よ、だ、れ……!
3の円の店でした。
殿下に案内を頼まれまして……って。案内できるほど私もよく知らないんだけど。
「ここの果物屋では、干しブドウは外円で売っていると教えていただきました」
数少ない経験を語っていく。
「ふーん。よだれ出てないな。取り消し」
取り消し?
「こちらの肉屋では、よい状態の肉をぎりぎりのところで入手できました。ニーラさんと一緒においしく食べたんです」
「ニーラ?ちっ。抜け駆けか。よだれ出てないな。ここも取り消し」
取り消し?
「あ、ここは塩専門店ですよ。いろいろな塩があってびっくりしました」
「お前は……藻塩を偽物ではないかと言いがかりをつけた……また、何か嫌がらせをしに来たのか!」
ドアを開けたら店主に怒鳴られました。そうだった。なんか、なんでここの藻塩は白いんだろうって言ったら怒らせちゃったんだ。
「あの、今日は店の案内を頼まれて……」
私の影から、殿下が姿を現す。
「ほー、これはこれはいらっしゃいませ。今日はどのようなものをお探しに?この者は塩については詳しくありませんゆえ、言いがかりをつけられ困っております。ご安心ください。塩のことであれば私共が」
「リーア、偽物って言ったのどれ?」
殿下が店主の言葉を無視して私に話しかけた。げげ。後ろの店主の顔が超怖い。
「偽物とは言ってないです殿下。ただ、イチール領の藻塩と違ってここの藻塩が色が真っ白なのはどうしてなのかって思っただけで」
「で、で、で、殿下?まさか、いや。娘、お前、そういう手段でいやがらせに来たのか?このような場所に殿下がお越しあそばすわけが……」
店主ががくがくと震えだした。
それと同時にドアが開いて、騎士服に身を包んだ男が2人入ってくる。
「殿下、こちらの店は?」
「もちろん、王室御用達の看板取り消し」
「了解いたしました」
はい?
まさか、取り消しって、王室御用達を?
「そ、そんな、あの、申し訳ありません。失礼があったことは謝ります。ですが、失礼な物言いをしてしまったことと、上質な塩を扱っていることとは別で、私共のように各地の塩を取り揃えた店は他には……」
「は?何言ってんの?言葉とか品揃えとかどうでもいいんだけど?見たらわかるでしょ?」
え?見たら分かるって?
殿下が私の顔を指さした。
「よだれ、出てないの。つまり、この店はおいしいもの扱ってないってこと」
「「ええーーーっ」」
私と店主の声が重なった。
ちょっと、殿下、よだれをおいしいものセンサーみたいに使うとか!やめてぇ!
「それから、ずいぶんリーアに……巫女にひどいこと言っていたね?3の円での営業許可はく奪もおまけしとくよ」
「そ、そんな……巫女?このみすぼらしい恰好をした3の円に似つかわしくない娘が……?」
がくがくと震える店主は両膝をつき、ぶつぶつと何か言っている。
「おや、うちの店に今更なんの御用ですかな?胡椒は外円で買うからいいと出て行ったではありませんか?残念ですが、あなたにお売りするものは何も置いてありませんよ?」
胡椒屋だ。
「えーっと、その、ごめんなさいっ!よだれ出ません!」
「は?」
頭を下げると騎士が現れ、王室御用達の看板を外しにかかる。
「ちょ、騎士様、どうしてそのような」
「どうしてって、リーアがこの店で買えるものがないっていうことは、王室が買う物がないってことだ。当然王室御用達の看板も必要ないだろう?」
殿下の説明でも、胡椒や店主は理解ができないようで、必死に看板を外そうとしている騎士を止めようとしている。
「待ってください、どこかの店とお間違えでは」
「今、殿下がおっしゃった通りだ。巫女様にお売りするものはないと自身の口で言っただろ?」
「は?巫女様?」
店主の青い顔がゆっくりと私に向けられる。
「ま、さか……」
「えっと、ごめんなさい。胡椒は外円で買うので……」
「そ、そんな……」
へたりと店主が座り込んだ。
それから外円へ行って、よだれチェックされた。
おいしい食材を扱っている店はどこか……いや、だから、私に直接聞いてくれないかな?なんでよだれチェックなんだ?何?目は口ほどにものを言うじゃないけれど、よだれは口ほどにおいしいものを教えてくれる?
「殿下、チェックした店に声はかけないんですか?」
「まー、そのうちなぁ。王室御用達になって人が変わるような人物じゃ困るからな」
ああ、味に関しては間違いなくても、信用できる人間かどうかっていうところも大事だもんね。敵国と通じて毒とか紛れ込ませる可能性とかそういうのを考慮しなくちゃならないんだもん。
うーん、私なら悪いもの混じってたらすぐに気が付くんだけどなぁ。でも、毎日食材チェックとか無理だし。
「おいリーア、何を見つけたんだ?」
おいしいよ特別においしいよの声を感じ足を止めて振り返る。
ふわぁ!おいしそう。キラキラがあふれてる。
殿下が足を止めた私の視線の先を見る。
「あれか?薄く焼いたパンの出来損ないみたいなのにソーセージがくるんである」
ふふらと何かに操られるように店に近づく。
「おい店主、それを」
殿下が店に並んだソーセージロールを指さす。
「ち、違う。それ、それ!それが食べたい!」
店の奥に隠れるようにしておかれた小さな木箱の中身。
「ああ、これは売り物ではなくて、妻が作ってくれた弁当でして……」
30くらいの店主が木箱の中身を見せてくれる。
同じように出来損ないのパンのようなものに、何かが巻かれている。それを、店主が開いて見せてくれた。
「見ての通り、ソーセージも肉もなく、葉野菜と昨日の夕飯の残りのじゃが芋をつぶしたものしか挟まってなくて、お売りするようなものでは……」
あああ、やばい。よだれが垂れる。
今まではがっつり垂れ落ちる前に口の端をハンカチで上品に拭いていたのに。
あまりにもおいしそうなものを目の前にハンカチを取り出すのも忘れ……。




