お買い物へ行きましょう
歩いて門まで向かう途中に兵たちの訓練場が見えた。
「ほら、立て!まだ終わってないぞ!」
「だめです、お腹が空いてもう動けません……」
あ、食糧庫に忍び込んで食べ物盗もうとしていた人だ。
「ちゃんと飯を食わないからお腹が空くんだ!」
え?飯を食ってないの?
食堂で食べさせてもらったお肉を思い出す。
あんなにおいしいものを食べてないの?
「食べてますよ、でも空くんです……」
「ったく、しょうがねぇな。これでも食っとけ。15分休憩したら続けるぞ」
これでも食っとけって、何を手渡したの?
「ほら、ねーちゃんよそ見ばかりしてるとまたぶつかるぞ」
ドッシーン。
「ほら、言わんこっちゃない……」
「ごめんなさいっ」
目の前に兵士の制服が見えて、人にぶつかったことを理解し慌てて謝る。
「おやおや、こんなカワイ子ちゃんが、兵ばかりのむさくるしい場所に何の用だい?」
ひょろりと細身の兵士に、鋭い目を向けられた。
「イチール領代表のリーアです」
身分証として首から下げている小さな札を見せる。
「ああ、大会のね。明日の夕飯から毎日別の領の料理が食べられるって聞いてるよ。我々の隊はイチール領は4日目に食べさせてもらうよ。甘いものや脂っぽいものは避けてもらえると嬉しい」
へ?
「嫌いなんですか?甘いものおいしいですよ?」
「ふふっ。我らの隊は素早さを売りにしているからね。無駄に体重を増やすわけにはいかないからね」
え?そうなんだ。
「じゃぁ。甘いもの我慢しなくちゃいけないんですね……大変ですね……」
目の前に甘いお菓子があって、それを我慢しなくちゃいけないことを想像したら、あまりにつらくて涙がにじんできた。
「あはは。カワイ子ちゃんにとっては甘いものを我慢するのは泣くほどつらいのか。我らにとっては酒を我慢することにくらべたらへでもない。ほら、泣きやめ。これをやるからな」
兵士が、ポケットから小さな実を3つ取り出して手の平にのせて去っていった。
これ、さっき兵が手渡してたやつだ。
「ありがとうございます」
立ち去る兵の背に声をかける。
「なにこれ?」
ウイルがひょいと実の一つを手に取った。
「干した果物?こんな色の初めてみたな」
「あああー、私がもらったのに、私の、私のっ」
涙目になる私の口に、ウイルがもう一つ実をつまんで放り込んだ。
「ふおっ。もぐもぐ」
にょっ。
にょにょ。
なんだこれ?
ちょこっと甘くて酸味もあって、おいしいけど、何だろう?これもイチールでは見たことがない。
「なんか料理に使えそうだな」
私の手のひらにのっていた最後の一つをウイルがとる。
「ぴぎゃーっ、私の、私のっ!」
取り返そうと手を伸ばすと、ウイルはひょいっとよけてぽっけにしまい込んだ。
「これ見せてどこで売っているか聞いてみよう。兵が持ち歩いてたくらいだ。すぐに手に入るさ」
おおう、そうか。現物を見せて「これどこに売ってますか」って聞いた方がいいもんね。
私が持っていたら……食べてなくなるとウイルは思ったわけだ。
失礼なっ!
我慢くらいできるもんっ!
もっとたくさん食べるために一つを我慢するくらい、できるもんっ!
……たぶん。
門から門までは乗合馬車が用意されていた。というか、徒歩での移動はできない。用のないものが貴族街をうろうろしたりしないようになっているんだって。
歩いて行かなくてすんでありがたいシステムだ。
料理大会の札を見せればすんなりと3の円の門行きの馬車に乗ることができた。
「お前たちは料理大会の参加者か。調理器具はあっちの3つ目の通りだ。食材は、ここから南だ。一番奥が王室ご用達の店が並んでいる。今回は特別に料理大会の参加者も利用できるが、普段はお前たちなど店に入ることすらできないんだからな、失礼のないように」
むほー、なんですとぉ。
普段は入ることもできないようなお店に、入ることができるの?!
うわー、やった!いったい、どんなすごいおいしいものが並んでいるんだろう。
ごくり。
「ねーちゃん、出入り禁止になると困るから店の中でよだれたらすなよ」
ラジャー!
ハンカチで口を押えながら物色します!
え?違う?そういうことじゃない?
「あれ?本当に、ここが食料を扱う店?」
王室御用達の店が並ぶ通りでは、店頭に食材を並べているお店が一つもない。
食料品店のイメージといえば、店頭に山に積まれた野菜や果物だったり、店先にぶら下げられた肉の塊だったり。
それから呼び込みをする威勢のいいお店の人……。なんだけど、そのどれもがない。
「そうみたいだね。看板を見ると、あそこは肉屋のようだ。あっちが魚屋」
「あ、本当だ」
つりさげられた看板には、王冠と牛だったり、王冠と魚だったりの絵が描かれている。
「王冠が、王室御用達マークなのかな?あ、ウイル、ここ、なんの店だろう?」
看板には王冠と、お皿の上に何かが山になっている絵が描かれていた。
何だろう、気になる。
開かれた窓から中が見えないかと思ってのぞいたら、貴族の屋敷で働く執事さんのようにきちんとした服装の人と目があった。
「私どもの店に、何か御用ですか?御用がないのでしたら、店先から立ち退いていた……」
すぐにガチャリとドアが開いてその男の人が姿を現した。
「あ、お店の人なんですね。ここって、何の店なんですか?見てもいいですか?」
店員さんは、目を細めて私とウイルの姿を上から下まで見た。
「申し訳ありませんが、こちらの店は、あなた方のような人間の利用をお断りさせ……」
そうだった。今だけ特別なんだっけ。
「えっと、これ、料理大会の」
札を見せると、しぶしぶといった顔で店のドアを開いて中に招いてくれた。




