巫女として
ふたを開ける。おいしくなぁれ、おいしくなぁれ。
そっと話かけると色が少し良くなったような気がする。
「ウイル、風味の落ちたお茶の葉、お茶以外に何かに使えないかな?」
「そういえば、スモークするときにお茶の葉でスモークするとおいしくできると聞いたな」
ウイルの言葉に、お茶の葉の色がまた少し良くなった。
「ほう、スモークに。なるほど。うまそうじゃな。」
ゴマルク公爵様の言葉で、さらにお茶の葉の色がよくなる。
「公爵様、呪いというか、悪い念みたいなものはおいしそうとかおいしくなれという人々の気持ちで晴らすことができます。食材を扱う上で一番大切なのは、人の気持ちです」
ゴマルク公爵様が大きく頷いた。
「なるほどな。公爵領の代表が作った料理の方がよほど毒されているというのはそういうことか……」
ぐおっ。確かにそんなこと言ったけど、ごめんなさい。侮辱罪とかなんかに問われる?
「人を蹴落とし優勝しようという気持ちで作った料理……うまいだろう、すごいだろうと自慢気に盛り付けられた料理。兵たちに我々の作った料理の味が分かるのかと見下しながら作った料理……腕は確かなものばかりだが、確かに……気持ちは劣っていたかもしれないな」
「は、はい。あの、ダリさんは純粋にお菓子を作るのが好きで、ウイルやマイマインさんはおいしいっていう顔が見たくて料理を作っていて、その……私は、彼らが大好きです」
おいしい料理を作る、それ大事。
「そうか。巫女様に愛された料理人の一人、ウイル君」
ゴマルク公爵様の言葉にウイルがはっと表情を引き締めた。
「どうだろう、城で働いてはくれぬか?」
え?
ウイルが王都に残るってこと?
イチール領には帰らないの?
ズキンと心が痛んだ。
「いえ、ありがたいお話ですが、俺は……おいしいっていう顔が見たくて料理してるだけで、陛下にお出しできるようなものは作れません」
断った。ウイルが、王都に残ってお城で働くのを断った!
「巫女様が王都に残ると言ってもか?」
ゴマルク公爵様の言葉に、ウイルの肩がびくっと震えた。
え?
「巫女って、巫女様って王都にいなくちゃならないの?だめです、私、私、帰ります!イチール領に!おやま食堂に!」
「リーア、おやま食堂のことを心配しているなら、俺が継ぐから。つぶさせないから!巫女になったからにはお役目を果たさないと」
お役目?
神父様の話を全然聞いてな合った私には巫女様というものがいまいちまだよくわかっていない。
何?お城とか神殿とかどっかに籠って毎日食料の見極めとか浄化とかしなくちゃならないの?
そんなのまっぴらごめんだよ。牢屋に入るのと何が違うの?
それに私、私……。
「ウイルと離れたくないよ」
ウイルが大きく目を見開いた。
驚いているすきに、ぎゅうっとウイルに抱き着く。
ぐりぐりと、頭をウイルにこすりつけ、小さな子供が駄々をこねるように思いのたけをぶつける。
「ウイルの作ったご飯食べたい。父さんや母さんの作ったご飯食べたい。それから、市場に出ておいしいもの探したいし、あと……」
「は、巫女になっても、リーアはリーアか……」
ウイルがふっと自嘲気味の声を漏らし、ポンポンと頭を叩かれた。
気持ちが少し落ち着くと、公爵様の前だったことを思い出しウイルから体を離して姿勢を正す。
「でしょうな」
ん?
「先代の巫女様もおいしいものを探しにと旅に出たくらいだ。巫女様がお城でおとなしくしておられるような人ではないとは覚悟の上じゃよ。イチール領に戻るというのなら戻ってくだされ。行きたい場所があればどこへ行くかさえ教えて下されば好きなように行ってくださって構いませぬ」
「いいの?」
ゴマルク公爵様には「巫女様には何があっても城に」とか言われると思ったのに。
ずずずと運ばれてきたお茶をおいしそうに飲むゴマルク公爵様。
おおう、そういえば、お茶がとてもおいしいよ、あったかいうちに飲んでねって声が。
目の前のパイもまだ1口しか手を付けていない。
もぐもぐ。ごくごく。
ふっはー。なんじゃ、このおいしいお茶。今まで、お茶に対してよだれ出たことなんてなかったけど、今度からはおいしいお茶見たらよだれでるかもしれない。うおー、それはそれで困りごとが増えたってこと?
「ですが、それでは……」
せっかくイチールに帰っていいって言ってくれてるのにウイルがゴマルク公爵様に疑問の声をあげた。
「巫女様には月に1度王都に通っていただければ十分じゃ。自由を奪って行方不明になれれてもこまるでの」
あー、ひーひーおばあちゃんの経験から、そうなったわけね。
でも……。
「月に一度王都には無理です」
イチール領から王都まで2週間の道のり。1カ月に1度って、往復するだけで1カ月かかるよっ!
「大丈夫じゃ。陛下が猫竜としてのお力を取り戻したからには、大空をひとっ跳び。イチールと王都の往復など1時間だからの。なんなら、陛下の背に乗って、国内食べ歩きツアーに行ってはどうかの?」
へ?
国内食べ歩きツアー?
いろんな場所に行って、その場所にしかないおいしいものをがっつり食べられるってこと?
猫竜様と一緒なら、財布の紐も閉めなくてもいいってことだよね?
あ、それ、いいかも……。
「リーア、おやま食堂は俺に丸投げか?」
「違うよ。ウイルに料理してもらうための、とびっきりの食材を探してくるからね!」
王都とイチール領が往復1時間なら、国内どこへ行ったって日帰りできるはずだもんね。うふふ。
「……なぁ、リーア、あんときの言葉だけど、本気だからな」
「あの時?」
首をかしげると、ウイルが何でもないとそっぽを向いた。
ごめんよ。ウイル。あの時が本当にどの時なのかわからないです。
「おい」
そこにいつの間にか殿下が現れた。
「ウイル、お前の腕は認めるが、リーアは僕のだからな!トトにもお前にも渡さない」
殿下がトトとのいつもの取り合いにウイルも入れたよ。これって、おかあさんの取り合いをする兄弟みたいな感じ?
ウイルは弟だし。殿下もかわいい弟みたいなものだし。おねーちゃんば僕のだ!って思ってくれてる?
あー、なんてかわいいんでしょう!
むぎゅっ。
「こらリーア、相手を考えろ!流石にだめだろう!」
ウイルに引っぺがされた。
あ、そうだよね。殿下だ、殿下!
「構わぬ。巫女にはすべてが許される」
ニヤリと殿下が笑うとウイルの表情が険しくなった。
「食べ終わったみたいだね。じゃぁ行こうリーア」
有無を言わさず殿下に手を引かれて連れていかれる。え?どこへ?




