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魔法使いの弟子2 ~はた迷惑な師匠の話~  作者: りく
第1章 水使いの不在
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「あっ」


 小さく声が漏れると同時に、少年の手にあったカップが滑り落ちた。

 毛の長い絨毯の上に落ちたカップは、幸いにも割れることはなかったが、まだ十分に残っていた中の液体は、真っ白い絨毯を茶色く染める。


「王子、どうされました?」

 侍女の言葉に、けれども少年、ウイリアム王子は答えることなく、そのまま椅子から崩れるように倒れこむ。


「王子、ウイリアム王子?」

「だ、誰か、王子が!」


 慌てたように、最初に声をかけた侍女が王子の元に駆け寄る。もう一人の侍女が、倒れたまま動かない王子を見て、部屋を飛び出し、声を張り上げた。


 中の騒ぎに、外に控えていた騎士の一人が、医者を呼びに駆け出す。

 倒れた王子は血の気を失い、細く、苦しそうな呼吸音を漏らしている。白い絨毯を染めた琥珀の液体は、ゆっくりと浸食を広げていった。






 その日、突然倒れた大陸唯一の王国の世継ぎの王子は、原因不明の死病を患い、意識を失ったまま目を覚まさなくなった。








 国中の魔法使いが集まる「理の塔」。


 その一角にある大地の塔の一番高い窓に、ふわりと一羽の鳥が降り立った。

 淡い緑色の、優美な鳥だ。

 その羽は、よく見れば緑のグラデーションを織りなしており、長い尾の先は若干濃い緑色となっている。

 部屋の主が窓へとゆっくり近づくと、ちらりと視線をやり、尾を左右に揺らした。


「やあ、ずいぶんご無沙汰だね」

 塔長は、長年の知己に対するように、懐かしそうに緑の鳥に声をかけた。


「定期的に来るように言ってあるのに、誰も守りやしない」

 そう言って、深く、わざとらしいほどに深く、ため息をつく。

 右手を差し出せば、鳥は詫びるようにその手に顔を寄せる。


「まあ、いいけどね」

 小さく呟いて、疲れたように、窓の近くにある肘掛椅子に深々と腰を下ろす。右手に顎を預け、塔長は気だるげに窓の外を見やった。


 この窓から見える景色はいつも変わらない。理の塔のすべてが見渡せる。正面中央にそびえる学舎の塔。そして、それを取り囲むように配置された、水、火、風の塔。西側の、風の塔の奥に見えるのが学生寮で、東側、水の塔の奥に見えるのが、扶翼の塔。理の塔に所属する魔法使い達の生活を補助するための施設だ。


 本来、塔長は、学舎の塔の最上階に居を構える。理の塔の中心。魔法使いの頂点に立つ存在に、そこ以上にふさわしい場所はない。けれども彼は、一度もそこに移ったことはなかった。


『本来塔長というものは、歴代光の魔法使いが務め上げたものなのです』


 地の代表の言葉は正しい。


 歴代の塔長は、すべて光の魔法使いだ。四塔に属さない、孤高の魔法使い。だからこそ、塔長の居は、塔の中心、学舎の塔の最上階と決まっている。それは、塔長が闇の魔法使いだったとしても同じこと。塔長となる資格は、光か闇の魔法使いのみ。


 だから、彼は居を移さない。


 彼はただの地の魔法使いだ。地の魔法使いの頂点。4大魔法使いの一人、「土使い」との尊称を与えられていても、その事実は変わらない。

 彼はあくまでも仮の塔長。繋ぎの存在。本来の塔長が、塔長としてここに現れるまでの代理人。


「君たちはみんなずるい」


 窓の外は、理の塔のすべてが見渡せる。だが、それだけだ。

 そう、ここから見えるのは、理の塔だけ。限られた、魔法使いだけの世界。彼の世界はここだけで、外には広がっていかない。彼はこの場に縛られている。抜け出すことはできない。


 ――逃げられない。


「いい加減、待つばかりは飽き飽きだよ」


 呟いた言葉は、自嘲の響きを多分に含んでいた。








 ふんふふーん。


 楽しげな、どこか調子っぱずれの鼻歌が聞こえてくる。

 それは彼女の癖だった。熱中すればした分、その音は大きくなる。ついでに足が勝手にリズムを踏む。体も自然に動き出す。


 ふふふーん、ふん!


