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「こんにちは」
勢いよく扉を開けた、いささか幼さの残る顔立ちの若者が、カウンターに立つ店番の少女に晴れやかな笑顔を向けた。
「まあ、いらっしゃい」
微かに頬を染めながら、少女は嬉しそうな声を上げる。いつもより表情が明るく輝いて見えるのは、若者を迎えたからに他ならない。
彼は、ここ数か月ばかり前から、ウエストフィールドの外れにあるこの町で、唯一の宝飾店であるこの店に顔を出すようになった剣士見習いだった。
明るい茶色の髪、琥珀の瞳の、笑顔が爽やかな好青年である。特別美形というわけではないのだが、人当たりがよく人好きのする性格で、いつの間にか決して小さくはないこの町に溶け込み、今や住民の誰からも好かれている。元気で明るく、周りを楽しい気分にさせる笑顔の持ち主だ。
見知らぬ他人にも親切で優しい、と評判だった。手先も器用で、一人暮らしの老人宅を修繕している姿を見かけることもある。重い荷物を気軽にもってくれたりと、さりげない優しさに触れ、少女のように彼に惹かれている者も少なくない。
彼は、町から外れた森にある、冬場は使用しない狩猟小屋に、師匠と二人で住んでいる旅人だった。師匠の方は、めったに町には現れない。夜の酒場にふらりと現れた姿を見かけた者によれば、筋骨隆々たる偉丈夫だという。弟子の若者と二人だったり、稀に、一人で現れることもある。師匠の方は、若者とは逆に、寡黙で表情もあまり変わらない。その姿が渋くて良い、という女性も、やはり少なくはない。
今やこの町の注目の二人でもある。
女性にもてる、という意味において、宝飾店とは無関係ではいられなさそうだが、彼がこの店に顔を出すのは、顧客としてではない。
「この前言ってたやつ持ってきたんだけど。どう?」
若者が取り出したのは、いくつかのアクセサリーだった。決して都会とは言い難いこの小さな町では、なかなか扱うこともない、意匠の細かい、見事な細工の施された品々である。
少女は目を輝かせてアクセサリーに見入った。
どの品も、少女が見たことない、洗練された美しいものだった。
本当かどうかは定かではないが、今流行のユアンの銀細工だという。
どうやら、彼の師匠が手慰みに作っている品々らしいが、真贋のほどはさておき、どれもこれも女性の心をとらえて離さない魅力のある品であることに間違いはない。本物の銀であることは、店の主も確認している。ただ、残念ながら、ユアンの作品だと確認する術がなかった。
本来なら、高名な細工師がこんな小さな町にふらりと現れて作品を売り歩く、なんてあるはずもない。
しかし、ユアンは別だった。
そもそも、彼の作品が最初に売りに出されたのは、やはりこんな名も知らぬような小さな町だったのだ。彼は、もともとは旅費を稼ぐためになんとなく作った細工物が、流れに流れ着いて王都にたどり着き、あっという間に知らぬ者もない細工師にと成りあがったという旅人だ。高名にもかかわらず、未だ彼専用の宝飾店は存在しない。
ユアンは現在も旅人だという。
そのため、これらの作品がユアンのものと断定もできない代わりに、否定もできない。ユアン本人を知る人物が、本当にごく少ないのだ。
けれども作者を特定できない以上、買い取りにさほど高値はつけられない。
「あ、待ってて。すぐ父さんを呼んでくる!」
少女ははっと我に返り、店主である父を呼ぶために店の奥に引っ込んだ。彼女には、店に並んだ商品を売ることはできても、買い取りなどできるはずもない。
「うん、よろしくね」
慌てる少女の背に、のんびりとした青年の声がかかる。
この品々が銀細工師ユアンの作品なのは間違いないが、彼には高値で売りつけようという意思はない。
高額買取を望むのなら、王都で売る。当面の生活費が工面できれば、それで十分なのである。
「さて、今日はひさびさに師匠と豪勢に食事できるかな」
街の酒屋で出される食事を思い浮かべて、青年は一人笑いを抑えきれずにいた。
「あ、師匠」
森の中で、大地に突き立てた大剣に右手を添え、睨みつけるように宙に視線を向けたまま突っ立っている男に、青年は大声で呼びかけながら駆け寄った。
すぐそばまで近づいても、黙って宙を見つめていた師匠は、しばらくしてからようやくゆっくりと青年に視線を向けた。
「ばっちり売れました」
にっこり笑って報告すれば、師匠はわずかに戸惑ったような表情に変わる。
「大丈夫です。ばれやしませんて」
ぐふふ、っと品のない笑いが込み上げる。こんな笑顔を見たら、あの店番の娘だって、百年の恋から覚めただろう。
「大丈夫です。こんなちっさな町でうっぱらったからって、足は着きませんよ。
そもそもみんな、正真正銘の本物だなんて信じやしません」
先ほど店で売り払ったのは、正真正銘の、ユアン作の銀細工。
現在、王都の商人にほぼ独占販売の形で契約されている物だ。勝手に、しかも、あんなはした金で売り払ったとばれたら、間違いなく罰金ものだ。契約違反と訴えられる。
青年は悪人顔でにやりと笑う。
「さあ師匠、今日は久々に町に飲みに行きましょう!」
呆れたように、師匠は深く溜息をついた。
――これが、ある剣術使いと手先が器用なその弟子の、よくある日常の風景。




