秘密の果樹園
「何ですっぱいリンゴしかないんですか?」
食糧庫に積まれたリンゴに視線を向ける。
「おや?見ただけで酸っぱいってわかるのかい?」
あ。しまった。巫女の血の話はしちゃだめだよね。
「肉と一緒にリンゴも食べさせてもらったんです」
う、嘘じゃないから。これは本当だから。
「そうかい。じゃぁ、びっくりしただろうね。昔はもう少し甘かったんだけれど、年々1の円の果樹園のリンゴはおいしくなくなってるんだよ。十分に水を与えて丁寧に育てているんだけどねぇ……」
果樹園?
あ、行かなくちゃ。なんかそんな気がする。
「果樹園があるんですか?リンゴのほかに何が植えてあるんですか?実は勝手にとって食べても大丈夫ですか?梯子とかないと取れないですか?」
「ふふふふ。本当に面白い子だね。あっちに行けばあるよ。自分の目で確かめておいで」
カシェットさんが指さしたのはお城のある方向。
「はい、行ってきます!あ、食料は後で取りに来ます。これ、取っておいてくださいね!特にこの干し肉!絶対ですよ!」
あははははっと、大きな笑い声を聞きながら食糧庫を出て果樹園へと向かった。
チカチカと予感がする。
果樹園、果樹園。
「うわーすごぉい!」
リンゴの木に、栗の木、果林に梨に、知らない果物のなる木、木、木!
10本や20本じゃない。100本や200本は植えられてそうだ。
次々に実がなる果物を想像して、よだれ……。
ん?
よだれが、垂れない。
っていうか、実がなるのを想像しても、それがおいしそうだっていう気がしない。
カシェットさんがここでとれたリンゴは酸っぱいって言ってたけど。
きょろきょろと実をつけている木を眺めながら足を進める。
これもダメ。
あれもダメ。
そっちもいまいち。
本当だ。どれも思わず手を伸ばしてかぶりつきたくなるような実じゃないなぁ。
きょろきょろ。
ゴチンッ。
「痛っ」
うおー、きょろきょろしながら歩いてたら何かにぶつかったよ。ウイルに見られてなくてよかった。
絶対に「食べ物ばっか見てないで、ちゃんと前見て歩け!」とか怒られてた……。
「痛かった……。ぐすっ」
ぶつけた頭の右側を手でさすりながら何にぶつかったのかと確認すると、壁だった。
あれ?これって、一の円を囲ってる壁?もうふちっこまで歩いてきた?
少し先に木の扉がある。
壁に扉なんてあるって言ってたっけ?行き来をするには門を通るようにって言ってたよね?じゃぁ、あの扉はなんだろう?
ノブに手をかければ、かちゃりと簡単にドアは開いた。
「うわー、こっちもすごい!」
ドアの向こうにも、たくさんの実のなる木が生えてる。
「あああ!あの木!」
10本ほど先のリンゴの木が、おいしいよーって手招きしてる。
わーい!
……ドッカン。
はい。またぶつかりました。
ううう。前は見てたよ、前は。でも、足元見てなかったの。なんか足元にあるものにぶつかって転びました。
「痛……」
何にぶつかったのかと確認すると……。
「わー、ご、ごめんなさい、大丈夫だった?」
人だ。男の子だ。10歳前後の子供が座ってこちらをにらんでいる。
「誰だ」
うひゃー。怒ってる?
「えっと、リーアです。本当にごめんね。痛いところない?」
「どこから入ってきた」
男の子は地面に座り込んだまま立ち上がらない。変なとこぶつけて立てないとかじゃないよね?
「どこって、あそこの扉から」
「そんなバカな」
男の子が唖然としている。
「鍵がかかっていたはずだ」
「え?鍵なんてかかってなかったよ。っていうか、もしかして、ここは入っちゃダメな場所なの?」
やっばーい。
勝手に歩き回って入っちゃダメな場所に入り込んだとか……。怒られるっ。
っていうか、もし入っちゃダメな場所だとしたら、この男の子はなぜ入っていいのかな?
と、改めて男の子の姿に目を向ける。
年齢は10歳くらい。顔は将来有望そうな顔。黒髪にブルーの瞳。遺志の強そうなきりっとした眉に高い鼻。すっきり系美少年だ。着ている物は、瞳の色に合わせたブルーのベストとズボン。ベストの下には白いブラウス。
……目立った汚れはまったくなく、生地には光沢があり……。
「うわーっ、ご、ごめんなさいっ!ここって、もしかして貴族とか高貴な人しか入っちゃダメな場所だったりしたり……き、君も、いえ、あなた様も、その、ご立派なお家の方で、その、知らなかったとはいえ……」
ぶつかった。
貴族のご子息と思われる人に、ぶつかってしまった……こ、これ、打ち首?どうなっちゃうの、私……。
「ぷっ。お前、めっちゃ言葉おかしいぞ」
少年が笑いだした。
「お、怒ってない?私、打ち首とかになったり……」
少年が立ち上がった。
私よりも頭一つ分小さな体。
「リーアって言ったな。入っちゃだめな場所じゃなくてここは入れない場所だ。入れたなら問題ない」
ん?
なんだかよくわからない言い方だけど、問題ないならいいや。
「本当?よかった!そうだ、実をとって食べても問題ないのかな?」
「は?お前、物好きだな。こんなまずいもん食べようっていうのか?」
まずい?
少年は、めっちゃ顔をしかめてリンゴの木を見上げた。
うわー、そこまで嫌そうな顔しなくても。
「おいしいよ?」
「はぁ?リーアは味覚がおかしいのか?」
「おかしくないよ、むしろ人よりも味覚はいいよっ!」
なんといっても巫女の血が、おいしいものには敏感ですからね!
と、言ってはっとする。
「あー、申し訳ありません、あの、生意気な話し方を……その、お許しください」
相手はいいところのご子息様ということがスポンと頭から抜け落ちてしまう……。やばい、やばい。
「許してやってもいいが条件がある」
うえっ、条件?