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合縁奇縁はウソの中で

作者: 空知 縹

この学年に存在を知らないひとなど居ないであろう、誰しもが憧れるほどの仲良し校内カップル、A組の赤本とC組の山藁。


ふたりはどのようにして知り合ったのだろうか。そして、全く共通点のないふたりが、睦まじいカップルでいられる根拠とは。


A組、C組といえばクラスも隣接しておらず、部活も違えば、合同授業で一緒になるようなこともない。赤本は理系、山藁は文系であり、選択学科のコースも違う。おかしいくらい正反対。家も駅二つ分の場所に位置し、もはや離れすぎている。


顔のなりも、言っては悪いが不釣り合いであり、赤本は絶世の美女であると謳うまでの信者たちが存在するにも関わらず、山藁は何もせずして女子から毛嫌いされている。不潔だとかそういった類の理由ではなく、“なんとなくいけ好かない”らしいのだ。それも迷惑な話だが、そういう男子は、どんな場所にも少なからずいるのではないか。そう、そこの君!……なんて。かくいう僕も人のことは言えない。


ここまで、関係に及ぶような不安定な条件が揃っていて、共通の友人もなく、幼馴染でもないふたりは一体どうして付き合うことが出来たのか……。もはやその条件下では、友人関係を築くのにも積極性が不可欠である。


「いいんじゃね? あいつら付き合って何ヶ月よ。カップルなんだからいいよもう。リア充爆ぜろや」


マングースが言った。なるほど、びっくりするくらいの無関心。そして発言が物騒でテキトーだ。爆ぜる、なんて死ぬよりも凄まじいぞ。木っ端微塵、爆発四散に匹敵するほどだ。


爆発四散ついでに言うが、マングースは僕の友人である。よろしい、マングースの説明終了。


確か、ふたりは付き合って一年半のご長寿、喧嘩や言い合いを見かけたこともなく、それにまつわる噂も聞くことはない。仲はいい。異常な程に。しかしイチャついているというものでもなく「あぁ、なんかいいなぁ」、と見蕩れてしまう具合だ。それがふたりの関係である。


「へーぇ、じゃあナイスカップリングってことだね」


果たしてナイスなのか。というかカップリングとは。そもそもの話、そのことを僕は考えているのに何故一人で振り出しに戻ったのだろうか。気づけ。僕はその先の話がしたいのだ。


僕が何より気になるのは、二人の不釣り合いさがどのようにして均衡にされているかなどではない。そこまで僕は悪趣味じゃないし、そうだとしたら失礼だ。

そうではないのだ。


「じゃあ、何よ? 行為の話か? お前……変態だな」


どうして突拍子もなくそんな想像ができるのだろうか。言っとくがそこら辺に関して僕は微塵も興味が無い。


恐らく、だが、僕は変態ではないし、そんなことを聞いたところでただただ生々しいだけだ。そんなことを知って、次からどんな顔をしてふたりを見れば良いのだ。どんな顔をして、目の前で手を繋ぐふたりを見送ればいいのだ。遠目で見ることすら危ぶまれる。その類の情報はデメリットでしかない。いや、そうではなくて。


僕が気になるのは、ふたりがカップルとして、幸せであるかどうかだ。普段からずっと一緒に居るには、鬱憤が募っていては成し遂げられない。


だから、学生時代によくある、なんとなくカップルなのではないかという部分を明らかにしたい。しかし、そこは怪しむまでもないような気もする。


「はぁー? 幸せに決まってんだろうが。カップルだぞカップル。さっきも手繋いで帰ってたじゃねえか」


マングースがやけに興奮気味なのは放っておく。そう、確かにその通りなのだ。


周りのカップルは付き合っているのかと疑問に思うくらいの疎遠状態を作り出しているのに、赤本と山藁はこう……アウトプットじゃなくて、バーンアウトじゃなくて。なんというのだったか、こういう時は。


「オープンな関係? 」


それだ。ふたりの関係がオープンすぎる。


平気な顔で手は繋ぐし、昼食もふたり、中庭でつつき合っている。ひとまず学生同士の恋には思えない。だからこそ、カップルの模範、憧れなのだ。少なくともこの学校に、そこまでの純潔カップルは在学していない。目に余るカップルは沢山いるが……。それもそれで、悪いわけではない。


僕は手元にあった辞典でカップルの意味を引いた。どれどれ、なるほど。一対、一組。つまり、男女という意味。ぐうの音も出ない納得である。


しかし、それをあのふたりと照らし合わせると、みごと、合致しないのだ。なんというか……。


「なるほどなあ。確かに、一対というよりは、一心、って感じだもんな、あのふたりは」


そう。


一と一、そうではなく、1+1=2という具合である。焼き鳥が串に刺さっているように、草木に根があり茎があるように、互いが互いを理解している一つ、といった様子なのである。