「あっ」


 するっと腕からすり抜けたペンチが空を飛んでいく。


「この、大馬鹿者」

「ったー!」


 ばっこーん、と頭を勢い良く叩かれ、彼女は頭を抱えた。 


 ずどっ、と鈍い音が右後方から聞こえる。いやな予感に、思わずそのまま俯くが、灰色のローブのフードを否応もなく引っ張られ、首がしまったので反射で頭を上げ、その上げた頭を力任せにぐぎっと後ろに捻られた。


 見たくなかったものが見えた。壁に、先ほどすり抜けたペンチが突き刺さっている。


「何度言ったらわかる」


 低いアルトの声。その声に似あわない、可愛らしいふわふわな薄桃の髪の毛に、鮮やかなピンクの瞳。色合いだけなら愛らしいのに、当人は、不健康に青白くやせ細った顔の、怖い顔をした女性だ。


「ほら、また」

 ゴツン、と今度は拳骨を脳天におくられる。病的に痩せているくせに、意外に力が強い。


「魔力が散っている」


 言われてやっと、自身の魔力が駄々漏れなことに気付く。ついでに、周りに散らかった魔法具が、微妙に振動していることに、遅まきながら気付いた。

 彼女の魔力に反応して、作動しかけているのだ。


「うえっ、あわっ、おおっ」


 ちっ、と小さく舌打ちの音がすると同時に、目の前が真っ暗になる。 

 さらにパニックに陥りかけたが、問答無用で沈められた。比喩ではなく、頭を押さえこまれ、地面に押さえつけられたのである。


 ようやくのことで、自分が作った、魔力飛散防止の魔法陣を織り込んだ特製ローブを、頭からすっぽりかぶせられたあげく、暴れないように抑え込まれたのだと理解する。


 我ながら素晴らしい出来。彼女の駄々漏れだった魔力が、瞬時に収まっていくのがわかる。うっかり、これを作る前に逆作用のローブを作り出してしまったことは、この際置いておく。


 対彼女限定。使用者及び利用目的が限られた、使い勝手がいいはずのない、というかよくては困る代物だ。

 何しろ彼女は魔法使い。――の、卵。そんな彼女が、魔力飛散防止のローブを着るってどうよ? 意味不明だ。そうでなくてはならない。


 このローブを着ると、彼女は魔力を放出できなくなるのだ。つまりは、魔法が使えなくなる魔法使いのローブ。まったくもって意味不明だ。

 いい加減落ち着いて、魔力の放出が収まったのを見計らったように、視界からローブが取りはらわれる。


「申し訳ありません!」


 先手必勝。謝るが勝ちだ。

 もちろん、反省はしている。

 彼女が扱っているのは、さまざまな魔法具だ。呪文で起動するものや、魔力で起動するものもある。その用途も、自動筆記具やライトや録画機などの日用品から補助魔法具や簡易魔法具など、様々だ。中にはもちろん、ちょっとした魔法を仕込んでおくことで、増幅して返すなんて言う、作動してしまったら困ったことになる道具もある。そんなものが、たくさん、無造作に放置されている。一つの魔法具の反応が、他の魔法具に影響を与えることもある。なにしろ、ここにあるのは完成品ばかりではないのだから。


「まったく、もっと自覚を持て。お前は危険人物だ。そんな状態ではいつまでたっても白のローブは着られないぞ」


 理の塔卒業間近に関わらず、相変わらず魔法使いの卵の証、灰色のローブのカルナリス・ティアル、17歳。


 一人前の魔法使いへの道は、まだまだ遠い。






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