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4大魔法使いの席が空く。
塔長の失墜を目論む大地の魔法使いに、期待の水の魔法使いは暴走中。
塔卒業間近に未だ灰色のローブを纏う優柔不断な弟子と、それを指摘できないチキンな師匠。
世界の中心では、第1王子の暗殺未遂。
はるか遠い空の下、ある剣術使いとその弟子が「理の塔」を目指し、塔は騒乱に見舞われる。
魔法使いの弟子の続編です。
――くだらない。実にくだらない。
今日、何度となく口にしかけた言葉をぐっと飲み込み、水の魔法使いであるディオス・カーンは小さく息を吐いた。
そのわずかな音は、ディオスが飽いた会議の喧騒にすっぽりと飲み込まれる。
会議の当初、ただ明るいだけだった窓の外は、今では眩しいばかりの赤色に染まり始めている。
日が沈むのが随分早くなったな、と、ディオスはまた一つ溜息をつく。早く部屋に戻って、弟子たちの今日の研究成果を確認したい。ここにいるより、よっぽど有意義だとさえ思う。
「ですから、本来塔長というものは、歴代光の魔法使いが勤め上げたものなのです」
興奮した面持ちで口角泡を飛ばす勢いで叫んでいるのは、一人挟んでディオスの左の席に座る、古参の大地の魔法使いだ。今日のどうでもいい議題が済んだところで、勝手に話し出したはた迷惑な人物である。
――じゃあなんですか。貴方は、あの怠け者のリンゼイに塔長を継げと? 彼に従うというわけですか? はっ、ばかばかしい。
ディオスは心中で、彼がよく知る、世界でただ一人の光の魔法使いを思い浮かべ、苦い顔を作る。
会議の場には、大きな円卓をぐるりと囲むようにして、赤、青、緑のローブを身にまとった魔法使いが2名ずつ、茶のローブの魔法使いが3名の、計9名の魔法使いが集まっている。
国中の魔法使いが集まる、ここ、「理の塔」。
理の塔は、地水火風の4属性の魔法使いの塔と、魔法使いの卵たちが勉強する学舎の塔といった複数の塔で構成され、魔法使いたちが日々過ごしている。
今、ディオスが参加しているこの会議は、そこに所属する、各塔の代表、副代表と、理の塔を統括する塔長とで構成された、定例の代表会議だった。常ならば定例報告にプラスいくつかの簡単な話であっさりと終わるはずが、今日に限って夕刻になっても解放されない。
大地の魔法使いでもある塔長に代わって、大地の塔を統べるべき魔法使いが、議題から大幅に外れた話題を口にしているからだ。
「そうはおっしゃられても、カリム殿。リンゼイはさすがにまだ若すぎるのでは?」
ディオスから見て二人挟んで右側の席に座る、深紅のローブを身にまとった火の魔法使いが、嫌味ったらしく嫣然と笑う。
誰が若造なんかに従えるか、というところだろう。
当然だ。
現在世界でただ一人の光の魔法使いであるアルザス・キーア・リンゼイは、しかしまだ20代という若さでしかない。魔法使いとしても、あまりにも経験が少ない。
地水火風すべての魔法を統括するという、ある意味最強の魔法使いとしての才に恵まれているとはいえ、彼の力はいまだ発展途上だ。現状では、光、闇の下位に位置する大地の魔法使いとはいえ、膨大な魔力を有し、その圧倒的な才能、技でもって「塔長」の位置に立つ現塔長に及ぶべくもない。そしておそらく、今ここにいる、火、風、大地の魔法使いの代表者達にさえ、今の彼では敵わないだろう。
確かに、アルザス・キーア・リンゼイには才能がある。
ディオスとて、彼の才能を否定する気はない。だが、それだけだ。
すべての魔法使いの卵たちの学び舎でもある理の塔で、ディオスは彼と一時机を並べていた。特例でもって本来の入学時期である10歳より若くして入学し、飛び級のあげく彼と同じ年に卒業していった年下の彼に、ディオスはあっさりと主席の座を明け渡した。彼の実力も才能も、いやになるくらい理解している。