「じゃあ、恋人、ってのが正解?」


僕は辞典で恋人を引く。ふむふむ、分かった。恋人の意味は、端的にいえば、相手を恋しく思う。故の関係。しかし、それにもまた似つかわしくない。あのふたりに、愛し合う、とか恋し合うとか、そんな言葉は不適当である。


「はは。つまり、お前が言いたいのはこうだろう。

赤本と山藁は趣味も趣向も違うし、環境的に考えて出会いすらも与えられないはず。

そんなふたりが何故か校内では知る者などいないレベルのカップルで、恋、愛なんて言葉は相応しくないというのにその関係がきちんと成り立っている。それも一時の気の迷いなんかではないことが一年半の交際で実証され、今でも仲睦まじいふたりだと。

それは何故なのか。何をトリガー、あるいはキーにしてふたりが恋人として成立しているのか」


まさか一口で僕の心中を語ってしまうとは。流石だマングース。お前は生粋のマングースだ。


「で、お前は……それを本人に聞けずにいると」


確かに、本人に聞けずにいる。


しかし、別に、人とのコミュニケーションが苦手なわけではない。それなら何なのか。言ってしまえば僕は、謎にぶつかって、悩むのが趣味なのだ。頭を悩ませることが、苦ではない。僕は自分自身を優柔不断だと思っていたのだが、実はそうではなく、本当は苦悩を手元に置いておきたいだけの特異な人間である。


とはいえ、山藁に直接聞くことが煩わしいのは否めない。


いや、それは要するに……。と、そこまで考えて、僕は無心になる。





──数日経ったある日の放課後、マングースがにやけ顔で僕に近寄ってきた。


当然その場で無視を決め込んだが、足ににじり寄るその姿がまるで本当に野生動物かと見紛う程で気味悪く、危うく業者に駆除を依頼するところだった。


他人にこの不思議な光景を目の当たりにされて、変に勘違いされたら冗談にならない。と、僕は渋々白旗をあげ、ついに口を割ってしまった。


「聞いてきたぜ、ふたりが付き合ってる理由」


ほう、忘れていた。すっかり忘れていた。


僕は今どうして人間は神を信じるのかという心理を個人的に調べていたのだが、そう言われればそちらの方も気になっていた。でかしたマングース。心折れるまでスルースキルをぶっぱなすのは今度にしてやろう。


「聞いて驚くなよ? 」


勿体ぶるな。乳首をつねるぞ。僕の乳首つねりは相手を油断させる極めて残酷な拷問方法として古くは中世から伝わっていたのだ。

無論嘘だが。咄嗟に思いついた嫌がらせが乳首つねりとは、やはり僕は……。


「夢、見たんだってよ」


は? 文脈があやふやすぎる。


「は? じゃなくてさ。見たんだって。夢を。

山藁が赤本と付き合ってる夢を見て、そのことを山藁が赤本に直接話したらしいんだ。勿論ふたりはほとんど初対面だし、顔は知ってても話なんて一度もしたことなかったみたいなんだ。しかもあろうことか校舎の裏に呼び出して、だぜ?変態だろ。

で、赤本はそれが新手のプロポーズかと気味悪がって、無視していたらしいんだよ。

……なあ、ここまででも結構ドラマチックだろ? 」


ドラマチックというか、至極現実的な話だな。


普通、あなたと付き合っている夢を見ましたなんて初対面の男から言われたら、飛び膝蹴りでも繰り出して立ち去るぞ。それは決して暴力ではない。恐怖ゆえのストーカー撃退、再発防止対策だ。


なんだかその話で、赤本のお人柄が伺えるな。彼女はきっと、真っ当な教育を受けておられる。概ね、僕とは違って。


「まあそれで、次の日だよ。なんと、今度は赤本が山藁を呼び出したんだ。勿論校舎の裏でな。

なあ、実は赤本も変態だったんだな」


ふたりの変態性はどうでもいい。というか話が長い。

頼むから僕が半狂乱で暴れる前に終わらせてくれ。


「で、赤本なんて言ったと思う? 『私もあなたと付き合っている夢を見ました』だってよ!っはは!俺もうその場で腹抱えて笑っちまったよ!」


よくもそこまでの関係に深入りして説明してもらった挙句、相手を目前にして腹を抱えて笑えるな。と、説教したい気持ちになった。本当にそれで付き合ったのか?


