 







「す、すみません。てっきりその、君のそれは、――あの、ほこりをかぶった黒のローブじゃないんですか?」


 盛大に否定したのに、往生際悪く、美少年はいまだにカルナリスを闇の魔法使いと思っているらしい。

 さらには、カルナリスの灰色のローブを見て、大変失礼な発言をしてくる。

 そこまで言われると、非常に情けなくなってきた。師匠じゃないんだから、と心の中で否定する。いやしかし、師匠のだらしなさが、弟子に伝染しているとしたら?


 カルナリスは、慌てて自分のローブと身だしなみを確かめた。


 うん。あまり褒められた状況ではなかった。さっきまで畑仕事をしていたのだ。ローブの裾は、ばっちり土で汚れている。これでは、先ほどの失礼発言も非難できない。


「私は、その、一応、……光の魔法使いの弟子、でして……」


 思わず目が泳いでしまう。光、の部分が小さくなってしまったのは自信のなさの現れでもある。

 彼女の師匠は、間違いなく光の魔法使いだ。全ての魔法使いのトップに立てる存在。だが弟子の自分は、いまだ単なる魔法使いの卵。


「す、すみません! 汚れちゃった白のローブだったんですね」


 これが、水の弟子のどちらかの発言だったなら、嫌味か! と、怒ることもできただろう。だが、目の前にいるのは、ちょっと小姑みたいに意地悪発言の多い水の弟子たちではない。まったくもって不思議なことに、彼は本心からそう言っているようにしか見えないのだ。だからこそ、余計に恥ずかしい。 


「いえ、あの、こちらこそ紛らわしくて済みません。これはまだ、見習いの灰のローブです」


 灰のローブを着ているくせに、光の魔法使いを名乗るとか何様だ、と自分の発言にさらに落ち込む。

 やっぱり自分には、魔法使いを名乗るより、畑仕事の方が似合う。


 目の前の少年は、小さく首を傾げている。

 その姿さえ、絵になる美少年だ。


 だが、なんというか、美しい人間というのは、どこか欠点があるんじゃないかとカルナリスは常々思っていた。性格に難のある水の魔法使いとか、その弟子たちとか。


「ああ、なるほど。――君は、光に守られているんですね」


 ふわりと笑って、少年は静かにそう言った。

 意味不明だった。

 

 彼は多分、不思議ちゃんというやつなんだろう。





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