それでも、彼にはいまだ塔長に足るだけの実力はない。何より、この、癖のありすぎる魔法使いたちを統べるだけの狡猾さがない。圧倒的に経験が足りないのだ。
そう、いずれ、彼が塔長を継ぐことが確実であっても、間違ってもそれは、今ではない。
「しかし、ブリジット殿。塔長とは本来」
「それをおっしゃるなら、カリム殿」
穏やかな笑みを浮かべながらカリムの言葉を途中で遮ったのは、少々だらしなく緑のローブを着崩した風の魔法使い。風の塔のトップだ。
彼はちょうど、塔長の左隣の席にいて、ディオスからは、そのどこか人を小ばかにした表情がはっきりと見て取れた。
「塔長の地位に立つのは、光か闇の魔法使い、ですよ」
一般的に、魔法使いは、地水火風のいずれかの属性の魔法使いとして存在している。2種類の属性の魔力を持つ魔法使いはいるが、3種以上の魔力を持つ存在は希少だ。そして、その希少な存在の一部が、4属性を身の内に持つ、光の魔法使いであり、闇の魔法使いである。
そしてそれは、光と闇の魔法使いが、唯の4属性の魔法使いの上位として位置する理由の一つでもあり、魔法使いの塔を統べる「塔長」が、光か闇の魔法使いとされてきた理由でもあった。
「いや、しかしですな。それではバージル殿は、あの偏屈の魔法具師なんぞを塔長に押されるというのか?」
アルザス・キーア・リンゼイと時を同じくして、新たな闇の魔法使いとなったのは、ディオスとは同年の、引きこもりの魔法具師チルナ・ノーラ・カノンだった。
彼女は、正式に闇の魔法使いとなった今も、相も変わらず引きこもりながら魔法具師を続けており、正直なところ、彼女の今の魔法使いとしての能力がどれくらいかは未知数である。彼女の正確な実力は、おそらくは塔長くらいしかわからないだろう。
だがやはり、経験や知識という点で、彼女も塔長には遠く及ばない。
「おやおや、お忘れかな、ご老体」
からかう様な言葉にかっとなるカリムに間髪入れず、風の魔法使い、バージルは続ける。
「現在光と闇の魔法使いは3名。うちのお馬鹿どもとは違い、万人が認める魔法使いといえば、もう一人の闇の魔法使いなのでは?」
「なっ」
カリムの呻き声を最後に、場に静寂が訪れる。
楽しそうに笑っている風の魔法使いを除けば、各塔の代表、副代表は、それぞれ眉をしかめたり、気まずげに視線をさまよわせたりしている。
本来、今の塔長に代わり、「塔長」の位置につくはずだった闇の魔法使い。歴代の闇の魔法使いの中でも、屈指の実力者。
彼の名は、塔長の前では禁句となっている。
――くだらない。実に茶番だ。
ディオスは、漏れそうになる溜息を何とかこらえた。ちらりと、沈黙したままの塔長に視線をやる。
彼は腕を組み、静かに目を閉じたまま動かない。
――まさか、本気で寝ているんじゃないでしょうね。
本気で疑いかけた時、ゆっくりと目を開けた塔長と目が合う。慌てて視線を逸らしたが、間に合わなかった。
「水のディオス。意見があるならどうぞ? 師匠の代理とはいえ、君は今、水の塔を代表している。遠慮することはないよ?」
塔長の発言に、皆の視線が集まった。面白がるような視線に、案じるような視線、そして、冷静に観察するような視線。忌々しげな視線は、大地の魔法使いと、すぐ右隣に座る、同じ水の魔法使いの副代表から。
ディオスは、話を振った塔長と、この場に追い込んだ自身の師に、思わず呪いの念を送った。
――こんな、議論ともいえない愚かしい会話に巻き込まれるとは。
そもそも、ディオスがこの場にいるのが大いなる間違いだった。
そう、地水火風4つの魔法使いの塔の重鎮の顔合わせの場である、この、4魔法使いの集いに、若輩のディオスが参加していることこそが。
すべてこれも、自分勝手でわがまま気ままな、彼の師匠、水の塔のトップであるデイジー・マーシルのせいだった。