「言ってたぞ」


奇妙だ。そんな簡単に恋人ができるなら、なぜお前には恋人ができないのだろうな。不思議だな。


マングースは筋の通っていない話ばかり吐きまくる質ではあるが、およそ嘘をつくようなやつではない。だからこの話も真実。

……と、勝手に提言してみる。


出会いはなくても、運命はある。それを信じられるかが、きっとネックなのだろう。恋愛というのは、やはり無聊だ。


「おい相棒?もう帰るのかよ。なあケーキ食いたい、ケーキ。あまいやつな!」


会話の終わりと同じくして背を向けた僕に褒美を要求しているのだろうか。たかが日常会話で報酬を強請るとは強欲なやつだ、というより。


甘くないケーキって何だ。




校門を出て帰路につき、まるで神が悪戯に下したお告げのような、ふたりの夢について考えた。


山藁は夢の中で神のお告げを受け、それを現実にはせずともその事象を赤本本人相手に語った。道は途絶えたかと思われたが、奇跡的にお告げが連鎖し、赤本の夢にまで神が現れた。

そんなことがあるだろうか?初対面の人間が夢の中に出てくるなど。まあ確かに、"インパクト"は充分な訳だが。

しかし、たとえ印象に残ったにしても、それによってその人物と付き合いたいとなるだろうか。それも、相手は美男でもない。そこに妥協はないのだ。


何より、女子から距離を置かれるような人間だ。初対面の時点でこいつはやばいと察するはず。


やはり、その間に、何かが抜け落ちているような気がする。


しかしまあ、納得のいかない点は幾つかあるにしても、じつに見事なものだ。出会いのきっかけは夢が元で、なんて思いもよらない。奇跡と呼ぶにふさわしい出会いではあるが、それも感心してしまう。実際に付き合っているのだから良いではないか。

と、残念なことにマングースの言葉が不思議と嵌ってしまう。やれやれ。




よし、仕方あるまい。マングースは暇人の僕に退屈しのぎを与えてくれたのだ。感謝しなければならないな。そうだ。たまにはいいだろう。


そうして僕は帰路を外れ、駅地下のケーキ屋に辿り着く。ここのケーキ屋は超が付くほどの有名店で、遠方からお土産にとここのケーキを求める人も多い。それほど絶品で、高価で、値段相応な高級ケーキなのだ。果たしてそれが、マングースの働きの対価に見合っているか。ふむ、気が変わるようであれば即刻店を出よう。


木製のわりにずしりと重みある扉を開き、店内に入るやいなや、なんだか見知った顔がいることで足が止まる。見覚えのある男女、既視感のある風景。身を寄せ合いながらあれだこれだと楽しそうにケーキを選んでいる。制服姿のこのふたりを、僕は知っていた。


「お、よっす」


気づいたのは山藁だった。隣でケーキを眺めていた赤本も、こくりと頷き会釈した。赤本の髪型はショートボブで整えられ、少し赤みがかった髪色をしている。その様子からは、ふわり、という表現が似つかわしい。黒髪ではないのにかかわらず校則違反にならないのは、普段の素行が道徳意識に則っているためだろう。


僕はその会釈にそれとなく応じる。……しかし、こんな場所でカップルと遭遇しても、何と申せばいいのかわからない。やっぱり、おふたりはお似合いカップルですね。とでも言うべきか? どう捉えてもそれは馬鹿にしているだろ。


ふたりのルーツをマングースから聞いたことにより、今迄の不可思議なカップルとして認識できない。もっと高潔で、運命力のある存在に感じる。


僕はひとまず、マングースとの会話について、僕が抱いていた疑問について、その回答による感想を述べることにした。


「あー、それでマングースのやつ『お前らカップルの出会いが知りたいって悶えてる奴がいてさ』なんて言ってたのか。ん、でも待てよ? 夢って……」


いや、僕は別に悶えてない。やはりあいつにケーキを与えてやるのは辞めてやろう。裏でそのようなことを言いふらされている、その事実により、無性に腹が立ってきた。イラッとする。


山藁は何かを言いかけた。その隣で赤本が眉を潜めている。なんのことだか、という顔でこちらの表情を伺っている。


「マングースには悪いけど、別に、夢が出会いのきっかけじゃないぞ? 」


山藁はあっけらかんと笑って言った。僕は腸が煮えくり返るという言葉がこんなにも合う心情になったのは初めてだ。


ふたりの出会いを讃え、その経緯の詳細を自慢げに話す僕。

あいつは、本当に、救いようのない嘘つきだ。爆ぜろ。


「実際はさ……」


本当の、ふたりの出会いのきっかけを聞き始めると、僕は耳を塞ぎたくなる。


いや、待て。恋とはなんだ、愛とはなんだ、そもそもお前らは何なんだ。信じられない。やめろ、もう喋るな。聞きたくない。真実なんて、つまらないだけだ!


つらつらと語りかけるふたりの声が無音になり、頭の中にまで響いてこない。僕の思考が、止まったのだ。




あぁ、なるほど、合縁奇縁だ。

曖昧なことわざである合縁奇縁。その意味が、ようやくわかったような気がする。




さて、読者の皆様には、ふたりがどのようにして交際を始めたのか、是非ともご想像いただきたい。


たとえその想像がどんなものであれ、構うことはないのです。




真実と嘘は決して対ではありません。だからこそ真実は存在し続けるのですから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 夢云々の下り。周りから見たらそういうのは、ロマンチックさより、気持ち悪さが大分先行しそう。 [気になる点] いきなり作者の脳内当ててしてみてと言われても……。それやるなら答えつけるか、ちゃ…
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