独歩
男が一人いた。他人の事など歯牙にもかけず、ただひたすら己を刻苦し続け、かつての豊頰な面影も痩け、快活で朗らかな人柄すらも辟易な雰囲気に変貌させて懊悩と葛藤に呻吟する毎日を過ごしていた。路傍で放置された魚が炯々と夕日の光を浴びる中を、男は独りで歩いている。生きる意味すら見出せない日々の中で、それでも何処への目的地に辿り着く為に男は歩き続けた。
気づけば己の何処やも分からなくなったが、それでも男は歩き続けた。腹は鳴り、目は乾き、髪は乱れ、心は萎れ、だがそれでも歩き続けた。己の醜態を晒しても尚歩き続け、道行く人々の渋面を一身に受け、体は殆ど屍と化し、索漠とした道が地平線の彼方まで広がって、死んでしまいたいと願う気持ちが揚々と湧き上がり行く中でも、男は歩き続けた。
果たして、男は何を求めて歩くのだろう…
気づけば光り輝く白光が全身を包み、男は何時ぞやぶりに目に光を灯した。そして嗚咽し、手を精一杯に前へと翳す、男が最後に浮かべたのは、天真爛漫な微笑みであった。
常住座臥に至り臥薪嘗胆を貫徹し、気息奄々になれど己の信念を貫き、憐憫の情すら抱かれぬまま、ただ狷介者として世に憚る偽善者達に裁かれ、夢を見る事も無いまま夢を追い続け、そして己の身を滅ぼし、とうとう破滅を歩む事になった。頑固者は理論的に裁かれ、ただ己が道を独歩するしか生きる術はない。